【介護日誌】というヘッダーを付けた記事を書くのは、5月16日以来だ。

この間、(特に最近は)ほぼ毎日のように病院に通っている。
認知症と血液がんにかかっている母の容体は、良くなってはいない。

現在は、『最終段階』にさしかかっているともいえる。
この『最終段階』を病院よりも、人手があり、よりていねいな対応が期待できる?有料老人ホームで迎えて貰おうかとも思ったが、予想していたより悪化が早く、現在、有料老人ホームに移せるかどうか、ホームの側の『判断待ち?』の状況である。


それだけでも、気が滅入るが、今週に入って今度は、母親の姉が倒れたという報が入った。
伯母は、(夫が4年前に亡くなったこともあり)現在、埼玉の老人ホームに入居しているが、もともと最近、元気がなくなっていて、『老衰』のきざしが見えていた。

それが、先日、部屋の中で転倒し、頭を打ったという。
救急車で病院に運ばれていった。

弟のほうが、千葉に住んでいて、また前からこの伯母の世話をしているので、すぐ病院に飛んだ。
当初は、意識がもどらないと言っていたが、ようやく意識は回復したようである。


そこで、私も昨日(11日)、北浦和の駅に近い、この病院を訪れて見た。
『4人部屋』の相部屋のなかに入っているが、最初は、これが伯母かと思ったくらいだ。

顔は、意外とふっくらとしているが、しゃべることはできない。
こちらのことは、認識できているようである。

手を握ってやると、強く握り返してくる。

どのように対応してよいやら、わからず、あまり長居をしないまま、帰ってきてしまった(昨日は、そのあと、用事があって神奈川県大和市に向かったのだが)。


伯母というのも、母と同様に、長崎市の出身である。
長崎の被爆者の一人だと思うが、(母のほうと違って)伯母の被爆者手帳は見たこともない。

それにしても、姉妹同士が(それぞれ知らないままだが)、同じように病院に横たわり、酸素吸入を受けているのは、不思議なものである。


伯母の様子を見ると、少なくとも母親の方が、しゃべることができるし、まだ『元気』だという気もしてきた。

しかし、白血球の数値は急上昇しているし、予断は許されない。
できるだけ、食事のときは、そばについているようにしたいと思った。
(食事介助のうまい下手で、食べる量が結構、違うような気がする。病院では、しょっちゅう看護師がローテーションするので、母のことをどれだけ理解しているのか疑わしい。もちろん、看護師個々人の熱意や力量によっても、異なるとは思うが…。)

ただし、今日は、私は『お休み』で明日また行く、つもりだ。






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