一昨日(23日)の『朝日新聞』に、『本社慰安婦報道・第三者委員会報告書(要約版)』なるものが、その『ポイント』を含めて、7ページにわたって全面を使って掲載されていたことは、一昨日の記事にも書いた。
それを書いた時点では、まだ、この『報告書(要約版)』は、一部だけしか読んでいなかった。その他の記事、ある
いは全体の装いなどを確認して、一昨日の記事を書いた。
だが、私はたまたま現在、『朝日新聞』のモニター(10月~3月までの6カ月間)をつとめていることもあり、(また、私自身、こういった『お役所の文章?』みたいなものに、隠されている真実の追求には興味があることもあって)昨日、この『要約版』を読み始めた。
ところが驚いた。
というのは、『要約版』以外に、『報告書』そのものも、『朝日新聞』のサイトにアップされている。
それで、新聞紙面に掲載されている『要約版』と、サイトの『報告書』そのものをダウンロードしたもの(表紙を含めて115ページもある)を見比べながら、読み進めていった。
最初は、『報告書』そのものを読む気は、あまりなかった。しかし、この『報告書』の前半部分は、1982年の『朝日新聞』の当初の記事を検証する部分が中心なのだが、『要約版』では事実問題について、省略している事項が多すぎて、(まるで、細部を省略した『推理小説』のようなもので)どういう論理の筋道なのか、つかみにくいと感じた。そのため『報告書』と『要約版』とを並行して読むはめになった。
そのようにして、この『報告書』の3分の1くらいまで読み進んだのだが、ここまで読んだ限りでも、『報告書』自身の是非はともかくとして(というのは、『報告書』自体の議論の仕方もおかしいと感じる部分がかなりある)、『報告書(要約版)』なるものは、『朝日新聞』にとって都合の悪い事実を、カットしてしまった、極めて『ご都合主義的なシロモノ』であるということを実感してしまった。
そこで、今回は、そのことをとりあえず紹介しよう。
(『朝日新聞』は主観的には、安倍政権と対立していることは承知しているが、こんなデタラメなことをやっていては、安倍政権に『足元を見られる』だけである。というより、既にすっかり、足元を見られ、さんざんたたかれた挙句が、先日の総選挙の結果だったのだろう。
また、これから紹介する、いかにも『小役人のやりそうな』小技の数々は、実は、安倍政権のもとで官僚たちがやっているトリックの数々と本質的に同じようなテクニックである。同じような官僚体質の人々が、安倍政権と朝日新聞、双方に存在しているという気がする。)
<1>韓国メディアの報道内容について
『報告書』の5ページに、慰安婦問題についての韓国メディアの報道状況、特に1991年8月に、金学順氏が元慰安婦として名乗り出た後のことが記されている。
『報告書(要約版)』では、『1991年8月14日に金学順氏が元慰安婦として名乗り出ると、韓国メディアもこれを一斉に報じた。』とのみ記されている。
しかし、『報告書』そのものには、以上の記述のその直後に、『同月15日付ハンギョレ新聞等は、金氏がいわゆるキーセン学校(妓生を育成する学校)の出身であり、養父に中国まで連れて行かれたことについても補導している。』との記述があるが、『要約版』ではこの部分をカットしている。
この部分は、『慰安婦』問題に関する日韓の情報ギャップの状況からすると、重要なポイントの一つではないかと感じる。
<2>1982年9月2日付記事の執筆者について
この記事は、吉田清治(敬称を省略する)が前日の大阪市内(浪速解放会館)での集会で行った講演内容を紹介したものである。これは『朝日新聞』の一連の『吉田証言』報道の最初のものとされている重要な報道である。
ところが実は、この記事の執筆者は判明していないというのだ。
ところが実は、この記事の執筆者は判明していないというのだ。
『報告書』には、次のように記述されている。
『当初執筆者と目された清田治史は記事掲載の時点では韓国に語学留学中であって執筆は不可能であることが判明し、上記記事の写真説明を書いた記者(当時大阪社会部)は、講演会場に赴いて写真を撮影したのは自分であるが、記事執筆の点を含めて細かい記憶はなく、当日のデスクの指示により写真を撮ったものと考えられ、事前準備もなしにこれだけの記事を出稿できるものではないなどと述べて記事執筆を否認していて、その供述に合理性がないわけではない。』
しかし、『要約版』には、次のようにのみ記されているだけである。
『当初執筆者と目された清田治史は記事掲載の時点では韓国に語学留学中であって執筆は不可能であることが判明し、当委員会において調査を尽くしたが、執筆者は判明せず、執筆意図や講演内容の裏付け取材の有無は判明しなかった。』
この両者を比較すると、前者のほうが、『誰かが事実を隠しているのではないか』あるいは『(朝日新聞だけではないかもしれないが)いかにも事実の記録について、新聞社がいい加減であるか』などと、さまざまな感想がわいてくる。
そういう意味で、『報告書』のほうがより豊かな情報を含んでいるが、『要約版』ではそれをすっかり捨象してしまっている。
<3>1992年5月24日付記事について
この記事は、当時、千葉県在住の吉田清治が、「韓国に『謝罪の旅』に出る」というので、その訪韓直前に、東京社会部の記者であった市川速水が執筆したものである。
『報告書』には、次のように書かれている
『市川によると、後記イbの秦氏の(韓国・済州島での--引用者注)調査結果が発表された直後、吉田証言の真偽を確かめるため、デスクとも相談のうえで、既に2月に顔つなぎを兼ねて会っていた吉田氏の自宅を訪ねた、そこで資料や戸籍等の確認を求めたが、一切資料は提示されなかったという。
市川は、証言の真実性を判断する材料が与えられなかったため、少なくともオーラルヒストリーとしては使えないと判断したが、上記記事掲載の数日前に吉田氏から電話連絡を受けて韓国に行くことを伝えられたため、デスクとも相談のうえで、記録として事実関係だけは残すべく記事にすることとしたという。
吉田氏には怪しい点があるとの心証であったので、慎重に、すべて「吉田氏によると」など、証言内容が事実であるかのような書き方にならないよう気を付けたともいう。』
ところが、これが『要約版』では次のようになっている。
違いがわかりやすくなるように、『要約版』でカットされた部分は、取り消し線を付けた。
また『要約版』で添付した語句は赤字とした。
違いがわかりやすくなるように、『要約版』でカットされた部分は、取り消し線を付けた。
また『要約版』で添付した語句は赤字とした。
『市川によると、後記イbの秦氏の(韓国・済州島での--引用者注)調査結果が発表された直後、吉田証言の真偽を確かめるため、デスクとも相談のうえで、既に2月に顔つなぎを兼ねて会っていた吉田氏の自宅を訪ねた、そこで資料や戸籍等の確認を求めたが、一切資料は提示されなかったという。
市川は、取材の結果証言の真実性を判断する材料が与えられなかったため、少なくともオーラルヒストリーとしては使えないと判断したが、上記記事掲載の数日前に吉田氏から電話連絡を受けて韓国に行くことを伝えられたため、デスクとも相談のうえで、記録として事実関係だけは残すべく記事にすることとしたという。
吉田氏には怪しい点があるとの心証であったので、
この省略の仕方は、妥当性のある部分もあるが、『証言の真実性を判断する材料が与えられなかったため』という箇所をカットするなど、果たして記者自身が感じていた疑念が、どの程度、この『要約版』の記述で読者に伝わるか、疑問である。
また、オーラルヒストリーなどという言葉も、読者にとって決して親切な表現ではなく、何を市川記者が考えたのか、つかみにくくしていると思う。
それから、これは『報告書』そのものの問題でもあるが、今の時点で、<吉田氏には怪しい点があるとの心証であったので、慎重に、すべて「吉田氏によると」など、証言内容が事実であるかのような書き方にならないよう気を付けた>などと言われても、当時の『朝日新聞』の読者に、はたしてどの程度、この『記者の配慮』あるいは『吉田証言に対する疑惑』が伝わったものか、それこそ疑問なのではなかろうか?
つまり、これは、結局、『言い訳』に過ぎないのでは?という疑問も感じてしまう。
このような、『報告書』の『要約版』のおかしさは、これに尽きるものではない。
むしろ、より一層、ひどい例がこのあと、続々と登場する。
つまり、『朝日新聞』は我が身可愛さの『要約版』を作成しているのである。
これは、『右とか左』とかでなく、それ以前の問題である。
次回も、その続きを書く。
(つづく)
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