これは、ウソでもネタでもなく、本当の話…。
これをすべて書いていくと、私の記憶がいかに『いい加減』かを、自ら告白するようなことになってしまうが…。
実は、最近、孫文に少し関心があることもあって(孫文って、そもそもどういう人だったのだろう、程度だが)、先日、北京日本人会の図書室から、陳舜臣(日本の作家)の書いた『孫文』という小説(中公文庫で、上・下二冊)を読んでいた。
これは、孫文の話を小説仕立てにしたものだが、ストーリーは1911年の辛亥革命が成功するところで終わっている。
これを読んで、あらためて辛亥革命が起きた時、孫文はずっと外国で亡命生活をしていたことを知った。
革命に成功した勢力から、中華民国の臨時政府の大総統に就任することを要請されて、孫文はロンドン(彼は、イギリス、アメリカ、日本、シンガポール等を行ったり来たりしていた)から中国へと向かう。
しかし、この大総統就任も、結局、袁世凱がその後、権力に就くことにより、またしても亡命生活を余儀なくされることになるらしい。
この小説を読んで、少しは分かったが、それでもまだ分からないことが多い。
それで、今度は、国際交流基金から別の孫文に関する本を借りたが、これは、今週中に返却しないとまずいので、最後まで読みとおす時間があるかどうかわからない。
孫文のことを読めば読むほど、よけい分からなくなる可能性もある。
今日、ネットで少し調べていたら、孫文をテーマにした中国映画があることを知った。
実は、これは昨日行った、中国電影(映画)博物館でも、簡単な紹介があったような気がするのだが、日本では2009年の秋に(短縮版か何かで)公開されたようだった。
この映画の関係の話を追っかけていたら、日本人で【孫文の孫】だという人が名乗り出て、この映画の宣伝を兼ねてか、いろんな所で、お話をされていることを知った。
それを見て驚いた。
この方は、宮川東一(日本人)というかたで、今、80歳を超えられているかたとのこと…
食品流通業界のコンサルタントを長年されてきたかただという。
この方は、実は昔、お目にかかったことのある人だった。
実は、私は1989年から1995年の冒頭まで、ある食品流通のコンサルタント(その中でも酒類の流通に特に詳しい方)の会社に勤務させて頂いた。
この方は、Yさんという(勝手に名前を出すと、不愉快に思われるかもしれないので、Yさんとさせて頂く)。
このYさんの先輩格にあたるコンサルタントのかたが、宮川東一さんだった。
そういえば、昔、Yさん(当時、私は『社長』とお呼びしていた)と一緒に、食事をごちそうになって、酒を少し頂いたときに、Y社長が言っていたことがあった。
ずっと忘れていた。
『君も知っているあの、宮川さんというのは、実は、孫文の孫なんだ』
『本当ですか?』
『本当らしい。本人がそう言っている』
こういう話のやりとりをした覚えがある。
私は、そのとき、必ずしも孫文に興味がなかったので、(それから、人の話を必ずしも信用しない、という悪い癖が人生の中で身についてしまったせい?で)この話を忘れていた。
ネットで調べたところによれば、どうやら宮川東一さんは、2008年に出版された本で、自分が孫文の孫であることを書かれたらしい。
そして、2009年の秋の上記の孫文の映画公開に向けて、公の場所でも自分が、『孫文の孫』であることを発言されるようになったらしい。
宮川さんが、孫文の孫であるというのは、この『孫文ー100年先を見た男ー』という映画を日本で配給した角川映画のホームページに出ているので、最小限の部分だけ引用してみよう。
<引用開始>
「実は、私の母は孫文先生が日本に革命の失敗で亡命しておられました頃、日本の横浜におきまして私の祖母となる大月薫と昵懇(じっこん)になりまして結婚し私の母が生まれました。私が30歳近くになるまで私自身がそういった関わりのある人間であるということは知っておりませんでした。
戦争が終わりまして6~7年たちました頃、それらの事情を知っている親戚のものから
『実は、お前たちの母の父親である人は孫文先生だと、お前のおじいさんは孫文先生なんだよ』ということを知らされたわけであります」。
『実は、お前たちの母の父親である人は孫文先生だと、お前のおじいさんは孫文先生なんだよ』ということを知らされたわけであります」。
<引用終了>
なお、この話、ネットで調べると別のかたが(宮川さんが書かれた本を読まれて)ご自分のブログの2008年7月の記事で書かれているものも見つけた。
より、詳しく客観的に書かれているので、興味のある方は、見て頂きたい。
実は、私、前にここの記事のコメントで、『孔子の○○代目の子孫のかたが云々』と書かれたものに対して、(大変失礼にも)『私は、孔子の○○代目の子孫には興味がない』と書いてしまった実績?がある。
その言動?と矛盾のあるようなことを今回書いてしまって、つまり、『孫文の子孫なら興味があるのか?』という話あるいは、『日本人の子孫なら興味があるのか?』という話にもなりかねないが、それは、ご容赦願いたい。
特に、有名人と知り合いである?こと(と言っても、一度か二度か会っただけなので、向こうは覚えていないだろう)を自慢したいわけではなく、人のつながりの不思議さというか(そのことをすぐ忘れてしまう情けなさ?)をちょっと書いてみたいだけだ。
もしかしたら、多少、自慢したい気持ちもまじっているかもしれないけど…
