『りんご日報』と言えば、私が台湾に住んでいたころ(今年の7月の末まで)、情報入手のために、しょっちゅう、近所のコンビニで購入していた新聞だった。

(私は、中国語=北京語もほとんどわからないが、この新聞は写真やイラストを多用しているので、何を言わんとしているのか、とらえやすいという特徴がある。)


このように、香港の『中国の締め付け』に反対する闘争を大きな写真(明らかに、デモや闘争の参加者の視点からとらえている)で日々伝えていた。
これは、2019年6月の紙面。



そうかと思えば、(元は香港の新聞だが、現在では台湾でも同じタイトルの『兄弟(姉妹)紙』を発行しているため、台湾での『コロナ禍』に対する闘いもわかりやすく報道する。
(これらは、2020年2月の紙面。)

ただし、コロナの浸透(台湾では、中国の武漢が発病源であることが強調されていた)に対しては、日本では考えられないほど、一部、『個人情報』を侵してでも『水際対策』を徹底させるという考え方である。

こういう『視点』からすると、『要請ばかりで罰則がない』とされる日本式のやり方は『手ぬるい』ということにしかならないだろう。
私自身も、政府が、<『憲法での制約』があって出来ない>などと言っているのは、あるいは『憲法改正』を迅速に行なうための方便として、こんなことを言っているのではなかろうか?と疑っているくらいである。

そもそも日本国憲法では、個人の権利と『公共の福祉』のバランスに対して配慮しているのであり、<個人の権利を濫用した結果、『新型コロナウイルス』を蔓延させてもやむを得ない>というような立場ではないのだと思う。
(ただし、仮に『新型コロナウイルス』といっても、『風邪に毛が生えた程度』のものであって、実害などほとんどないということであれば、事情は異なるであろうが…。)


話が脱線しかかったが、この人が『りんご日報』の創業者であるジミー・ライ(黎智英)氏である。
この人は、香港に対する中国の締め付けに対して、自らも頑強な反対闘争に参加しており、繰り返し中国当局からの弾圧にさらされていることでも有名である。
『国家安全維持法』違反罪などにより起訴されていたが、最近、保釈請求がようやく認められたことが、『東京新聞』(24日付)にも出ていた。

この記事では、年齢は書かれていないが、ネットで誕生日などを調べると、現在、72歳ということらしい(ちなみに、私自身と同じでもある)。


この人は、どういう人なんだろうと前から不思議に思っていた。


この本(川崎市立図書館から借りたもの)を読んでいたら、その答え?が出てきた。

この本の筆者は、『ユニクロ』の創業者である柳井正氏(この本が書かれた時点で、ファーストリテイリング社長。現在は、代表取締役会長兼社長)に対して取材をし、それに関して『失敗と成功の弁証法』と題する項で書いている。

そのなかで、上記の下の方の写真に示すように、1980年代に香港で、柳井正がジミー・ライ(黎智英)に出会ったと書かれている。

『12歳で広州から香港に密入国し、カジュアルの専門店チェーン「ジョルダーノ」を創業して巨富を築いた伝説の人物』
 

『本人に直接聞いたら、ジミー・ライはもともと、米国の専門店チェーン「リミテッド」の生産を請け負っていた。』
 

『SPA(製造小売業)のチェーン店って、これだけ可能性がある。それがわかって、ジミー・ライは自分で「ジョルダーノ」を展開した。だったら、僕も日本で同じことができるんじゃないか』

このような流れで、柳井正氏に『ユニクロ』の創業に踏み切るきっかけになったのが、ジミー・ライ(黎智英)氏だったということのようだ。
(この話は、その後、ネットで野嶋剛氏の文章を読んでいたら、同じようなことが書かれていたので間違いはなさそうだ。)

つまり、『りんご日報』の創業者が、頑強に闘い続けているのも、元はと言えば広州から12歳で香港に脱出し、そこで生きるために商売を始めた、そのような自分自身の体験が原動力となっているとすれば、彼が(『人命を落とさせること』も躊躇しそうにない、『危険な敵』と)頑強、執拗に闘い続けているのも、納得できる気がした。

同時に、(台湾で見た)『りんご日報』の(時には)えげつない紙面(スキャンダル記事やら、殺人事件なども大々的に取り上げている)の『謎』も解けたような気がした。