一昨日(26日)、池袋の映画館『新文芸坐』で、次のような企画で特集を組んでいたので見に行った。

今から20年前の1997年は、三船敏郎(12月24日、77歳)、勝新太郎(6月21日、65歳)、中村錦之助(萬屋錦之助、3月10日、64歳)の三人のスターたちが相次いでこの世を去った年だったという。
彼ら3人をしのんで、<没後20年三船敏郎、勝新太郎、中村錦之助特集>が2月15日~3月3日まで組まれている(例によって、この映画館の特徴である、日替わりの2本立て興行をやっている)。
考えてみると、私は今、68歳なので既にこの3人のうち2人の亡くなった歳を超えてしまっている(まあ、現時点の基準で考えると、彼ら3人とも比較的若い年齢で亡くなったということになるのだろうが…)。
私は、3月6日から台湾でしばらく住む予定なので、現在、あまり時間はない(カミサンに、引っ越しの準備をせよとせっつかれている。その割には、ブログの記事をたくさん書いているが…)。
そこで、一昨日(のみ)、かろうじて見に出かけた。
そこで、一昨日(のみ)、かろうじて見に出かけた。

この日、見たのは、『酔いどれ天使』(1948年公開)と『野良犬』(1949年公開)の2本。
いずれも、黒澤明監督の作品(脚本にもかかわっている)。三船敏郎と志村喬の2人が、(今でいう)『W主演』みたいな感じで出演している。
いずれも、黒澤明監督の作品(脚本にもかかわっている)。三船敏郎と志村喬の2人が、(今でいう)『W主演』みたいな感じで出演している。
一昨日、13時45分から、中島丈博さん(映画監督・脚本家)と野上照代さん(元黒澤組プロダクション・マネージャー)によるスペシャル・トークショーがあった(2本の作品の第1回上映後に実施)のだが、最近、朝早くから起きるのが苦手になっているので、逆に最終の上映時間で見た(したがって、トークショーはなし)。
私がなぜ、これらの映画を見に行ったかというと、私は1948年生まれなので、特に『酔いどれ天使』などは、その生まれた年に公開された映画だったため。

これが『酔いどれ天使』のポスター。
この映画は、私が学生のころ(つまり、50年近く昔)、たしか新宿あたりの映画館で上映されているのを見に行った記憶がある。
この映画は、私が学生のころ(つまり、50年近く昔)、たしか新宿あたりの映画館で上映されているのを見に行った記憶がある。
そのころでも、既に映画が公開されてから20年くらいたっている。
当時の私にとっては、『昔の映画』ということになるが、これを映画館で見て、とても良い映画だと思い、わざわざ、『黒澤明の<酔いどれ天使>という映画を見てきた』と親に報告?した記憶がある。
(親のほうからは、あんまり大きな反応はなかったが…。)
当時の私にとっては、『昔の映画』ということになるが、これを映画館で見て、とても良い映画だと思い、わざわざ、『黒澤明の<酔いどれ天使>という映画を見てきた』と親に報告?した記憶がある。
(親のほうからは、あんまり大きな反応はなかったが…。)
この映画は、三船敏郎がヤクザの役で、志村喬は『赤ひげ』タイプの町医者である。
三船敏郎は、結核に感染している。志村喬は口が悪く、2人はたえずぶつかっている(というより、三船敏郎がいらついて、志村喬にしょっちゅう暴力をふるう)が、志村は三船のことを心配している。
三船敏郎は、結核に感染している。志村喬は口が悪く、2人はたえずぶつかっている(というより、三船敏郎がいらついて、志村喬にしょっちゅう暴力をふるう)が、志村は三船のことを心配している。
最後は、三船が(他のヤクザに)殺されてしまうという、どこか『仁義なき戦い』を思わせるようなストーリーである。
だが、この映画、全体のトーンとしては『明るさ』がある。
だが、この映画、全体のトーンとしては『明るさ』がある。
それは、日本の『戦前の体制』が打倒された(そして戦争が終わった)が故の『明るさ』なのかもしれない。
だが、その中でも『悪い奴』が生き残り、要領の悪い?者が踏みつぶされていく、歯ぎしりするような状況もある。それでも、人々にはまだ『希望』がある。そんな感じだ。
だが、その中でも『悪い奴』が生き残り、要領の悪い?者が踏みつぶされていく、歯ぎしりするような状況もある。それでも、人々にはまだ『希望』がある。そんな感じだ。

これがもう一本の映画。
『酔いどれ天使』の翌年の1949年に公開されている。
『酔いどれ天使』の翌年の1949年に公開されている。
こちらでは、三船、志村の2人は、ともに刑事の役を演じている。
といっても、捜査一課の刑事である三船が、満員バスのなかで、銃をすられてしまい、それを追いかけるために、すり係の(現場たたきあげの)志村と協力して犯人を追うという話である。
犯人との対決が、満員の野球場でも行われる(結局、この時は逃げられてしまう)というように、『酔いどれ天使』と比べると、バタ臭いような感じのするストーリーである。これはアメリカの小説をヒントにして、この脚本が書かれたという事情があるようだ。
闇市のなかを三船が『復員兵』の格好をして、犯人をさがして回るなど、いかにも『敗戦直後』の雰囲気が色濃い映画でもある。
(これらは、最近、何度も書いている映画『この世界の片隅に』や『仁義なき戦い』に通じるところがある。)
(これらは、最近、何度も書いている映画『この世界の片隅に』や『仁義なき戦い』に通じるところがある。)
また、映画の画面の構図?なども、昔の映画と思えない『新しさ』や『現代性』を感じさせるところがある。
ヒッチコック映画を思わせる(あるいは、ヒッチコックなどの手法を取り入れているのかもしれない)展開の仕方もあった。
ヒッチコック映画を思わせる(あるいは、ヒッチコックなどの手法を取り入れているのかもしれない)展開の仕方もあった。
だが、全体としては少し長すぎる映画で、クライマックスが分散しすぎているという印象も受けた。
そういう欠点は感じるが、三船敏郎のギラギラした感じ、志村喬の泥臭さ(同時にもっている分別臭さ)など、2人の俳優の持ち味がよく出ている映画だった。
(同時に、昔の映画を見たときに、いつも感じることだが、とっくに亡くなってしまった俳優たちの、若き日の思わぬ姿を見ることができる。)
(同時に、昔の映画を見たときに、いつも感じることだが、とっくに亡くなってしまった俳優たちの、若き日の思わぬ姿を見ることができる。)
これは、一昨日(26日)に見に行ったのだが、昨日(27日)ツイッターをみていると、(現在84歳の)俳優・仲代達矢さんがこの新文芸坐に、『座頭市』映画で、ご自分が出演している映画を見るために、出かけていたらしい。
(ツイッターは、おそらくご本人でなく、周りの人が入力したのではないかと思うけど…。)
(ツイッターは、おそらくご本人でなく、周りの人が入力したのではないかと思うけど…。)
仲代さんは、先日はキネカ大森でトークショーに出演していたが、昔の映画をスクリーンで見るためには、映画館に足を運ぶこともあるらしい。
どんな人が来ているのか、わからない映画館ではある。そこが面白いところでもあるが(結構、アジア系以外の外国人も来ている。アジア系は見た目では、わからないけれど…)。