昨日、日本の国会では、野田首相が安倍総裁を相手する党首討論の中で、明日(16日)の解散を事実上、宣言した。
私も、日本の政治を細かく追いかけているわけではないので、何となくもう少し先なのかとばかり思っていた。
今回の解散は、安倍自民党に対してと同時に、野田氏を引きづり降ろそうとする民主党内の動き、さらには、民主党の離党者が続出し、もはや政権を維持できなくなりつつある状況の中で、自らが『主導権』を握って解散を実現したかのように装う、最後の『チャンス』だったのだろう。
昨日の国会の様子は、動画で見ることはできていない。
だが、活字でやりとりを読むだけでも、野田首相は、何やら楽し?そうだ。
だが、活字でやりとりを読むだけでも、野田首相は、何やら楽し?そうだ。
自分が小学校の頃、成績はさがったものの、通知表に『上にバカがつくほど正直な子供だ』と教師から書かれ、父親からほめられたというエピソードを披露している。これは、『近いうち』解散に関連して、さんざん『嘘つき』呼ばわりされたことへの逆襲でもあるのだろう。
また、安倍総裁に対して、かさになって『約束してください』と迫り、その挙句、『明後日(16日)解散をする』と発言している。
安倍総裁は、一瞬、たじろいだようである。
安倍総裁は、一瞬、たじろいだようである。
たしかに、『近いうち』解散が実現できていなかった理由の一つとして、自民党の側で、野田氏の約束の直接の相手であった谷垣氏を、『用はすんだ』とばかりに先の総裁選で、総裁の座から引きづり降ろした(立候補すら断念する状態に追い込んだ)自民党側の事情もある。
一方的に、野田氏が『嘘つき』だという話にはならないのだろう。
一方的に、野田氏が『嘘つき』だという話にはならないのだろう。
だが、このようなやりとりを読むにつれ、日本の政治家には、『嘘をついてはいけない』という倫理がかろうじて残っているらしいことに、ある種の安堵を感じないでもないが、それと同時に、別の感情もわいてくる。
結局、野田氏は、自分の行為が国の政治にどのような影響を与えるかということよりも、『自分自身の名誉』『自分自身の評判』を重要視しているのではなかろうか?
昨日の国会の党首討論の場で、いきなり『解散宣言』をしたことにも見られるように、ここには小泉式劇場政治の影響が強くうかがわれる。
強い決意、強いリーダーシップを印象付けることで、ドラマを演出し、選挙民の支持を得ようとするやり方である。
強い決意、強いリーダーシップを印象付けることで、ドラマを演出し、選挙民の支持を得ようとするやり方である。
このやり方は、これまで、橋下氏や、石原慎太郎氏にも認めることのできたやり方である。
自分を何かの主人公のように思い込ませ、選挙民を自分に同化させようとする。
自分を何かの主人公のように思い込ませ、選挙民を自分に同化させようとする。
だが、こういうやり方で何が残るのか?
橋下氏も、石原氏も、既成の政治を『ぶっこわせ』と叫ぶ。野田氏は、確実に『民主党』をぶっ壊している。
たしかに、民主党は一種の『悪徳商法』の主体となった集団のように見えるから、民主党をぶっ壊すことに快哉を叫ぶ人も多いことであろう。
しかし、民主党が政治勢力として未熟な集団であったとしたら、それを、分裂、再編などによって整理して、よりまともな『政党』を創出していく必要がある。
政党をぶっ壊し、政党政治に対する信頼を限りなく低下させるだけでは、日本の政治の将来はおぼつかない。
政党をぶっ壊し、政党政治に対する信頼を限りなく低下させるだけでは、日本の政治の将来はおぼつかない。
野田氏は、自民党のみならず、民主党の多数の議員から攻撃され、フラストレーションがたまっていたのかもしれない。しかし、責任ある政治家であれば、例えば民主党をどのように再編することが正しいと考えているのか、そのような新たな政治勢力を政党の形で残し、それを拡大していく展望を国民に示すべきである。
そうでなければ、『やぶれかぶれ』解散、『自己破産』解散で終わってしまう。
今後の、日本の政治に良い影響を及ぼすことができるようには思えない。
今後の、日本の政治に良い影響を及ぼすことができるようには思えない。
日本の政治を、中国に住んで見ていると、日本の政治家は自分のことばかり考えており、自らが悪者とされても、例えば、より良い『政党』を日本の中で育てていこうとする、そのような持続的志に欠ける人が多いような気がする。
(もちろん、中国にもそのような政治家もいるようだが、彼らは『体裁』をとりつくろうことがうまい。実際には、恐るべき『権力闘争』を繰り広げながら、表面的には何もなかったのかのようなふるまいをしている。)
あの子供じみた石原慎太郎氏、そして、どのような政治家なのか、いまだに実態がはっきり見えない橋下氏、石原氏の前に日中関係に大きな波紋を投じる(南京事件をめぐる)発言をし、今やまっさきに(減税のみというほとんど破たんした)政策を『小異』として、石原氏の元にかけつけたらしい河村氏、これらの人々のように、自己愛ばかりが目立ち、メディアを利用しているかに見えて、実はメディアに(役に立つ『コンテンツ』として)利用されている政治家ばかりが目立ってしようがない。
残念なことである。