この記事の続きだ。
一昨日(11日)、横浜・伊勢佐木町の映画館『横浜ニューテアトル』であった『この世界の片隅に』と『マイマイ新子と千年の魔法』の上映会、今回は、それぞれの後に行われた片渕素直監督のトークショーについて、簡単に紹介していきたい。

これは、映画上映の前の状況。前売り券は売り切れになったので、上映前には満席になっていたが、これはまだ上映開始のかなり前の時間だ。
ちなみに、2度の上映はそれぞれ、入れ替え制のために、私が座った席は多少異なっている。
ちなみに、2度の上映はそれぞれ、入れ替え制のために、私が座った席は多少異なっている。

トークショーは、特に俳優さん自身が出る場合は、撮影禁止になることが多いが(監督のみの場合でも、そうする人もいるかもしれない)、片渕監督の場合は、動画撮影や音声の録音以外はOKということである。もっとも、映画館の事情によっては、ダメなこともあるのかもしれない。だから、『お約束?』はできない。
(それは、前に『キネカ大森』に行ったときに、写真を撮れたので知った。)
(それは、前に『キネカ大森』に行ったときに、写真を撮れたので知った。)

監督は、基本的に多少『ひょうきんな?』人柄なようだ。
トークショーが始まる前にあっちの扉でじっと待っていた。中から開けてくれるはずだったが、なかなか開けてくれなかった……みたいなことを話していた。
トークショーが始まる前にあっちの扉でじっと待っていた。中から開けてくれるはずだったが、なかなか開けてくれなかった……みたいなことを話していた。
監督は、いろんな映画館で『トークショー』のはしごをしているらしいことは、ツイッターなどを見ていれば、わかるが、どうやら毎回(あるいは『ステージ』ごとに?)話のテーマを決めて、まったく同じ話を繰り返すことのないように、気を付けているようだ。
今回は、(前に聞いた)『キネカ大森』の時の話と、かなり変わっていた。
『この世界の片隅に』の上映の後に話したのは…。
『この世界の片隅に』の上映の後に話したのは…。
この映画館は、『マイマイ新子』を最初に2009年に公開した時から、お世話になっている。そのときから、次の新作ができたら、ここで上映してもらうという約束を支配人とかわしながら、なかなかその約束が実現できなかった。
(この映画館から近い)馬車道の東京芸大大学院で授業をやっていることもあり、この映画館には何度も来ているらしい。
(この映画館から近い)馬車道の東京芸大大学院で授業をやっていることもあり、この映画館には何度も来ているらしい。
先日、こちらを訪ねた時に、ちょうど『この世界の片隅に』と『マイマイ新子』の両方が、今日から上映開始ということが決まり、早速、『舞台挨拶』をさせてもらうことになった。
(『この世界に』の舞台挨拶の時には、『マイマイ新子』のプロデューサーを務めていた人も場内に来られており、紹介していた。興行的には、決して『成功』とは言えなかった映画なので、今回、『この世界に』のヒットをきっかけにして、もう一度『マイマイ新子』が再評価されるのが、うれしいという様子、またその製作に携わった人々にも喜んでもらえるという気持ちが、自然に表れているような印象だった。)
監督の話は、マイマイ新子の主人公の『新子』の服装(山口県防府市のその小学校の制服らしい)がセーラー服だったことから始まって(この学校では、昭和5年以降は、ずっとセーラー服だったとのこと。それ以前は和装だった)、戦前の人々の服装のことなどを中心に話をされた。
それによると、『すずさん』の義姉(周作のお姉さん)の『径子さん』は『モガ(モダン・ガール)』だったという設定だが、彼女のかぶっていた帽子とか服装は、実は当時の『最新のもの』ではなく、少し『流行遅れ』のものだったという。
つまり、彼女は、(モガながら)現実的な性格で、古着などをうまく活用するような人だった、と背景説明をした。
その他、呉の街にあふれていた『鈴蘭灯』と呼ばれる街灯のこと、あるいはそういったカラフルなネオンなどが街から姿を消したのは、実は『空襲』によってではなく、その前の軍が主導する『供出運動』(金属類などを武器生産のために、お国に提供する)によってだったことなどを話した。
そして、(こういった細部などを楽しんでもらうためにも)『また、映画館に見に来てくださいね』という呼びかけで、話を終えた。
『マイマイ新子』の上映のあとの舞台挨拶でも、この映画が、昭和30年ころを舞台にした高樹のぶこさんの小説『マイマイ新子』をもとにしていること。
同時に、千年前に、山口県防府市には『周防国』の国府が置かれていたこと、当時の人たちが『千年後の世界』について詠んだ短歌が残されていることなど、を話された。
また、『マイマイ新子』の公開時、高樹さんは(この映画に出てくる)『島津貴伊子=きいちゃん』のモデルの女性と、『もしかしたら再開できるかも』と楽しみにしていたらしい。
だが、その頃は、この映画はあまりヒットせずに終わったので、実現できなかった。
もしかしたら、今回の『再上映』で『きいちゃん』と高樹のぶ子さん(新子)との再開が実現できるかもしれない、と『夢』を語った。
さらに私個人に限って言うと、実は最近、安倍首相があまりにも、『山口県』や『長州』を乱発するので、『山口県』が嫌いになりかけていた。
だが、考えてみれば『周防の国』などに『罪はない』のだから、そのような態度ではいけない、もう少し『広い視点』で山口県の歴史や人々などもとらえていかなければならない、と思わせてくれる作品だった。
なお、この映画には、『敗戦』から10年たった時点で、人々の暮らしの中に『戦争の傷跡』がどのような形で残っているのかを記録するという性格ももっていると思った。