この記事の続きだ。

前回、(特に強調して)改めて書かなかったが、『しんぶん赤旗』というのは、日本共産党中央委員会が発行している(政党の)機関紙である。
そういう意味では、一般の『商業新聞』とは異なっている。

対外的に、共産党の主張を伝えることにその役割はある。
同時に、内部の党員の『団結』を固め、『規律』を維持し、また『党勢拡大』(新たに党員を獲得し、その総数を増加すること)などに打って出ることを指揮する役割ももっているようだ。
(もちろん、外部に秘密にしたい、『内部通達の文書』は別にあるのだろうが…。)


今回、『赤旗』を見ていると、11日に東京・中野の『なかのZEROホール』で実施された共産党創立96周年記念講演会『いま日本共産党綱領がおもしろい--激動の情勢のもとでの生命力』と題する、志位和夫委員長の講演の模様を、その前後を含めて、大きく取り上げている(インターネットでも中継したらしい)。


日本共産党は、1922年(大正?年)7月15日に創立されたのだという。
また、現在の党綱領改定案が2003年6月の第7回中央委員会総会(第22回党大会期)で提案されてからちょうど15年となるのだとしている。


こういう話が『赤旗』に書かれているのを見て、1980年か81年ころの、7月15日のことを思い出した。
そのときは、共産党創立58年とか、59年とか言っていたのだと思う。

私は、別に日本共産党の党員でも、シンパでもなかった(むしろ、いわゆる『新左翼』系のグループに所属していた。ただし、当時流行の『革命的警戒心』とやらで、入ってみると事前に聞かされていた話と、かなり異なっていて、極めて零細な組織であることにびっくりした記憶がある。これは、今、流行りの『ブラック企業』と同じではないかと、ひそか?に思っている)。


ただ、そのころ、高校時代からの友人で(当時の)農林省の係長になっていた男がいた。
彼は新婚だったが、結婚したばかりの妻が、(一種の)ノイローゼ状態になって高島平の団地かどこかから、『飛び降り自殺』を遂げた。
それにショックを受け、何日か後に、後追い自殺をした。

彼は、どちらかというと、『民族派』的な主張を躊躇しない人物(日本の農業問題などに大きな関心があったのだと思う)で、高校時代の仲間たち(当時の時代風潮のなかで、皆、ある程度、左がかっている者が多かった)から、『大日本愛国党?』などといわれてからかわれていた。
だが、彼はそんなことはあまり気にしていないようだった。

何より、当時、『解雇』されてから、あまりたっていなかった私の『活動支援カンパ』などを平気でしてくれるのがうれしかった。


この『友人』の死がたしか、やはり『共産党創立記念日』の前後にあったことを、何となく覚えている。
この『友人』は、仮にその後、ずっと生きているとしたら、今日の安倍内閣の政権下でどのように行動しているか気になる。

もっとも、私とおなじ年齢だから、遅くとも10年前(あるいは5年前?なのか)には、農水省を去っていたのだろうけど…。


こんな思いもありながら、最近の『赤旗』を見ていた。
(その主張は、私自身は、『全面的に賛同』というわけにはいかない。
内容は、『安倍政治に反対』『日本の民主主義を実現』『米朝会談は、平和への大きな流れを示している』とある意味では、『常識的?』とも思えるようなものなのだが…。
私自身は、『マルクス主義』に対して、批判的なので直ちに彼らの主張を肯定するわけにはいかない。)


すると、次のような投稿が、『党活動』の面に掲載されていた。
投稿主は、群馬県に居住する80歳(入党して56年になるという)の女性である。

現在、『特別月間』ということで、『党員拡大』の活動を行っているので、永年の友人である、60代で専業主婦のAさんに声をかけたという。

すると、彼女は、以前は『夫の“言いなり”に生きてきた』。ところが、子どもが育ち、孫を持つようになると、安倍政権にも不満を持ち、『今まで何もしてこなかったけれど、自分も何かしなければならないのでは』と考えるようになったそうだ。

それで、投稿主は、『入党呼びかけ』のパンフなどを持って、投稿主の夫とともに、Aさんに働きかけたのだという。
Aさんは次のように語ったという。

『夫が入党申込書を見て、お前はこういうことに関わるから、このごろ生意気なことを言うようになったのかと怒られた』
しかし、『“これからの人生は、自分の好きなように生きさせてほしい”といって出かけてきた』のだという。


これは、『党員獲得』の成功事例の報告ということなのだろう。

しかし、『Aさんの夫』のせりふを聞いて、日本はやはり、随分『男女平等』という考え方の至らぬ社会なのだと痛感させられた(もっとも、私も、自宅で何も家事をやらないから、似たようなものかもしれない)。

『Aさんの夫』は間違いなく、『戦後世代』である。しかし、『このごろ生意気なことをいうようになった』というのは、まるで、明治や大正の時代のせりふのように聞こえる。
(いや、明治や大正、あるいは昭和の戦前・戦中の時代でも、もっともましなことをいう夫婦はいくらでもいたのだろう。)


日本は、ここ何十年かの間に、以前より、かえって『復古調』になってしまったのではないだろうか?

私が、日本共産党の『革命路線』を必ずしも評価しないのは、変わらないが、このような『復古主義的な日本』が一方にある以上、それに対する『異議申し立て』も日本共産党支持のすそ野を構成しているというのも、一方の『現実』なのかもしれない、とも思う。

ともかく、この投稿を読んで、奇妙な気分にとらわれた。
日本はたしかに、分極化の度合いを高めているのかもしれない。














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