この記事の続きだ。
安倍昭恵氏のフェイスブックによれば、彼女は、2月28日に、国民生活センター主催の『全国消費者フォーラム ~私たちの消費が未来を創る~』に参加し、『私たちの消費が未来を創る~エシカル消費を考える~』というテーマで講演をしたそうである。
『エシカル消費』というと聞きなれない言葉であるし、官僚や政治家たちの好きな、世間の人々にとってわかりにくいカタカナ言葉で、『本質的な議論から逃げる』、例のやりかたなのかと思ってしまう。
このセミナーのプログラムを説明した国民生活センターのサイトを見ると、<人や社会・環境に配慮した消費(エシカル消費)への取り組み>などといった用いられ方をしている。
だが、もう少しネットで調べてみると、この『エシカル』というのは、『ethical』のことである。そして、それは通常、『倫理的・道徳的』という風に訳される言葉だという。
つまり、現代の個人が『消費』を行うに際し、その個々の消費がどのような影響を与えているのか、『倫理的』『道徳的』に考えながら、消費をするようにしていこう、という趣旨であろう。
その結果として、ある場合は、『人や社会・環境に配慮した』消費になっていくということなのだろう。
その結果として、ある場合は、『人や社会・環境に配慮した』消費になっていくということなのだろう。
ここで、『エシカル消費』という言葉を大勢の人の前で話したらしい、安倍昭恵氏その人が、『倫理』や『道徳』といったことについて、どう考えるのか、もう少し『内省的』になってほしいと思う。
彼女は、おそらく日本の昔から?の『美風』に即したものだと考えて、籠池氏らが『森友学園』あるいは『塚本幼稚園』などで行ってきた(行おうとしている)教育について、応援してきたのだろうと思う。
だが、しかし、現在の時点でどのように考えているのか?
あるいは、そもそもどのような意図で、それらを応援する活動を行ってきたのか?
『名誉校長』に就任したいきさつは、どういうことだったのか?
なぜ、それを辞めようと思ったのか?
『名誉校長』に就任したいきさつは、どういうことだったのか?
なぜ、それを辞めようと思ったのか?
なぜ、そのことについて、自らの口で説明しようとしないのか?
こうしたことは、何も国会の委員会に『参考人』あるいは『証人』として呼ばれなくとも、自ら『説明する責任』を負っているものである。
そうした『最低限の責任』を果たしてこそ、子供たちに『良い見本』を示すことができるのではないか?
逆に、今のような状態であっては、籠池氏も安倍昭恵氏もどちらも『最低の対応の仕方』であろう。
逆に、今のような状態であっては、籠池氏も安倍昭恵氏もどちらも『最低の対応の仕方』であろう。
このようなことが、塚本幼稚園の子供たちに伝われば(当然、多かれ少なかれ伝わっているであろう)、また森友学園運営の小学校に入学しようとしていた子供たちに伝われば、そちらのほうの『心理的打撃』『大人たちに騙されたという思い』こそ、大きな心の傷を生み出しかねないものだと思う。
今、安倍昭恵氏に対しては、安倍晋三首相が必死になって『守っている』ように見えるが、これはむしろ、安倍昭恵氏が、『責任ある大人』として、自ら主体的に責任を果たすことを妨害し、彼女をいつまでも、『安倍晋三の付属物』としての地位に押しとどめようとするような行為に等しい、と思える。
安倍昭恵氏は、積極的に自らの責任を果たし、自分のやってきたことについて、『どうであったのか』『今、どう思うのか』最低限、そのことだけは自らの口で『説明』するべきである。
もしそういうことができないのであれば、『総理大臣付』の名刺をもった、『秘書たち』を5人も使って、『ファーストレディー』としてのふるまいを『積極的に』行っていく、そのような『いいとこ取り』はもはや、『許されない』と考えるべきだろう。
『総理大臣夫人』としての『うまみ』は最大限活用し、自分の『生きがい』を追求し、『自己実現』を図っていく。
ただし、それに伴う『責任』を引き受けるのは嫌だ、というのでは全く『身勝手な主張』であり、子供たちにとって『悪い見本』『反面教師』にしかならないようなふるまいだと言わざるを得ない。
ただし、それに伴う『責任』を引き受けるのは嫌だ、というのでは全く『身勝手な主張』であり、子供たちにとって『悪い見本』『反面教師』にしかならないようなふるまいだと言わざるを得ない。
安倍首相がやろうとしていることは、もちろん、自分自身の『地位』を守るために、『安倍昭恵は馬鹿な女性に過ぎなかった』、ただひたすら『籠池某に騙されたのだ』というイメージ、『印象』をふりまいているだけである。
もし、安倍昭恵氏がこの『夫の作戦』に加担するのであれば、結局、安倍昭恵という人は、『夫と安倍家の<手のひら>』の上でバタバタしていた人物に過ぎなかったということを、自分自身で認め、自ら『安倍昭恵像』を粉々に打ち砕くことを意味するに、過ぎないだろう。