明日(11月24日)は、台湾の統一地方選挙と国民投票が、同時に実施される。
街のなかは、宣伝カーが行き交って、お祭り気分が漂っている(私が住んでいるのは、台中市の少し外れの地域だから、まだそれほどのことはないが、台北市や高雄市は大変な騒ぎのようだ)。
実は、この『国民投票』に向けての『公開討論』が地上波で行われていた。
前から気が付いていたのだが、19日、21日というその『公開討論』の最終に近い回をようやく見ることができた。
前から気が付いていたのだが、19日、21日というその『公開討論』の最終に近い回をようやく見ることができた。

これは、21日に中華電視というテレビ局で行われた『意見発表会』という公開討論の時間割。
何しろ、今回は、10件の国民投票が同時に実施される(受付番号というか登録番号は、7番~16番までとなっている。なお、1~6番は、過去に実施された国民投票の際に使用済みの番号である)。
何しろ、今回は、10件の国民投票が同時に実施される(受付番号というか登録番号は、7番~16番までとなっている。なお、1~6番は、過去に実施された国民投票の際に使用済みの番号である)。
この『意見発表会』の模様は、『後篇』のほうで紹介したい。
今回の『前篇』では、この番組のなかで流されていた、『みんなで投票に行こう』というキャンペーンのCMを紹介したい。
今回の『前篇』では、この番組のなかで流されていた、『みんなで投票に行こう』というキャンペーンのCMを紹介したい。
11月24日には、『統一地方選挙』と『国民投票』(公民投票と呼ばれている)が同時に実施されていて、ややこしい。
しかも、『統一地方選挙』というのは、住んでいる地域によって、市長選挙とか市議選挙、あるいは里長選挙(町内会長みたいなもの?)などが同時に実施されていて、ややこしい。
しかも、『統一地方選挙』というのは、住んでいる地域によって、市長選挙とか市議選挙、あるいは里長選挙(町内会長みたいなもの?)などが同時に実施されていて、ややこしい。
(台中市の場合は、この3種が実施される。県という市よりは規模の小さい行政区に住んでいる場合は、県長選、県議選などになってくる。)


詳しい事情はわからないが、台湾では、今回、『統一地方選挙』の選挙権は20歳以上の国民、そして、『国民投票』の投票権は、18歳以上の国民に与えらるようになったらしい。
つまり、『国民投票』を機会に、18歳以上の者にこの種の投票権が初めて与えられるようになった。
そこで、どうしたら、『18歳』『19歳』の若者に興味をもってもらい、投票率を維持・向上できるかが大きな課題のようだ。




ここで、『非投不可』と表示されているのは、『投票をしないといけないよ』という意味である。
また、『一起決定未来』というのは、『みんなで一緒に、私たちの未来を決めていきましょう』ということ。
また、『一起決定未来』というのは、『みんなで一緒に、私たちの未来を決めていきましょう』ということ。
特に『国民投票の権利は18歳から』『選挙権は20歳から』という区別があるので、それがゴッチャにならないように、強調されている。
もっとも、『国民投票』というのは、与えられたテーマについて、『YES』か『NO』を意思表示するということだから、複数の候補者のなかから意中の候補を選択しなければならない『選挙』よりは、簡単な作業であるはずだ。
(ただし、台湾の選挙では、すべての候補者名があらかじめ投票用紙に列記されていて、後は投票用紙の投票したい候補の所定の欄にスタンプを押しさえすれば投票したことになるという、かなり、シンプルなシステムになっている。)
(ただし、台湾の選挙では、すべての候補者名があらかじめ投票用紙に列記されていて、後は投票用紙の投票したい候補の所定の欄にスタンプを押しさえすれば投票したことになるという、かなり、シンプルなシステムになっている。)
とは言え、『政治の話』が若者にとって、とっつきにくいものであるというのは、台湾でも(日本と)似たような状況もある。

そこで、こんなCMも作っている。
これは、今どきの高校生がクラスでおしゃべりをしながら、『国民投票』のことが(突然?)話題になる、というもの。
もっとも、若者が『シラケ気味』ということは、台湾においてもあるので、このCMはシラケ気味で、世の中を斜に見ているらしい、高校生が『国民投票』のことを語る(突如、語り出す者が出てくるという話だが…)というかなり、『シュール?』な印象を受けるCMになっている。
(もっとも、日本風の『優等生』風の若者が、終始、建前ばかりを言い続けるというCMみたいなものよりは、まだしも若者の気持ちを配慮しているという感じはする。)
どうして、『選挙権』と『国民投票の権利』とで、20歳と18歳の差があるのかわからないが、日本のように、『18歳』で何もわからないままに『選挙権』を与えられて、『実際に投票に行ってみると、国民の投票率というものが非常に低いということをそこで知ってしまう』という経験をし、その後、ほとんど『棄権』をする癖がついてしまう、という風になるのよりは、まだマシなのかもしれない。
それにしても、今回の『国民投票』はおそらく、台湾の若者にとっても、わかりにくいものだろう。
何しろ、10件もの国民投票が実施され、同時に10枚の投票用紙を渡されるのだから。
何しろ、10件もの国民投票が実施され、同時に10枚の投票用紙を渡されるのだから。
もっとも、個別の『国民投票』ごとに、『投票しない権利』もあるはずなので、10枚全部でなく、例えば、5枚だけ受け取るといったことも可能なのだろうとは思う。
というのは、『国民投票』の場合、最低の『賛成数』(有権者の4分の1以上)というものが、決められていて、それを超えないと、仮に『賛成』が『反対』を上回ったとしても、その『国民投票』は成立しない、という規定になっている。だから、『棄権する権利』も重要である。
そういう意味では、そのような(最低基準という)制限が一切ない、日本の『国民投票』--憲法改正のためには、絶対に必要な条件となる--よりは、まだマシな制度なのかもしれない。
(つづく)
(つづく)
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