今、安倍内閣が成立に熱意を燃やしている『特定秘密保護法』がいろいろ議論されている。
先日、図書館で今月16日付の『毎日新聞』を見ていたら、『開かれた新聞委員会 座談会』(毎日の紙面について、外部委員が意見を交換する仕組み?)で池上彰氏が次のように発言していた。
<9月28日の特集では、「米国から度重なる要請がある」とある。「こういう法律がないと米国が情報をくれないんだよ」ということ。
一方で米国は情報公開制度がしっかりしていて、必ず一定の段階で秘密を解除にして資料を廃棄しない。
にもかかわらず、日本に対しては秘密の法案だけやれというのは違うだろう。
にもかかわらず、日本に対しては秘密の法案だけやれというのは違うだろう。
秘密保護をするのなら一定期間後の情報公開とセットだと思う。歴史への責任も考え、必ず情報を残し、どこかの段階で秘密が解除されて、オープンにされるべきだ。>
私は、この意見は『正論』だと思う。
他国に対して、自国の状況と異なることを要求するアメリカの『要求』については、うさんくささを感じるが、ともかく、『つまみ食い』的に、アメリカの『体制』の都合のいい部分のみを自国民に押し付けようとする安倍内閣の姿勢については、『見過ごす』ことはできない。
そういう観点から、この『沖縄密約』文書の扱いについても、注目していきたい。
再度、『朝日新聞』の2000年5月29日の記事(1面)を掲載する。

同じ1面の下のほうには、次のような記事も見える。

『移民哀史など外交文書公開』『ただし外務省の〝検閲〟済み』との見出しが見える。
また内容を見ると、次のような記述がある。
また内容を見ると、次のような記述がある。
『外務省は、1950-60年代を中心とする計約40万ページの外交文書を29日から公開する。文書からは南米への移民の窮状やインドネシア賠償交渉、アジア開発銀行本店の誘致競争の経緯などが明らかになった。東京・麻布台の外交史料館で閲覧できる。
外交文書の公開は76年に始まり、今回で15回目。外務省の内規に基づいて、原則として作成から30年たった文書が省内のチェックを経て秘密解除・開示されてきた。重大な国益や個人の利益が害される場合は非公開とされてきた。』
『2001年4月の情報公開法施行を控え、同省は年度内にもう一回公開することを検討している。』
『どの文書がどのような理由で非公開扱いと決まったかが明確でないなど、外交史研究者らがこれまでに指摘してきた課題は改善されなかった。「30年で公開」とい原則も遅れが目立つ』
このように、我が国で情報公開法施行を控えているという事情で、よりアメリカにおける公文書の取り扱いに、注目が集まっていたと考えられる。
また、この日の新聞の他の面には次のような関連記事もある。

既にこのブログでも紹介した『密約 外務省機密漏洩事件』の筆者である澤地久枝氏が、コメントを寄せており、次のように語っている。
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(省略)外務省の責任者たちは法廷や国会で、返還交渉の場面では「メモを取らなかった」「密約はなかった」と見え透いたウソをつき通しました。
メモを取らない外交交渉なんてありますか。物的証拠から明らかなことでも「覚えていません」と平気で言いましたし、最高裁の判事たちもそれを受け入れました。日本の政治や外交は貧しい。悲しいほどですね。(省略)
証拠資料は日本政府から出たのではなく、米国の公文書によって証明されたことが重要です。ナショナリズムで言うのではありません。よその国によって歴史事実が証明されたり否定されたりする主権国家とは、いったい何ですか。(省略)
米国の情報公開制度にしても手放しで万全とは言えません。日本に比べればはるかに進んでいますが、詰まるところは主権者の努力と見識にしか託せないのです。
交渉時の最中には、相手のあることですから公表できないことがあるかも知れません。しかし、一定の時間が過ぎたら公開する義務をすべての官庁に負わせるべきです。
いずれ公開され、歴史家の目に触れ、主権者の知るところになるなら、役所も野放図なことはできないでしょう。それが権力を腐敗から防ぎ、歴史の審判を可能にします。(省略)
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外交にかかわる情報公開の期限は、現状、日本では原則30年、アメリカでは原則25年後までに秘密指定が解除されるということになっているようである。
しかも、この『原則』を超えて解除されないような『トップ・シークレット』もあるようだ。
しかも、この『原則』を超えて解除されないような『トップ・シークレット』もあるようだ。
だが、私は、この『25年』でも遅すぎると思う。
佐藤栄作氏は、『核の持ち込み』を含む種々の『沖縄密約』を抱え込んだまま、72年の沖縄返還から2年後に『ノーベル平和賞』を受賞し、3年後に死去した。
佐藤栄作氏は、『核の持ち込み』を含む種々の『沖縄密約』を抱え込んだまま、72年の沖縄返還から2年後に『ノーベル平和賞』を受賞し、3年後に死去した。
彼の密約が露呈したのは、今回の記事のものが2000年の報道(もちろん、その前から西山氏らの逮捕を巡る裁判時点でも、密約の存在は確実視されていたのであるが)、そして前にとりあげた『核持ち込み』に関する密約が、2009年の報道で世間の明るみに出た。
ご本人が、ノーベル賞受賞という『栄光』のうちに亡くなった何十年も後になってからでは、こうした『真実の露呈』は政治家の『非行?』に対する抑止効果は薄いと思われる。
やはり、ご本人がまだ生きている内に、『真実の露呈』がないと、『戒め』にはならないのではなかろうか?
あるいは、安倍首相などは、逆に『大叔父』である佐藤栄作氏のこうした密約露呈という状況に対しても危機感?を抱いて、『特定秘密保護法』の必要性を感じているということなのかもしれない。
ともかく、『天網恢恢(てんもうかいかい)疎にして漏らさず』と呼ばれる『天の網』を、むしろ『粗っぽい』ものにしてそこから、最終的に『漏れる人や事項』を多くし、(『機密』をタテにとって国民を騙す)佐藤栄作のような人々を『天の網』から救おうというのが、『特定秘密保護法』の狙いのように思えてならない。
(続く)
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