昨日(18日)の記事に少し書いたが、昨日(18日)は、台湾では『端午の節句(端午節)』だった。
https://blogs.yahoo.co.jp/mochimoma/22132028.html
(なお、現在、19日の未明だが、この記事を書こうと思い立ってしまったので、とりあえずこれを書いてから、寝ることにする。)
(なお、現在、19日の未明だが、この記事を書こうと思い立ってしまったので、とりあえずこれを書いてから、寝ることにする。)
昨日(18日)は、旧暦の5月5日だった。
(新暦のいつが、旧暦の『5月5日』なのかは、年によって異なる。日本で時に勘違いされているように、1か月ずれれば『新暦になる』というような関係にあるのではない。
ここから、先は、『理科的な事項』について、私は少し『弱い』のでうまく説明できない。)
(新暦のいつが、旧暦の『5月5日』なのかは、年によって異なる。日本で時に勘違いされているように、1か月ずれれば『新暦になる』というような関係にあるのではない。
ここから、先は、『理科的な事項』について、私は少し『弱い』のでうまく説明できない。)
昨日が旧暦の5月5日で、『端午の節句(端午節)』を祝うというのは、中国でも台湾と同じである。
さて、私は、前に中国で暮らしていたことがあるが、2011年の『端午の節句』のときに、次のような記事を、このブログに書いている。
その一部を紹介しながら、(中国と台湾の)『端午の節句』にはあって、日本のには『ない』、非常に重要な部分を確認してみたい。
以下の記述の前に、『端午の節句』にはちまきを食べる習慣があること。
また、当時、私が住んでいた(上海郊外の)浙江省嘉興という街が、『ちまき』が名物であることなども紹介している。
また、当時、私が住んでいた(上海郊外の)浙江省嘉興という街が、『ちまき』が名物であることなども紹介している。



ちまきは、(中国でも)地域によっていろいろあるようだが、こんなちまきを紹介した。
そのうえで、こんなことを書いている。
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<ちまきには、エピソードがある。
上記は、小学生向けの中国の歴史の本だが、ピンインが書いてあるので発音もわかるし、便利だ。
小学生向けと言っても、結構、難しい文章なので決して、あなどれない。
上記は、小学生向けの中国の歴史の本だが、ピンインが書いてあるので発音もわかるし、便利だ。
小学生向けと言っても、結構、難しい文章なので決して、あなどれない。
昔、楚の国に屈原(紀元前340~紀元前278)という政治家・詩人がいた。。
楚は、秦という強国と隣接していた。屈原は、国王に対し、斉の国と連携して秦と対抗すべきと進言した。
しかし、国王は次第に屈原の言葉をきかなくなった。そして、秦に騙されて、滅ぼされた。
屈原は、このことを嘆き悲しむ詩を読むとともに、川に投身自殺をとげた。
これが、旧暦5月5日の出来事だったと言う。
楚は、秦という強国と隣接していた。屈原は、国王に対し、斉の国と連携して秦と対抗すべきと進言した。
しかし、国王は次第に屈原の言葉をきかなくなった。そして、秦に騙されて、滅ぼされた。
屈原は、このことを嘆き悲しむ詩を読むとともに、川に投身自殺をとげた。
これが、旧暦5月5日の出来事だったと言う。

人々は、屈原のこの行為に深く感動した。
そして、それ以降、5月5日になると、ちまきを川に流すようになり、またちまきを特にこの日に食べるようになったという。
これは、川の魚が、屈原の遺体を痛める代わりに、ちまきを食べるようにという意味だとのこと。
また、5月5日に、ドラゴン・ボートで競争をするのも、屈原が身投げをした当時、人々がきそって舟を出して、彼を救出しようとした話から生じているという。
このように、ちまきとかドラゴン・ボートとかいったことなどについて、故事来歴が残されているのは興味深いことである。
そして、それ以降、5月5日になると、ちまきを川に流すようになり、またちまきを特にこの日に食べるようになったという。
これは、川の魚が、屈原の遺体を痛める代わりに、ちまきを食べるようにという意味だとのこと。
また、5月5日に、ドラゴン・ボートで競争をするのも、屈原が身投げをした当時、人々がきそって舟を出して、彼を救出しようとした話から生じているという。
このように、ちまきとかドラゴン・ボートとかいったことなどについて、故事来歴が残されているのは興味深いことである。
中国の歴史には、我が身をかえりみない屈原のような人物が、数多く登場する(もちろん、腐敗しきった政治家、国王もそれ以上に登場するが)。
さて、日本の政治家に屈原のような人物はいないのだろうか?>
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さて、日本の政治家に屈原のような人物はいないのだろうか?>
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これを書いたのは、2011年の6月6日のことである。
(つまり、東日本大震災のあったおよそ3か月後のことである。)
(つまり、東日本大震災のあったおよそ3か月後のことである。)
この時は、(日本が今のようになるとは)知る由もなかったが、少なくとも昨年の初頭から(1年半近くもの間)、日本を騒がせている一連の『もり・かけ』問題、あるいは(いわゆる)『忖度(そんたく)』を巡る問題と、『屈原(くつげん)の精神』とは全く、真逆である。
屈原は、忖度などせずに、自分が仕えていた国王を諫めようとしたからこそ、『入水』(自殺)へと追い込まれていったのである。
もちろん、『屈原』の話を伝えているからと言って、中国や台湾に『屈原のような人』が山ほどいるわけではない。
むしろ、一般的にいうと、日本よりも中国のほうが汚職はひどいし、逆に、権力者の側が、『ライバル勢力』を追い落とすために『汚職事件』を利用している。
むしろ、一般的にいうと、日本よりも中国のほうが汚職はひどいし、逆に、権力者の側が、『ライバル勢力』を追い落とすために『汚職事件』を利用している。
台湾とて、中国と異なった(?)『理想社会』になっているということでは、全くない。
汚職やスキャンダルの話は山ほどあって、それを『政治的に利用しあう』という構図もはっきりしている。
汚職やスキャンダルの話は山ほどあって、それを『政治的に利用しあう』という構図もはっきりしている。
(これは、北朝鮮から『脱北』して韓国で住むようになった人で、韓国社会に適用できずに苦しむ人が結構いるという話に重なる部分が、あるかもしれない。)
だが、問題なのは、『屈原の精神』を忘れない、ということではなかろうか?
『屈原の精神』を伝えるということこそが重要であろう。
『屈原の精神』を伝えるということこそが重要であろう。
と考えると、『端午の節句』から見事に、『屈原の精神』を換骨奪胎した日本の『端午の節句』というのは、一体、何なんだろうか??
非常に気になることである。
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