この記事の続きである。

 

 


『前篇』を書いてから、一週間がたってしまった。
まあ、性格がずぼらで、気分が変わりやすいところがあるので、この間、いろんな他のこについて書いてしまい、これの『後篇』を書く余裕がなかった、というのが表向き?の理由である。

それ以外に、多少、心がひっかかっていた点があった。
(それをあまり、細かく、精確に書くといろいろ各方面に影響が出る恐れがある。それでここには、ぼかし気味に書くことにする。)

さて、この一週間の間に、いろいろ他の出来事もあった。
というのは、私の部屋は、いわゆる『汚部屋』で散らかし放題の状態にある。
たまに、気が向いていろんなものをそれなりにファイルごとに整理することもあるのだが、それ以外は、『大混乱』状態にある。

というのも、本棚はほぼ一杯で、そこに新聞二紙を定期購読し、その他、ときどきコンビニなどで単発で購入する新聞もある。

このようなゴミ部屋をひっかきまわしていたら、以前、大腸の内視鏡検査をやったときの記録の書類等が出てきた。


それによれば、何と、2019年の7月には、大腸の内視鏡検査をやってポリープを取ったりしていたようである。


(自分自身のなかでは、2017年前後のことだったような気がしていたが、それよりも2年ほどあとに実施していたようだ。今回の内視鏡検査までは、4年しかたっていないわけで、この間の新型コロナのまん延状況を考えると、『まあまあだな』という気もしている。)

このほか、なかなか続きを書く気がしなかった事情もある。
というのは、採取したポリープを『生体検査』をし、その結果が出た時、担当の医師(女性だった)は、『次はいつ、検査を受ければいいのですか?』と私が聞いたのに対して、『しばらく、来なくともいいです』と答えていた。

なぜなのか、といぶかしく私は思ったのだが、彼女は、『年齢も年齢ですから』(要するに、年寄りであることを強調したいらしい、といっても間もなく『後期高齢者』入りするという年齢であり、それほど超高齢者という気が自分自身ではしていない(それこそ、『高齢者である』証拠なのかもしれないが…)。

『年齢が年齢だから…』(実際に口に出した言葉は、『お歳が…お歳ですから』といったやや意味不明の表現である)、身体に負担が大きいのではないかと言いたいようである。

しかし、そうであれば、検査を受ける前に言えば、良いことである。
私自身も、『内視鏡検査』というのは、いわば大腸を風船のようにふくらませた上に、そこをメスのようなもので、ひっかいてポリープを取ったりする手術だから、『危険はあるだろう』と思っている。

(これは、胃カメラのイメージ図。)


『下手な医師がやったら』、膨らませた風船のような腸を、メスで破ってしまいかねないのと同様の危険性がある、と思っている。

今回の手術においても、何だか、医師が『時間がかかってしまってスミマセン』などとしきりに謝ってばかりいたので、私は、鎮静剤の効果もあって、少しもやーとした意識のなかで、『ひょっとしたら、まずい事態になってしまったのかな』という気すらしていたのである。

その挙句、『しばらく、来なくて良い』というような診察結果なので、何か『うまくいかないことがあったのではないか?』と心配になってしまうのも、自分自身でも、『無理からぬこと』という気がしないでもない。

しかし、たしかに高年齢で、大腸の内視鏡検査を受けることについては、週刊誌などで、『やめた方が良い』とか、『十分注意すべき』などといろいろ書いてあるものを、これまでも見かけたことがある。

私自身も、実は、8月に『前立腺の摘出手術』を2015年に受けた病院の、それ以降の『フォロー検査』をずっと受けていたが、その後、新聞などを見ていると、そこと同じ系列の病院で、何やら『医療ミス』を起こしていたのが発覚して、『陳謝の記者会見』をせざるを得なくなったというようなことが出ていた
(このようなニュースが出ると、同じ系列であるから、あの病院も来院患者が減ってきてしまっているのかもしれないなとも感じた。)


それにそこは、『徳洲会』系の病院だから、たしかに行政権力(あるいは特捜警察・検察)の意思として、そこに対して『弾圧をかけても良し』というようなものがあるかもしれず、そういう状態になれば、『もはや、創立者の徳田虎雄とは縁を切るべき』というような人たちが理事会等のなかに出てきたとしても、仕方がないような気もしている。


このように、(他の)自分がかかっている病院に対する心配などを感じ始めていたので、余計、この内視鏡検査を受けたクリニックに対しても、懸念が芽生え始めていたのかもしれない。

まあ、これは杞憂だと思うが…。


ともかく、今回、大腸ポリープや胃カメラについても『問題なし』という最終結果をもらったので、早速、昨夜(29日)、弟と新宿三丁目の飲み屋で多少、深酒をしてしまった。

最初は、『らいおん』のビアホールで飲み、その後、落語をやっている『新宿末広亭』のあたりの店の前に立ち飲み用のスペースなどももうけている店に出掛けた。

 

(これの手前に外国人が結構いた焼き鳥屋があり、そこで飲んでいた。

考えてみれば、シュールな空間だったけど、飲むのに忙しくて、スマホの写真をほとんど撮って

いなかった。

そのため、末廣亭の一般的な写真を借用する。)

 

日本人の客もいたが、外国人も多い。すぐ右手の席で飲んでいた男性二人組は、最初日本人かと思っていたが、よくよくしゃべっている様子を見ると、東南アジア系の人みたいだった。

この店は、外国人の若い男性も働いて、焼き鳥など焼いていたが、何より追加注文をしつこく求めてきたりしないので、3時間近くいた割には、さほどこの店には金を落としていない。

 

結果的にいうと、『お客にやさしい店』だったということになる。