一昨日(9月17日)、池袋の映画館『新文芸坐』で篠田正浩監督(この人も、2025年3月に94歳で既に亡くなられている。奥様の岩下志麻さんも既に85歳、まだまだお元気のようだ)の作品『スパイ・ゾルゲ』を改めて見た。
(01)篠田正浩監督の映像
私は、この映画、今回、二回見ようかと思っていた。
というのは、9月19日にも、再上映が予定されており、しかも、この日は、『トークショー』付きである。
どうせ、182分の大作であるし、最近、高齢のせいで、長時間の映画など、一度、見ただけでは、内容が咀嚼できず、もう一回見ないと、内容が把握できそうもないことが多い。
(これは、『脳みその活動』の低下のせいだろう。)
またまた、寝不足で映画を見に出掛けることが多いので、見ている途中で『寝落ち』してしまうことも多い。
(02)映画の画像
ところが、この映画、見始めてすぐ、『以前、見た映画だ』と思い出した。
それに、この映画を見るのに合わせて、参考書籍(岩波現代文庫・チャルマーズ・ジョンソン著『ゾルゲ事件とは何か』が一番、面白かった。まだ、途中までしか読んでいないのだけど)
(03)『ゾルゲ事件とは何か』の画像
こういうものをいろいろ読んだりしたし、以前に読んだものを思い出したりしていた。
それで、『脳みそが活性化』した状態で映画を見たせいか、不思議なことに、一度も眠たくならずに、最後まで見ることができた。
この映画、不思議なことがいろいろある。
まず、第一は、『篠田監督の立場は何か?』ということである。
この映画、途中で、『2・26事件』のシーンが出てくるが、その時間が結構長い。
おまけに、(故・石原慎太郎の次男である、最近は、もっぱら気象予報士として売れている)石原良純君が、ナント、2・26事件の青年将校の一人(銃殺刑に処せられる)中原基明中尉の役で出演していて、こまかいセリフは忘れたが、『国賊をたたっきる』とかやって、『東京朝日新聞』を襲撃する部隊を率いていたりした。
(当時の主筆の)緒方竹虎とやりあったりしていたのだが、(私は良く知らないのだが)当時の『朝日』も『読売の前身?』なども、どの程度、違っていたのだろうか?
現在のイメージで、『国賊・朝日』とやれば、『一定の層』にはうけるだろうけど…、『はて、どうだったのかな』とついつい思ってしまう。
とはいえ、今は、『気象予報士』で『常識人?』みたいなイメージの発言をテレビでは繰り返している、『良純君』が、まるで『親父さんの若いころのイメージ』で『国賊・朝日を許さない』などとやっていると、『ブラック・ユーモア』を感じてしまう。
(なお、彼は、『地方では、我が姉妹が、売春婦に転落することを強いられている』『財閥どもは、私利私欲をむさぼっている』とやるのだが…)皮肉なことに、この時点でも『良純君』は栄養が良さそうで、『やや太り気味』であるという印象を受けてしまう。
話が脱線してしまうが、彼(中橋基明中尉)は、特設軍法会議にかけられ、4月28日開廷、7月5日死刑判決、12日死刑執行に処せられた。
そこでは、(昭和天皇にいわば『見捨てられた』という状態に置かれながらも)『天皇陛下万歳』とか、『昭和維新万歳?』みたいなことを叫んで亡くなった。
このような青年将校たちを、中心とする『2・26事件』などのシーンが結構、長い。
ここで、篠田監督は、彼ら青年将校たちに対する『共感?』を隠していないような気がする。
これは、直接は描かれていなかったが、故・三島由紀夫の蹶起と自決(1970年11月であるから、この映画の公開の30年前の話になってしまうが…)に対する『一種の共感』を隠してさえいない、という気がした。
(ある意味では、『三島由紀夫に対する思い』を込めて、篠田監督は、『スパイ・ゾルゲ』を撮ったのかもしれない。)
ところが、一般に、『スパイ・ゾルゲ』を評価する人たちは、こういう立場との矛盾があるのが普通だから、『不思議な映画だ』と改めて思った。
しかし、『スパイ・ゾルゲ』のほうは、さらに『謎だらけ』でしかも、なぜ、あのタイミングで、『当局』は『事件の発生』を報道し、あえて、『尾崎秀実』と『リヒアルト・ゾルゲ』の死刑執行まで行ったのかと考えると、不思議な気がする。
(結局、『ナチス・ドイツ』の『在日大使館』の『すきだらけ』を告発し、同時に、日本が、『スパイたち』によって、『情報垂れ流し』状態にあったこと、『スターリンのソ連』が、その情報を『信用せずに、利用できなかった』という、それぞれの『ミス』を『告発する事件』であったので、敗戦目前の日本がこのような事件の発生を世間に明らかにして、どういうつもりだったのか、イマイチ、わからない事件なのである。
どちらにしても、『戦意発揚』に役立ちそうな、『事件摘発』には思えない。)
話が、少し先まで行き過ぎてしまったが、この『9月17日の映画鑑賞』で、この映画の内容は、それなりに、把握できたので、19日に『もう一度見る』というのは、必要ないと、判断した。
なお、蛇足ながら、前回、『新文芸坐』で映画を見たとき(たしか、7月4日にアンドレイ・タルコフスキー監督の映画『惑星・ソラリス』を見に行ったとき)は、池袋駅から、『新文芸坐』になかなかたどり着けず、迷いに迷って、ようやく、『半分以上、過ぎた時点』で映画館に入ったもは、のである。
(しかも、『上映の途中からは入れない』ということは、『はっきりわからないような告知の仕方だった』とかなり、ごねて、ようやく、一番後ろのほうで、『立ち見』でお情けで見せてもらった。これは、その後、『上映後の入場禁止』という『告知』を強化しているので、今では、『認めてもらえない措置』であるとは思っている。)
だが、どういうわけか、わからないが、今回は、池袋のJR出口から、比較的容易に『新文芸坐』にたどり着けた。
不思議なもんだ。
(この映画と事件の感想その他は、引き続き、書くことにする予定だ。)









