この【広島・呉旅行】というタイトルを付けた記事のシリーズ、かなり長々と書いてきてしまった。
そろそろ終わりを迎えようとしている。最後に、次の記事で、広島にもう一度戻って、そこで見たものについて書きたいと思っている。

今回は、私が、この呉あるいは広島という2つの街に今回、来るきっかけとなった2つの映画の『関連』について書いてみたい。


映画『この世界の片隅に』という2016年公開のアニメ映画と、『仁義なき戦い』という1973年公開の『ヤクザ映画』(いわゆる『実録路線』の先駆けとなった映画)というのは、相当、異なる映画である。

『この世界の片隅に』というのは、どちらかというと女性のファンが多い映画だろう。しかも、子供から(私よりもさらに)高齢な方まで、観客の層は広いと思われる。

それに対して、『仁義なき戦い』というのは、血があふれ、女性は『暴力』とか『売春』がらみで映画のなかに出てくる人が多く、どちらかというと、『女性が眉をひそめる映画』(嫌悪感を示す映画?)なのかもしれない。

だが、この2つの映画、見方によっては、内容がつながっている。
(広島市というより)呉市が戦後どのように変化していったのか、兵士として戦争に動員され、戦後、失業してしまった『若者たち』(特に男性)がどのようにして、再び『儲けのための体制』に組み込まれ、動員されてしまったのかを描いているからだ。


実は、私は、『仁義なき戦い』という映画は、特に菅原文太さんが亡くなってから何度か見たが(それまでは、それほど『真剣?』に見ていなかった)、その中で、広島と呉との関係がよくわからなかった。

だが、今回の『広島・呉旅行』によって、なぜ、広能昌三(菅原文太演じる役)あるいは山守義雄組長(金子文雄演じる役)らが、広島でなく、呉を地盤にその組織を伸ばしていったかわかったような気がした。

呉は、これまで見てきたように、海軍の拠点であり、軍港であり、海軍工廠を抱え、多数の兵士、労働者を擁していた。
そういう人々が、一挙に『失業』してしまったのである。しかも、日本の植民地であった地域や戦地から、『復員』などで日本に戻ってきた兵士や、日本人も多かった。

他方、GHQとしてアメリカ軍やその他の軍隊が多数、日本にやってきた。
彼らは、武器の修理工場を必要としたであろうし、食べ物、飲み物、あるいは『女性』に対する欲望、欲求も膨大なものがあっただろう。

そして、日本人の側でも、食糧が不足しており、そのなかで、『闇市』が拡大していった。
また、『てつのくじら館』での説明文にもあったが、日本の海域周辺には、米軍等の敷設した多数の機雷なども残されており、これの爆発処理も必要とされた。

多数の海軍の隠匿物資もあったし、やがて、朝鮮戦争に向けて、再び、日本を(今度は)米軍の下請けとして、再武装化する『試み』も進行した。


こうしたことすべてを、円滑に進めるためには、大量の労働力が必要であっただろうし、『闇の世界』も含めた『新たな秩序』を維持するための下請け機構が必要であったことだろう。

これらすべて(あるいは、その中の最も醜い側面)がどのように『軍港呉』を中心に進行していったのかを描いたのが、映画『仁義なき戦い』であったのではないかと、いう気がした。


これまでも、ここの記事の中で、『中通り』と『本通り』が呉市の(戦前からの)代表的な繁華街であったと書いてきた。
おそらく、映画『仁義なき戦い』で呉市内のヤクザの抗争、縄張り争いが描かれている場面は、『本通り』や『中通り』あるいはその周辺の地域を舞台にしたものだったのではないだろうか?

同時に、この映画では、例えば呉市の競艇場における(警備等の)権益を『暴力団』同士が(市議などを巻き込んで)争った様子も描かれていた。


競艇場の場所は、確認できなかったが、呉市役所は戦後、何度か改築を重ねているようだが、今でも『中通り』や『本通り』のそばにあった。
(呉市議会もこの建物の中にあるのだろう。)

別に今の呉市役所が、『既得権』にまみれているとまでは言うつもりはないが、呉市役所の位置(戦前からほぼ同じ場所にあるようだ)そのものが、映画『仁義なき戦い』に示される『利権構造』のある種の象徴のような場所に位置している。


映画『仁義なき戦い』で何度も映し出される『広島への原爆投下』そして、『朝鮮戦争によって、日本経済が回復していく様子』、これは日本という国全体の縮図であったともいえるのだが、この呉市において、ある種、典型的に表れた。

そして、映画『仁義なき戦い』や、1960年代、70年代に作られた映画では、むしろ『差別された人々』が暴力に動員されていく姿を、(差別について『化粧直し』などせずにストレートに表現するが故に)それなりのリアリズムをもって描いていた。


映画『この世界の片隅に』で描かれた時代の後に何が、呉で起こったのか、そのすべてとは言わないにしても、その『ある一面』(しかも普遍性のある一面)を描いたのが、映画『仁義なき戦い』であったように思えた。

最近になって、アメリカでトランプ大統領が出現したことから、『トランプを支持する人々』と『ヒラリーを支持する人々』とのアメリカの『分裂』や『矛盾』について、いろいろ指摘され、注目されている。

だが、何もアメリカを持ち出さなくとも、日本においても、そのような『分裂』や『矛盾』はずっと存在しており、その一面を、マグマがあふれ出すように、(突然)表に出していたのが、映画『仁義なき戦い』の描きだした世界だったのではないかという気がする。


そして、映画『この世界の片隅に』における『すずさん』の思い、さらには、映画『仁義なき戦い』において『広能昌三』(菅原文太)らが陥った『矛盾』『苦悩』、それらを両方、忘れるようにしないことで、1930年代、40年代の『過ちを再び繰り返さない』ようなことが(もしかしたら)可能になるのではないかとも思えてくる。







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