以前、こんなタイトルで記事を書いた。

 

<【孫娘たちの受験戦争】それぞれの桜が「咲いた」>

それが、一カ月ほど前の3月15日のことである。

 

 

 

正直言って、いかにも『勝ち組に潜り込めた』みたいな感じで、嫌らしい臭みがありそうな記事のような気もする(自分でアップしておきながら、なんだけど…)。

 

ところが、それから一カ月ほどたっているので、当然、二人の孫娘それぞれの入学式なども行われている。

私もカミさんも、(名古屋と横浜という距離があるので)それらに出席などしていないが、

特に、上の孫娘のほうは、第一志望の国立大学に入学できたというので、(この頃までは)大変な喜びようである。

 

カミさんまで、この国立大学の入学式の模様が、『ユーチューブ』か何かにアップされていたようで、(この手の儀式は、カミさんは割合、敬遠しそうなタイプなのだが)それを見て、誰それはこんなことを言っていたなど、学長とか、出席した来賓の言葉まで、その要旨を教えてくれた。

 

さすが、『リケジョ』志望の孫娘が、第一志望の学科に入れると、周りはこんなに喜ぶものなのかと思うくらいである。

 

ところが、昨日あたりに、カミさんにラインで『近況』を知らせてきたのだが、どうやら早くも、『悩み』を抱えているようである。

(私などは、どちらかというと、『悲観的な見通し』がすぐに頭をよぎるタイプなので)『人数がそれほど多くない学科に所属して、最初から、自分の成績が全体で下位のほうだとわかっていたら、キツイだろうな』といったことを考えてしまう。

もちろん、果たして、『成績が下位のほう』なのか、よくわからないのだが、通っていた塾で、当初、成績は下位で、『この大学を志望校にするなどとんでもない』という感じだったのが、ぐんぐん成績が上がっていったので、『受験だけは、認めてやってもよいか』ということになったらしい。

 

いや、『受験を認める』といったのは、在籍していた県立高校の担任のことばだったのかもしれない。塾のほうは、特に大学に対して、『内申』みたいなデータをおくるわけでもないだろうから、『受験を認めない』といったことは、通常ないのだろう。

 

結局、彼女が何に悩んでいるかと言えば、

『友達ができない』

『他の生徒がみんな優秀に見える』

『英語のテストが入学早々あって、それの成績がよくなかった?』そのため、『英語の補修のカリキュラムがあって、それを受けなければならないのが苦痛?』

『入学した学科のカリキュラムがピンとこない。他学部のカリキュラムを見たら、そちらのほうが、ずっと勉強したいと思っていたことと合致している』

いっそ、『今の学科をやめて、また、他学部を受験しなおしたい?』

『ともかく、モチベーションがあがらない』

 

というようなことを、ネットの文章で打ち明けられたらしい。

ということで、今後、電話とか、あるいは『Zoom』などのリモート会議で話したり、必要があれば、(自分だけでも)名古屋に出掛けて、彼女の悩みの相談に乗ってくる、というようなことを言っていた。

 

 

これは、要するに、(昔からある)『五月病』とか言われていた状態だろう。

ただし、最近では、その発症は早く、『四月病』くらいのタイミングになっている。

 

私は、若い人の状況を、少し誇張を交えて描いたりする、『連続テレビドラマ』を見たり、あるいは、『本屋大賞』の類を受賞したりするエンタメ系の、読みやすい小説に目を通したりすることもあるので、『遂に来たのか?』と思った。

 

結局、『どこそこに受かりたい』ということを最大の目標にして、受験勉強を続けていると、それが達成できた途端に、『ある種のうつ』の状態になったりする。

そういう若者が多いとか、大学でも、あるいは就職先でもそうだが、『何日か通っただけ』で『自分にはあっていない』『もうダメだ』とばかりに、『退職通知』を送り付けて、その後、『引きこもり』状態になったりしてしまう者も増えてきている、という話を聞いて、多少、心配もしていた。

 

それドンピシャリの症状なのかどうかわからないが、いろいろ、心のなかが『空っぽ』になり、『何を目標にしたら、良いのか、わからなくなってしまった』状態なのかもしれない。

 

だが、少なくとも彼女の場合は、カミさん(母方の『ばあば』ということになる)に相談してきただけ、マシだと言えそうだ。

 

それに、彼女が言ってきている『悩み』もわかる部分もある。

第一に、『友達ができない』『他の生徒がみんな優秀に見える』といった話。

 

彼女が合格してしまったのは、地元の国立大学だから、みんなが入りたいと思うような大学である。

彼女は、愛知県の(決して『進学校として有名』とはいえない)普通の県立高校から、今回、この大学に合格した。

 

だから、『週刊誌』などの合格調査にもデータが載っているし、またその高校自身でも調査を行って、ホームぺージなどでも公開しているのだが、今回は、少数しか合格しなかったようだ。

 

それに対して、当然、何十名、百名単位で合格者が出る『有名校』『強豪校』も、存在しているのだろう。

だから、そういう場合、『入学式』あるいは(学科単位の)オリエンテーションの場などでも、そのような連中は、『顔を知っている者同士』で挨拶をかわしたりしているかもしれない。

 

しかし、だからといって、彼らがお互いに本当に『親しいのかどうか』、あるいは、それ以外に『友人を求めることがないのか』どうか、そんなことは誰にもわからない。

だから、大学が始まってからの短期間のことで、焦り、急いで判断したり、しないほうが良いのでは、そう言ってみたい。

 

 

どうも、今の若者たちは、(やや)過度に自分が『傷つくこと』を恐れて、逆に自分の心に『早々とバリケードを構築してしまう』そんな傾向があるようだ。

それに、『急いで友人を作らないと、居場所がなくなる』と、そんなにあわてて心配しなくとも大丈夫だよ、と言ってあげたい。

 

それから、どこかに入った途端に、『あっ、イメージと違った』というのも、ありがちなことのような気がする。

 

今は、自分が入ったところで、求められていること(まずは、英語力をつけろ、と言われているようだ。それに、理科系だと、基礎科目でベースとなる部分を今のうちに、強化しておかなければ、その後の講義とか演習についていけない、といったこともあるのだろう)を徐々にやっていくことなのだろう。

 

仮に、その上で、『自分の進みたい道』が本当に違っているというのであれば、それはどこかで、『転部』とか『科を変わる』といったことが出来る可能性もあるのかもしれない。

(どういう仕組みになっているのか、わからないが…。)

 

 

また、彼女が悩んでいるのは、一つには、早速決まったらしい、『バイトの内容』もあるのかもしれない。

 

彼女は、(どちらかというと)『成績が急速にあがって、合格できた』というので、通っていた塾のチラシで、ある種、『大きく扱われている』らしい。

『ビリギャル』という映画のモデルになった人がいて、今でも、ときどき、話題になったりするが、(塾から見ると)その人と似たような状態なのかもしれない。

 

何でも、その塾では、『塾の合格者』のうち希望者に対して、新しく塾に入ろうとする生徒さんに対する『アドバイザー』的な役割を与えて、『バイト』として、しばらく使ってもらえるような仕組みもあるらしい。

 

彼女は、当初、『私自身の受験勉強のノウハウを、彼ら彼女らに伝えたい』ということで、非常に喜んでいたようだが、当然、それは『塾の広告宣伝活動』の一環として、というような性格を帯びている。

そのため、『勝手な指導を行わないように』とか、『塾に対してマイナスのイメージを持たれるようなことは言ってはならない』とくぎをさされたようである。

(まあ、これは塾としては、ある意味では当然のことだろう。)

 

ところがそういわれたら言われたで、『あたしの思っていた、バイトの内容と異なっていた』ということで悩んでいるようでもある。

(私は、もし本当にイメージが異なっていたら、『忙しくなった』とか適当な理由をつけて、さっさとそちらの活動のほうをやめてしまえば良いだろう、くらいに思うのだが…。)

 

これまでは、塾のいわば『お客さん』という立場だったのが、今度は、『アルバイト』として使われるというポジションに大きく変更すれば、当然、塾の側も、『労働内容に対する指揮権』みたいなことを主張してくるだろうし、これまでとは異なる『会社の論理』も見えてくるのだろう。

 

要するに、『大きくなる』にしたがって直面せざるを得なくなるような『さまざまな矛盾』『社会の現実』というものが、一挙に見えてきた状態ではないかという気がしている。

 

そういう意味では、彼女を含めた孫娘二人は、これまで『お嬢さん』として十二分に、保護されてきたということなのだろう。

 

 

基本的には、孫娘たちへの対応は、『カミさん』にお願いしておいたほうが、無難(というか安心?)だという気がしているが、やはり、上の孫娘も、また(『お姉ちゃん』と同じ県立高校に今回、進学したばかりの)下の孫娘(今後、『お姉ちゃんと比べてどうこう…』とか教職員などに言われてしまうかもしれない)も、『青春』のいろんな悩みにこれから、直面することになりそうである。