突然の大義なき解散・総選挙。

 

予算の年度内成立を犠牲にし、物価高対策、経済対策もそっちのけで、自らの支持率が高いうちにとにかく選挙を打ってしまおうという私利私欲むき出しの姿勢は、天下国家を預る者としての「志」 に背いている。

 

大寒波襲来のさなか、しかも戦後最短という異例の短期決戦により、雪国をはじめ日本中の人々が膨大な手間と出費を強いられて大混乱に陥っていることをおもんぱかれないその態度は、国家国民を守り抜く者としての「徳」を欠いている。

 

トランプ大統領のやりたい放題を毎日ニュースで見せられ続けているせいか、みんな神経が麻痺しているのかもしれないが、今回の身勝手きわまりない選挙は日本憲政史上、稀に見る「蛮行」だと断ぜざるを得ない。

 

政治家に限らずすべての人が、自分さえ良ければ今さえ良ければという近視眼的な思考を棄て、世の中全般を見渡す広い視野と未来を見遥かす長期的視点に基づいて行動することが、人類と地球の安寧と幸福を実現する唯一の道。

 

私たち大人は、どんなに社会情勢が変化しようと寸分も臆することなくブレることなく、この唯一の道へとただひたすらに次世代を担う子どもたちを導かねばならない

 

その決意と覚悟を込めてしたためた作新学院中等部「立志文集」寄稿文を、ここに掲載させていただきます。

 

ご笑覧いただけましたら幸いです。

 

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「変革の時代こそ“作新”は輝く」

 

今年度創立140周年を迎えた作新学院は、今日もまた新たな歴史の一歩を歩み始めています。

 

世界を見渡すと、ガザやウクライナなど戦火は依然として絶えず、米国トランプ大統領の横暴に世界中が振り回される中、遂に日本でも強硬な保守政権が誕生するなど、世界は混沌と激動の渦に飲み込まれています。

 

しかしそんな今だからこそ、140年前に明治維新という途轍もなく苛烈な時代の風を受け誕生した、作新学院のスピリッツやフィロソフィーを“ルネサンス(復興)”すること、つまり建学の精神や志を深く探究し、学院の発足に至ったそもそもの教育の原点に立ち返り、その復興に取り組むことは、作新にとってのみならず、混迷と激動の時代を迎えた日本の教育全般にとって意義あることと思います。

 

 

学院が創設された1885年(明治18年)と言えば、伊藤博文を初代総理大臣として日本の内閣制度が成立した年で、その4年後には大日本帝国憲法が発布されています。

 

日本人が藩ではなく初めて日本という国家を意識し、日本人としての自覚を持ち始めたそんな時代に作新学院は、西欧列強に伍して独立を堅持し、国際社会に冠たる日本をつくり上げんと学問に励んだ有志の俊英たちが集う英学校として産声をあげ、今日まで歩みを進めて来ました。

 

 

~勝海舟が“作新”に込めた志~

 

本学に「作新」と命名したのは、幕末の動乱期に幕臣として和平と開国を唱え、海軍の発展と洋学の振興に尽力した「勝海舟」であると言われています。

 

なぜ勝海舟は、中国の古典・四書五経の一つ『大学』の一節から「作新」という二文字を校名として選んだのでしょう。

 

「作新」が記されている原文は

 

 湯之盤銘曰、苟日新、日日新、又日新。

 康誥曰、作新民。

 

 湯の盤の銘に曰く、まことに日に新たに、

 日々に新たに、又日に新たなり、と。

 康誥に曰く、新たにする民をおこせ、と。

 

この「作新民」の民を省いて、勝海舟は「作新」と命名したとされていますが、「作新民」の意は「Web漢文大系」に次のように解説されています。漢学者・宇野哲人氏全訳註による講談社学術文庫はじめいくつかの文献をあたりましたが、、この説明が最も分かりやすかったので、以下に引用します。

 

 作新民とは、自己を革新しようとする

 人民を奮い立たせること。「作」は、

 鼓舞する。朱注には「之を鼓し之を

 舞する、之を作と謂う。言うこころは、

 其の自ら新たにするの民を振起す、

 となり」(鼓之舞之之謂作。言振起

 其自新之民也)とある

 

たしかに漢籍的に解釈すると、「作新」とはそのような意味や志を表しているのだと思いますし、もちろんこういう意味も十分に込めて命名されたのだと思います。

 

ただ身分の違いなどものともせず、獄中につながれた下賤の罪人ですら興味深い人物と思えば深く交友したとされる勝海舟が、こうしたしかつめらしい意味合いだけで「作新」というワードを、新たな息吹が横溢する変革の時代に創設される学校の名として選ぶでしょうか?

 

私はむしろ漢籍の意は二の次として、「作新」の二文字から伝わるストレートでシンプルなメッセージ、“新しきを作る”こそが、勝海舟がこの校名に託した真の志だったのではないかと思っています。

 

 

~作新とはイノベーション、作新民とはチェンジメーカー~

 

「作新」とは、“新しきを作る”。

即ち、新しき世を作り、新しき時代を作ること。

 

「作新」という校名には、明治維新という激動の時代、迫り来る西欧列強に従属することなく、国家としても個人としても真の「自主独立」を成し遂げんと、西欧の文化・文明を必死に学んだ先人たちの“志”が刻まれています。

 

ですから、作新に集う「作新民」たちは、やがて来る未来を受け身で待つのではなく、自分たちが望む未来へと世の中を作り変えて行くという“能動的”な意志を持たなくてはなりません。

 

そしてその意志を礎(いしずえ)に目指すべき具体的なビジョンを描き、そのビジョンに基づいて世界や社会を変えて行ける「チェンジメーカー」や、世の中を刷新できる「イノベーター」として羽ばたいて欲しいと、私は心から願っています。

 

 

~作新教育の要諦は「自律」と「利他」~

 

ではそうした人材を育てるため、教育はどうあるべきか?

 

従来の日本の学校教育では常識や慣習に従い、偏差値をはじめとした既成の“ものさし”でいかに高く評価されるかに重きが置かれて来ました。

 

これに対し作新教育の根幹は「自分の心で感じ、自分の頭で考え、自律的に行動する」こと。

 

まず明確で確固たる自己を持ち、その自律的精神に基づいて他者や社会に眼差しを向け、自己と他者が協調し合い高めあえる世の中となるよう利他的に行動するー

これこそが作新学院が目指す人間教育の要諦です。

 

世間体や既成概念に縛られ唯々諾々と学生生活を過ごすのではなく、自分自身の好奇心や感動を原動力として、世の中の常識や慣習を打ち破り自分自身の限界を突破して行くことが、作新では最も評価されます。

 

昭和の怪物と呼ばれた江川卓選手やリオ五輪・金メダリストの萩野公介選手のような規格外の逸材も、このような作新スピリッツを実践・体現することによって輩出されました。

 

 

~混迷と変革の時代こそ、作新は輝く~

 

これからの未来には、地球環境問題、世界秩序の不安定化、AIなど革新的技術の猛烈な進化など、これまで人類が経験したことのない新たな課題が待ち受けています。

 

しかも日本は、世界各国の中でも最も深刻な少子高齢化と財政赤字という難題を抱えながら、低い労働生産性から脱することができず、国際競争力を年々低下させています。

 

そうした課題を重荷と思わず成長と飛躍の好機ととらえ、前向きに果敢に決して諦めることなく解決に向けて挑戦し続ける者こそが、真の「作新民」だと私は思います。

 

混迷と変革の時代こそ、作新の出番!

 

不確実なネット情報や、周囲の顔色や論調に惑わされることなく、自ら正しい情報を入手・選択し、自分の頭で考え、自分の心で感じ、自分の意志をしっかりと持って行動する「作新民」へと、皆さんが成長してくれることを、心から願っています。

 

 

 

 

 


 

作新学院が甲子園で優勝した時のエースで、西武ライオンズから大リーグに挑戦していた今井達也投手が「アストロズ」と3年契約で合意したと報じられました。

ちなみに冒頭に掲載した画像は、今井投手が優勝した2016年の10月20日、ドラフトで西武から1位指名を受けた瞬間の一枚。

この日はあらかじめ西武から指名されると報じられていたものの、ドラフト会議の中継番組に二人で並んで出演していると、次第に彼の体温が高くなって行くのが分かりました。

TBSの画面から自分の名前が呼ばれた瞬間は心からホッとした様子で、いつもはあまり感情を表に出さなかった今井投手が、珍しく顔をほころばせ本当に嬉しそうに微笑んでいたのを昨日のことのように思い出します。

あれから9年あまり。怪我や故障に悩まされることも多く、正直、順風満帆と言うより山あり谷ありの野球人生だったと思いますが、よくぞここまで頑張って今井投手ならではの野球を切り拓き、世界の舞台に立つまでに成長してくれたと、熱いものが込み上げてきます。


アストロズはヒューストンに本拠地を置くアメリカンリーグ西部地区のチームで、1962年に創設されリーグ優勝5回を誇り、2017年と2022年の2回ワールドシリーズを制覇した強豪。


日本選手ではこれまでに松井稼頭央選手や青木宣親選手が在籍したほか、エンジェルスの菊池雄星投手も2024年シーズン途中からプレーしました。


高校時代から屈指の速球で甲子園の並いる強打者たちを切ってとった今井投手ですが、昨今は“脱力投法”と呼ばれる力感のないフォームが特徴で、最速160キロのストレートに加え、縦や横、ななめと変化の多彩なスライダーが持ち味となっています。


2024年には最多奪三振のタイトルを獲得、昨シーズンは3年連続2桁勝利となる10勝5敗、防御率はリーグ4位の1.92の成績を残し、このオフの大リーグの移籍市場で先発投手としてトップクラスの評価を受けていました。


契約金は最大で3年総額6300万ドル、日本円でおよそ99億円と報じられ、長期契約なら300億円超もという予想とは違っていたものの、毎シーズン後にオプトアウト(契約破棄条項)が組み込まれる、つまり3年間の契約中であっても契約を破棄してFAできるという、日本人初の異例の内容が組み込まれた大型契約となりました。 



実は、今井投手が大リーグとの交渉で日本を離れる直前に、本学の140周年記念誌の巻頭企画として、本学卒業生で甲子園優勝年に開催されたリオ五輪で金メダリストとなった萩野公介君とともに鼎談させてもらい、大リーグに向けた思いをたっぷりインタビューさせてもらいました。


後日、その内容はまた掲載させていただきますので、どうぞご期待ください。


おしまいに、鼎談の際の今井投手の言葉を一つだけ。

「言葉も通じないようなところにいきなり暮らして、人種も習慣も違う選手たちと野球するなんて不安はないの?」と私が聞くと、

「全然ないですね。自分、むしろずっと変わらない方が苦手なんで。知らないところの方がワクワクするって言うか、楽しみしかないです。」

高校時代と驚くほど変わらないピュアな瞳を輝かせてそう言い切った、今井達也の未来に祝福あれ✨✨✨







 

 

あけましておめでとうございます🎍

 

「丙午」の年明けは、私にとって永遠のヒーローにして憧れである「ゴルシ(ゴールドシップ)」の横顔から。

 

競走馬「ゴールドシップ」は、2012年の皐月賞、菊花賞、有馬記念の3冠を達成、その年のJRA賞最優秀3歳牡馬に輝き、続く2013年と2014年には宝塚記念、2015年には天皇賞を制覇しGIを6勝、計13勝を挙げた伝説の名馬です。

 

その輝かしい戦績もさることながら、どんな時でも自分らしくありたいという強い意志に貫かれた、時に「気まぐれ」、時に「破天荒」と称される、あまりに気高くドラマティックで胸をすく走りに、誰もが魅了されました。

 

 

性格は、とにかくやんちゃで王様気質。

 

デビューを間近に控えた函館滞在時には他の馬を蹴りに行き、3歳初戦の共同通信杯前の最終追い切り時には調教助手を振り落とし、気に入らないことがあれば立ち上がって暴れる。
 
荒々しい気性ゆえ出遅れることもしばしばで、中でも日本競馬史に残るのが2015年の「120億円事件」です。

 

この年の宝塚記念で、1番人気でかつパドックでも好調だったゴールドシップが、なんとスタート時に大きく出遅れ、投じられた120億円の馬券が一瞬にして紙屑となったというレース。

 

そうかと思えば2012年有馬記念のように、スタートで大きく出遅れ第3コーナあたりまでずっとしんがりにつけていたというのに、会場の大歓声を聞くやいないやスイッチが入り猛然と疾走、ロングスパートの末に優勝を掻っ(さら)うという、まるで映画のような展開も。

 

しかもこの有馬記念でのゴルシの走りといったら、まるでギャロップをしているように本当に楽しそうでエレガントで、芦毛というルックスも加わって競走馬というより、まるで天翔るペガサスのよう!

 

トラブルメーカーな面もあるけれど、だからこそ個性的でどこか「人間的」で、誰もがハートを撃ち抜かれる唯一無二の存在でした。

 

 

時は流れ、昨今は日進月歩でAIが進化し、コマンドさえ出せばどんなことでも、即座に、それらしく、そつなく、ツルッと、優等生的な答えが出てくる時代。

 

ゴルシのように、自分なりの意志や感性、確固たる価値観を持っているからこその神々しさで、世界中の人々に生きる活力と希望の光を与えてくれるチャーミングな存在が「丙午」の今こそ登場してほしいと、心から願う2026年元旦です。