昨日の記事の続きである。

今、思い返してみても(やりとりは、ICレコーダーに録音してあるが、どうも自分の声を聞く気はしない)、NHKの集金人はともかく、受信料を支払ってもらえさえすれば良いのであろう、いろんなことを言っていた。

こちらに合わせて、籾井会長は、とんでもない人物で、NHK内でも困っているというようなことを言ったり、あるいは、そのようにNHKに批判が集中している中で、自分のように集金をする者もしわ寄せをくっているのだと、同情を買うようなことを言ってみせたり…。

挙句の果ては、(NHKを批判している)『毎日新聞』も『東京新聞』も偏向しているといったり(元NHK経営委員長代行の上村氏も偏向しているそうだ)、BPOのNHKを批判している『報告書』についても軽視する発言をしたり…。

そして、結局のところ、『法律で受信料支払いの義務がある』(実はない。『受信契約締結の義務』まではうたっているが…)などと、『事実無根』のことを主張して、支払いを迫ったりする。


私が、『NHKの受信契約』は『双務契約』であり、NHKの側にも『公共料金』として適切なものを放送する義務があるのだが、それを果たしていないから、こちらも受信料の支払いを『凍結している』のだ、と主張しても、受け入れようとはしない。

『放送内容』あるいは『NHKの体制』に批判があるのなら、それはこうこうこういう番号に電話をしてくれと、クレーム対応の電話番号を書いたリーフレットを示す。

そういう話ではないのだといって、例えば、水道会社が汚れた水を配水(給水?)してきたら、『あなたは、水道料金を支払いますか?』というようなことも言ってみたが、相手には通用しない。

それは、ある意味で当然で、彼らはこのような状況で、何件分の料金を徴収できるか、あるいは『不払い』をやめさせられるか?で、その仕事が評価されるのであろう。
私と、この『集金人』との間で、話し合いが成立しないのは、ある意味で当然のことだろう。

同時に、私自身としては、ある種の『むなしさ』も感じる。
実際、私自身は、テレビは結構、見る方だし、特にNHKは良く見ている。最近でこそ、あまりにもひどい報道番組が多いので、それらを『義務感』(どのような報道をしているか、チェックする)だけで見るのも、ある種の『疲れ』を感じる。

だから、以前ほど、NHKを見なくなっているような気もする(ただし、録画だけは相変わらず、続けている。そのまま、内容を見ないうちに消去してしまうものも多いが)。

同時に、このような形以外に、別の方法でNHKに働きかけ、今のNHKの状況を変えられないのだろうかという気もする。

というのは、どうも『料金不払い』(特に、NHKを結構見ていながら、『不払い』する)という形態の運動は、『きまじめ?』な日本人の国民性に、あまり合っていないような気もしている。

NHKの今のあり方、特に、安倍首相らがNHKなどのメディアをもて遊ぶ、そのやり方に対して、不満に思っている層は、かなりいるのではないかと思われる。
だが、NHKの『料金不払い』というのは、あまり広がっていないような気がしている。

というよりも、そういう『運動』をやっているらしい人たちのサイトを見ても、あんまり、真剣にそういう運動を広げようとしているようには、感じられないことが多い。

私自身は、とりあえずは、『料金不払い(というか支払い凍結)』を続けて行くつもりだが、もっと別の形で、NHKに抗議をする運動を広げていくべきではなかろうか、と感じている。


NHKの社前の集会やデモみたいなものにも、2回ばかり行ってみた。
だが、どういうわけか、私が行ったときは、かなり世代が限られた参加者だった。

別に屋外集会でなくて、屋内での討論集会とかシンポジウムとか、形態は多様であってよいが、幅広く、NHKの今日のあり方、あるいはメディアの今日のあり方に対して、異議申し立てを表明し、それを広げて行く場を設定するようにすべきではなかろうかと思う。

今の国際情勢を見ていると、本当に『危機的な状況』になりつつあるような印象を受けている。
後藤さん、湯川さんが『イスラム国』によって人質にされ、また『日本政府』からは見殺しに近い状況のもと、殺害されてしまってから、まもなく1年になろうとする。

果たして1年前に、あるいは後藤さん、湯川さんが殺害された直後に、『世界』があるいは『日本』がこんなに急激に変わってしまうことを予測出来た人が、いったい、どれだけいるのだろうか?







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