この記事の続きだ。


この論点整理の中心部分が、今回紹介する部分であるが、実に『おざなり』で本当に『東大名誉教授』という肩書の人物が、考えたものなのかという疑問を生じさせるようなレベルである。

もともと、『東大教授』というのは、『国家のための大学』において、順調に務めを果たした人物に与えられる『呼称』に過ぎないのではあろうが…。

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この記事の前篇にも少し書いたように、天皇の『退位による新天皇の即位』(これは、従来いわれていた『生前退位』という言葉を言い換えたのであろうが)について若干の検討が加えられた後に、問題は、この『(生前)退位』について、<将来の全ての天皇を対象とすべきか、今上陛下に限ったものとすべきか>という論点に絞り込まれてしまう。

本来、このような問題の立て方自体、良いのかどうか議論すべき事項だと思うが、この『論点整理』なる文章は、レジュメ風なので、(途中をはしょって)論議をいきなりこのように絞り込んでも、必ずしも『奇妙な感じ』がしてこない。
(だからこそ、このような『形式』を採用したのだろう。)

そして、なぜこのような問題の立て方をしたのか、それ以外に考える道はないのか、という疑問をすっとばして、<将来の全ての天皇を対象とすべきか、今上陛下に限ったものとすべきか>という両案の比較がいきなり始まっている。
また、この両案の比較の仕方も、決して公正中立とは言えない。


なぜなら、それぞれの案について、『積極的に進めるべきとの意見』(メリット?)と『課題』(デメリット?)が列挙されているのが、これがとんでもなく、バランスが欠けている。

<将来の全ての天皇を対象とすべき>との案については、、『積極的に進めるべきとの意見』(メリット?)が10個と、『課題』(デメリット?)がなんと23個も記述されている。

それに対して、<今上陛下に限ったものとすべき>との案に対する、『積極的に進めるべきとの意見』(メリット?)が4個と、『課題』(デメリット?)は3個と極めて少ない。


これは明らかに、この『論点整理』の文章が、後者つまり、<今上陛下に限ったものとすべき>、皇室典範改正によるのでなく、一代限りを対象とする『特例法』で定めるべきということを提案していることを示している。
だが、その『結論』を導くための作業が、実に『子供だまし?』の類の操作を行っている。

上記の比較だけ見ると、<今上陛下に限ったもの>としたほうが、問題が少なそうに一見見えてしまう。

だが、実際はこの『論点整理』では、『今上陛下に限ったものとすることは法の一般性の原則に反するのではないか』とか、『過去の124代の天皇のうち、半数近くの58方 が退位をしており、歴史的にはむしろ退位が皇位継 承事由の原則であった。退位を否定した明治の皇室 典範の制定以降の事例はむしろ例外であり、長い皇 室史の原則に戻るべきではないか』などの見解も示されている。

これらは、どちらも、<将来の全ての天皇を対象とすべき>という案の『積極的に進めるべきとする意見』にのみカウントされている。
つまり、<今上陛下に限ったもの>という案の『課題』としては掲載もカウントもされていない。


まあ、同じことを重複して記述することを避けたとも言えるかもしれないが、このような『操作』を行うことによって、意識的に、<将来の全ての天皇を対象とすべき>という案には、メリットもデメリット(つまり『課題』)も(非常に)多いのに対して、<今上陛下に限ったもの>の場合は、メリットもデメリット(『課題』)も少なく、まるでこちらのほうが、採用した場合、スムーズに移行が可能であるかのような、一種のイメージ操作、印象操作を行っているのである。


その他、<将来の全ての天皇を対象とすべき>との案に対しては、<仮に、今上陛下の御意向に沿って制度改正したということとなると、憲法の趣旨に反するのではないか>などという見解が『課題』として挙げられている。


これなどは、『集団的自衛権の行使容認』などについては、『憲法違反の疑いが濃い』施策を平気で推進する、安倍内閣がこのようなことを、『良く言うものだ』とあきれてしまう。
同時に、このような見解は、『日本国憲法において、天皇は例外的に<基本的人権を認められない>』とする考えに他ならないとも考えられる。

このような、『天皇』に『基本的人権はない』と考えるような憲法解釈が、果たして適切なのか、そのこととの『兼ね合い』で今回、『今上陛下がお気持ちの表明をされた』ということを考えるべきだと私は思う。

むしろ、天皇に対して、『黙って、宮中で祈ってさえいれば良い』『公的行為と称して、戦争や災害の人々のために各地を回るのは、勝手にやっていることに過ぎない』などと、非難することこそ、天皇の『基本的人権』をさらに奪い、天皇を『人間』ではなく、国家のための単なる『記号』としての存在に貶めようとする『憲法解釈』なのではないかと思う。


このように、この『論点整理』というのは、極めて『いい加減』で安倍内閣の意向に沿った『政治的文書』に過ぎない。

このようなものに左右されず、『日本国憲法』の精神を考えれば、どのような道が最適なのか、国会も含めて、全国民的な議論がむしろ必要だと考える。


国民全体で天皇の発せられた問題提起について考えることについて、『政争』だなどと非難する風潮が安倍内閣周辺にはあるが、これこそ、国民の総意に基づいて、天皇に対する『助言と承認』を行うべき内閣の任務を放棄しているように感じる。







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