この記事の続きだ。

5月1日付の『産経新聞』朝刊(東京版、電子版)の1面から5面にかけて、次のような『令和に寄せて』『麗しき大和の国柄を守れ』と題する櫻井よしこ(国家基本問題研究所理事長)名の文章が掲載されていた。

イメージ 1

イメージ 2


昨日=3日、東京で開催された改憲派の集会の代表格は、<ジャーナリストの櫻井よしこ氏をはじめ有識者らでつくる「民間憲法臨調」などが東京都内で主催した憲法フォーラム>だっただろう。
(この集会は、参加者の人数が少ないが、だからといって『あなどるべき対象では全くない』というのは、自明のことだろう。)

この集会に対して、<安倍晋三首相は、日本国憲法施行から72年となる憲法記念日の3日、……自民党総裁としてビデオメッセージを寄せ、2年前に2020(令和2)年の改正憲法施行を目指すと表明したことについて、「今もその気持ちに変わりない」>と本日(4日)付の『産経新聞』は報じている。


このように『改憲運動を主導する代表的な人物』の一人である、櫻井よしこ氏が、天皇制あるいは新天皇について、どのように感じているのかを知るうえで、上記の文章は、極めて示唆に富んでいる資料になっている。


この文章の冒頭は次のようになっている。
<日本よ、麗しき善き大和の国であれとの願いを込めた「令和」の時代が始まった。十七条憲法の精神を引き継ぐとされる元号、令和の時代の課題は聖徳太子が脱中華と大和の国造りを目指したように、日本の国柄を誇りをもって定着させることである。

平成の御代には多くのことが成された一方、積み残しの課題も多い。その筆頭が日本の国柄とはおよそゆかりのない現行憲法の改正である。>

そして、次のように書いている。
<マッカーサー司令部は昭和天皇を温存し、占領政策を円滑に進めたが、背後では日本の国柄を潰す試みがなされていた。情報は厳しく統制され、国民は米国の支配を善きものと歓迎し、民主主義などは米国がもたらしたと思い込み始めた。そのとき、昭和天皇が詔勅を発せられた。

昭和21年1月1日の詔勅の冒頭に、昭和天皇は明治天皇の「五箇条の御誓文」全文を置かれた。後にこの御心について語っている。>

<政府や国民が涙をのんで日本の国柄とは言えない米国製憲法を受け入れたのは皇室と国柄を守るためだった。にもかかわらず、国民が日本の国柄を忘れるのは本末転倒だというお気持ちであろう。

占領下でこの重要な詔勅を出された昭和天皇は立派な帝王学を身につけていらした方だ。>


この『立派な帝王学を身につけら』れた昭和天皇と対比しながら、櫻井氏は、新しい明仁天皇が受けられた教育について、次のように書いている。
<だが、国柄を忘れてはならないとの昭和天皇の国民への語りかけとは反対に、米国は教育を通して日本人に影響を及ぼし続けた。米国の情報操作の苛烈さはここではおくが、米国は天皇となる東宮さま(現在の上皇さま)の家庭教師にクエーカー教徒のバイニング夫人をつけた。>

<昭和天皇が民主主義は外来の価値観ではなく日本の価値観であることに想いをいたせと詔勅で仰るかたわら、バイニング夫人は「英語を教えるということは(中略)アメリカ的な民主主義の思想と実践とを、皇太子殿下その他の生徒達に教えるという、さらに大きな仕事の方便にすぎない」と考えていた(前掲書)。このせめぎ合いの中で若き日の上皇さまは教育された。

天皇としてのお姿が、昭和天皇と比べて自ずと異なるのにはこうした要素もあるだろう。>

ここの『天皇としてのお姿が、昭和天皇と比べて自ずと異なる』という言葉に込められた『気持ち』『思想』が何なのかも、よくよく考えてみる必要がある。


続いて、学習院において、天皇陛下が受けられた教育をも批判している。
<では新たに即位した天皇陛下の受けられた教育はどうか。学習院には帝王学の発想もなく、ご学友もいないと学習院大学の教授だった篠沢秀夫は書いている(『だから皇室は大切なのです』草思社)。>

<『浩宮の感情教育』(飛鳥新社)の著者、小坂部元秀氏は陛下が学習院高等科にご在籍当時、クラス担任を2年間務めた。……別の章で小坂部氏は南原繁の国会演説を「記念碑的」と評価し、「所詮は天皇陛下なんてどうでもいい」と書いた詩人の三好達治や、中野重治らを賛美している。

当時の浩宮親王殿下に小坂部氏が担任教師としての愛情や情熱を注いでいたとは考えにく、陛下にとって学習院の教育環境は実に冷淡だったと推測できる。>

そして、結びの文章は、次のようになっている。
<こんな状況に皇族方を放置して、私たちに立派な天皇像を望む資格があるのか。帝王学や皇室は、国民から遊離したものではない。国民が望む天皇像は、国民がどのような価値観を重視し、どれほどの敬愛をもって皇室を支えるかという命題と背中合わせだ。

令和の皇室が日本の国柄を尊び、国民統合の中心となるには、新天皇の大いなる学びをあらゆる面で支える制度と心が、政府、国民の側にも必要だ。共に立派な国を創るという覚悟をもって初めてもうひとつの課題の憲法改正も可能になる。>


ここで書かれているのは、事実上、(新天皇は、この程度の教育しか受けていないのだから)『立派な天皇像を望む』ことができないだろうというような『気分』の表明である。
だから、『新天皇の大いなる学びをあらゆる面で支える制度と心』が必要だと言うのだ。

どうやら、自分たち(安倍応援団の改憲主張)と相いれないようだから、新天皇は『大いなる学び』が必要だと主張したいようである。
(これは、新天皇を彼らが何としてでも、『洗脳でもしたい』ということなのだろうか?)

『保守』『愛国』を掲げる彼ら『安倍応援団』が、極めて異様な思想と感情にとりつかれていることだけは、十分、読み取ることのできる文章である。





[https://politics.blogmura.com/politicalissue/ranking_out.html にほんブログ村 政治・社会問題]
 
 にほんブログ村のランキングに参加しています。
 この記事が面白いと思われたかたは、上記URLをクリックしてください。
 よろしくお願いします。