これは、かなり『古いニュース?』に属することになってしまうのかもしれないが…。

 

すでに、火曜日(21日)にアップした、記事でも書いたのだが、来年1月13日投開票の台湾総統選に向けて、野党候補を統一させようとする試みは『挫折した』ようである。

 

 

 

 

前総統の馬英九氏が、一種の接着剤となって、野党第一党の国民党と、第二党の民衆党に手を組ませて、総統候補、副総統候補を統一しようとしたのだが、この試みはあえなく、潰え去ったようである。

24日?が候補者の届け出の期限日だったが、国民党と民衆党は、それぞれの総統と副総統の候補者名簿を、セットで届け出している。

 

もちろん、理屈の上では、投票日の1月13日の直前であっても、どちらかの候補が、(自主的に)『私はおりる』『私への投票は、他党の候補に集中してもらいたい』といった宣言をすれば、まだまだこれからでも、(実質的な)『合同候補』を決めることは不可能ではないかもしれない。

 

しかし、そもそも、今回、『候補者調整』がうまくいかなかったのは、(総統選と同時に行われる)国会議員選挙(一院制の『立法委員』の選挙)において、勢力を伸ばすことに『民衆党』がこだわっていたせいだという説がある。

 

そのような理由が根底にあるのならば、なかなか、上記のような『ギリギリでの候補者統一』も難しそうだという気がする。

 

非常に皮肉な話なのだが、今回、中国共産党の意向を受けて、前総統の馬英九氏が、『野党候補の統一』を強く働きかけ、その結果、いっときは、『世論調査の結果を見て、より強い方が、総統候補となる、そこで譲った党のほうは、副総統候補を出す』ということで結論を見たと言われている。

(そこから先、『今度の総統選では、野党が絶対勝つだろう』『そうすると、中国が嫌っている与党の民進党は、8年ぶりに政権の座を追われるだろう』という観測が一挙に高まった。)

 

ところがここで、中国共産党が調子に乗って、余分な発言をしたりしたもので、逆に台湾内部で危機感が高まったようである。

 

 

『自分が台湾民衆党を応援したのは、この党が民進党と国民党の不毛な対立を解消して台湾政治を前に進めてくれること』を期待したからである。

ところが、民衆党は、一方的に『国民党』の側にすり寄った。

これは同党がこれまで言ってきたことと完全に矛盾している。

こんなことを続けるのならば、『自分は、民衆党候補も、<か文哲・民衆党代表>も支援するのをやめる』、こんなことを表明する人達も結構、いるようである。

 

そしてこんなことになってしまったのも、先のような候補者の統一が、馬英九氏を中心に進められ、また『今度の総統選は、われわれが勝てそうだ』と大はしゃぎする『馬英九氏らの様子』などがネットで拡散されてしまい、その結果、このような(中国にとっての)逆風が吹くというのは、毎度、おなじみの『逆効果』ということなのだろう。

 

 

考えてみれば、中国というのは、いつもこうしたことを繰り返している。

だが、『香港』など何と批判されようと、『完全陥落』させてしまったのだから、中国としては勝利したつもりなのかもしれない。

(ただし、私などから見れば、『香港というダイヤを産む鳥』は既に、絞め殺されてしまったようにも見える。)

 

もっとも、そうなったのは、中国だけのせいではなく、『アメリカやイギリス』に過度の期待をかけつつ、武闘に奇妙な熱意をたぎらせていた若者?たちの暴走にも、一定の責任があるような気もしている。

 

しかし、こうした『武闘派』には、中国からのスパイも潜入していたかもしれないし、どういう経緯でああなったのか、よくわからない。

 

 

それにしても、中国共産党というのは、どうしていつも『逆効果』になるようなことばかりしているのか?

 

 

李登輝が最初に、総統の直接選挙を実施していたころには、たしか、台湾周辺で『軍事演習』とかなんとか称して、周辺海域に何やらぶっ放していた記憶がある。

 

中国が、こうしたヘマばかりしているのは、そもそも『民主主義』とか『選挙』とかいうものがないので、どうしたら『ガス抜き』が出来るのか、わからない(民衆がどの程度の不満を抱いているのかわからない?)ことも理由としてあるのだろう。

 

日本のように、なんだかんだいって、(各種レベルの)選挙をしょっちゅうやっているところでは、人々が『選挙に飽き飽き』している。

 

おまけに、選挙が出来る年齢を、ろくに選挙民としての教育や訓練をしないままに、18歳まで引き下げてしまったから、彼らは『学校制度の延長』で、『みんなと同じ行動をとらないと、マークされる?』とばかりに、見事に投票率が下がってしまった。

 

しかし、日本では、やたら『(各種レベルの)選挙』をやっているのと(ただし、肝心の『衆議院選挙』は首相が好きな時期に実施できるという、『奇妙な慣習』が制度と化しつつある。

(こうしたことの繰り返しによって、人々は、『選挙』に対して『夢を抱く』とか『期待をする』ということは、ますますなくなりつつある。)

 

 

中国では、『人民が何を考えているか』『どの程度、不満がたまっているのか』わからず、また逆に、好き勝手に『戦争に動員すること』もやろうと思えば出来てしまうので、『習近平』のほうも、『人民』のほうも『お互いの間の取り方』がわからないのだろう、という気がしている。

 

また、『ネット等を利用した人民の管理』が行き過ぎてしまっているところがあり、思わぬところで、さまざまな国内的な不満、鬱積した感情にどこかで『点火』がされてしまうと、『いつ、爆発があるかもしれない』という不安を、習近平氏なども抱えているのであろう。

 

それに、日本では安倍首相は、結局、『暗殺』されてしまったが、通常の場合、『政治闘争』に敗北したとしても、投獄されることもほとんどない、という『ぬるい政治環境』であった。

 

だから、岸田首相なども、首相を実質、クビになったとしても『投獄されない』し、『殺されることなどありえない』というのが長い間の習慣であった。

そのため、中国のように『必死』になって『権力の座を守る』というような気風もないのだろう。

これらは、実に(日本らしくて)『良い面』でもあれば、中国から見れば、『馬鹿らしくて』対等の外交などする気もおこらないという『政治風土の違い』なのであろう。

(岸田首相は、自分と同じ派閥の林芳正氏に権力が集中することのないようにするために、今回、彼を外相から外して、上川陽子氏を新しい外相にすえたように見える。)

 

しかし、そうしたことは、中国の王毅外相からすれば、『とんでもない素人』を自分のカウンターパートナーとされた、ということで、ある種『メンツをつぶされた』という感じで、今回、日中韓の外相会談を終えたら、その後の記者会見や晩さん会への出席もなしに、さっさと会談が実施された韓国の釜山からどこかへ移動してしまったようだ。

 

まあ、いろんなことを感じさせる台湾の総統選を巡る顛末ではあった。