映画『野火』の上映のあとに、『今、戦争を描くということ』と題して、『野火』の塚本晋也監督や、漫画家の今日マチ子さん、そしてTBSのラジオ番組『セッション22』のキャスターの評論家の荻上チキさんが司会を務めたトークショーがあった。
この会場は、パルテノン多摩の小ホール(定員304人)である。満員まではいかなかったと記憶するが、結構、入っていた。
しかも、若い人が意外と多かったという印象がある(このトークショーの顔ぶれの影響もあるのかもしれない)。
最近、『セッション22』のpodcast(ネットで聞ける番組の音声ファイル)を聞いていて、気が付いたのだが(というのは、この番組の過去の番組のpodcastでまだ聞いていないのを、たくさんアイパッドに入れている)、塚本監督も、今日マチ子さんも、いずれも今年の8月に、『セッション22』に出演していた。
(この放送の内容は、『トークショー』の内容とごっちゃになってしまう気がして、まだ聞いていない。)
(この放送の内容は、『トークショー』の内容とごっちゃになってしまう気がして、まだ聞いていない。)
塚本晋也監督というのは、ちょっと『年齢不詳』な感じがあるが、現在、55歳だという。
高校2年生のときに、大岡昇平の原作小説を読んでいる。それ以来、何度となく『映画化したい』と思いながら、それが果たされずにいたが、『最近、世の中の風潮がキナ臭くなってきて、今、映画として作れないと、ずっと作れなくなってしまう』という危機感を感じて、映画化したという。
また、映画の作り方として、『昔、あった戦争の話』というのではなく、『今、現在、起こりつつあること』という臨場感を感じてもらいたいと思いながら、制作したとのこと。
今日マチ子さんというのは、年齢は公表していないというが、2000年頃、大学2年生以降、実家からの通学になり、通学時間が長くなったことに伴って、電車内でフリーペーパーの作成を始めたなどと、ネットに書かれているから、今、おそらく30歳代なのであろう。
『野火』を見た感想として、今日マチ子さんが、『少し、映画をなめてかかっていたところがあり、映画を見て、打ちのめされた感じがした』『映画を見るために、映画館に入るときに、知り合いが中から出てくるのとすれ違っていた。そのとき、知り合いの様子がおかしかったのだが、そうした信号を受け止めながら、どういう映画なのか、見る前の心の準備ができていなかった』『いつ終わるんだろう(この地獄みたいな状況から抜け出せるんだろう?)と思いながら、映画を見ていた』と率直に感想を語っていた。
彼女は、『cocoon(コクーン)』(沖縄のひめゆり学徒隊をモデルとしたもの)、『いちご戦争』など戦争を題材にした作品を描いているらしい。
最初の『cocoon(コクーン)』は編集者からの提案で、『ひめゆりのことを作品にしないか』といわれて描いたが、その後は、『戦争ものは売れないので、編集者から言われてではなく、自分で描きたいと思って、描いている』と話した。
塚本監督が、それらの作品について、ていねいに見ている感じで、いわば『戦争を知らない世代』(まあ、私だってそうだし、塚本監督自身もそうだが)がどのように、『戦争』について作品などを通して、後世に伝えて行くか、などについて話がかわされた。
荻上さんは、現在、戦争に関する『証言』を集めた本の出版の準備をしている、と言っていた。
また、塚本監督は、『ある種の娯楽というか、興味ももってもらえないと、戦争について語り継ぐことはできない』と語り、今日さんは『戦争についての史実、どうであったのかということを知ることも重要だが、作品の作り手のそれぞれが、想像=創造をしてみることも、本当に伝承していくためには、必要なのではないか』というようなことを発言していた。
その後、会場から質疑応答を受ける時間があり、(普通、こういう場合は、あまり発言する人は少ないのだが)荻上さんが、『この会場は、このあとの使用予定がないみたいなので、できるだけ発言を受け付けたい』と言ったところ、6人が発言した。
最初の一人は、中年の男性だったが、そのあとの4人は、『若い男性』のようだった。最後は、若そうにも聞こえる女性が発言した。
(『若い』とか『若くない』とかしつこく書いて、申しわけないが、私から見ると、『若くない人』というのは、決まったようなことしか言わない人が多い、ように感じる。
例えば、別の日は、『三里塚』と『沖縄』に関するドキュメンタリー映画が上映されたおりに、『日本がいつも、こういう状況になるのは、日本がアメリカに従属しているから。そのことは、この本に書いてある』などといって、本の内容まで紹介する。
『対米従属的なところ』が日本にとって大きな問題であるのは、多くの人が気づいていると思うが、このような人は、『大衆は、目覚めていない』『私は知っている』といった調子でしゃべるから、聞いていて疲れる。)
また、もう一つのパターンは、実は、この日の最後の『発言者』がそのパターンなのだが、『日本人の国民性に問題があるので、運動が発展しない』といわば断罪する。
『日本人の国民性』にも、困った部分があるのは、その通りだと思う。
だが、『メディアの動向に左右されやすい』とか、『戦争などを前にして、愛国的な風潮に流れやすい』というのは、何も日本だけの問題ではない。
だが、『メディアの動向に左右されやすい』とか、『戦争などを前にして、愛国的な風潮に流れやすい』というのは、何も日本だけの問題ではない。
極端に、『日本人の国民性』を批判してしまうことは、結局、『日本人はどうしようもない』というニヒリズムにつながってしまう危険性があるという気がしている。
最近など、いろんな場所で、人々が話し合っているのを聞いていると、『もう一度、痛い目に遭わないと日本人は、どうしようもないのよ』などと言っている女性(年配?)などもいて、私などは、そのような傾向こそ、危ないという気がしている。
まあ、こういう『パターン化』した、閉塞感の漂う発言が、年配者の発言からは比較的、多いような印象を受けているので、ぞっとしない次第である。
(今後、もっと『いい発言』をしている人がいれば、積極的に紹介していきたいと思うが…。)
この日は、若い人が、やや積極的に発言をして、多様な意見が聞けたので面白かった。
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