日本大学が、林真理子理事長の1期目の任期満了となる6月末で退任すると発表した。

(01)日大の発表

 

後任には、同大の理事長推薦委員会が関泰一郎・生物資源科学部長を推薦しているのだという。

(02)後任の理事長

 

 

どうしても、『やっぱり』という気がしてならない。

 

林さんは、前々理事長の田中英寿というアマチュア相撲の横綱を長く務めた、ドンみたいな巨漢が(すでに何の疑惑だったのか、どんどんわからなくなっているが…)脱税事件、暴力団との交友疑惑、JOC(財団法人日本オリンピック委員会)理事→副会長として、オリンピック開催に関連しても疑惑をもたれ、ついに、2022年に有罪判決を受けたのをきっかけに、2022年7月に日大の理事長就任(130年を超える日大の歴史上初めての女性理事長)ということで、華々しく登場した。

(03)田中英寿という伝説的人物

 

しかし、何となく、最初から、『神輿』に乗って担がれているだけの人だというイメージがつきまとっていたような印象がある。

 

彼女は、『マッチョな体質の古さを変えたい』などと語って、24人の理事のうち、9人を女性とするなどイメージチェンジに努めていた。

 

これは、彼女が、2020年5月に、日本文芸家協会理事長に女性として初めて選出されたときに、とった手法と同じだったようだ。

 

しかし、そもそも、『文芸家協会』のからんだ、小説の書き手、各種の文藝賞の選考委員とか、文芸雑誌の編集者、批評家、あるいは『読者』などの分野においては、そもそも、既に『女性』というものが、大きなパワーを手に入れている。

(もちろん、『セクハラ爺さん』みたいなのも、いまだに生息している者もいるかもしれないが、それらはもはや、『落ち武者にちかい状態』であろう。

下手をすると、いつ『追い詰められて』『旧悪を暴露され』『晩節を汚すことになるかわからない』という感じの人が多いのではなかろうか、というイメージがある。)

 

そのような『文芸家協会理事長』に就任したときに、ヒットした手法が、あの『日本大学』においても通用すると思ったら、それは、相当、『おめでたい人』『自信過剰の人』だという気がしてしまう。

 

実際、その『真理子サンの夢』は、『2023年8月にアメリカンフットボール部員による違法薬物事件の発覚』したときの執行部の対応のまずさ(彼女を支えるはずの、補佐役の人々によって、彼女が操縦されているような印象を与えたこと)で早くも潰えたのではなかろうか?

 

 

そんな印象を受けていた。

 

しかし、彼女は、『自分が引き受けた仕事を、途中でほっぽり出すのはイヤ』ということで、自分のプライドをかけて、『理事長職』を継続してきたようである。

 

 

だが、その後、ますます、いろんな事件が勃発するにつれ、彼女は、もともと、『日本大学』が『イメージ刷新のため』に利用しようとした『軽い神輿』に過ぎず、(彼女のパワーの幻想がはがれていくに伴って)『日大の裏の権力者』たちにとっても、『利用価値の薄れてきたような存在』に過ぎなかったらしい、ということが見えてくる。

 

各種の『会見の場』で林さんが、『理事長』として登場しても、次第に、周りの『学内外の実力者たち』の彼女に対する接し方が、『ぞんざい』で『無礼なもの』へと変化していくのを見て取ることができた。

 

したがって、『林さんは、そのうち辞めるのだろう』『自分から、理事長を引き受けた以上、任期途中で放り出すようなことを、極力、避けたかっただけの話だろう』と思っていた。

 

 

彼女は、今でも、『小説』を書いたり、『エッセー』を書いたりしているが、その特に『エッセー』のほうでは、『週刊文春』に連載の『夜ふけのなわとび』などで、やや自嘲気味に、『今年の一般入試志願者数が、11万2300人』になり、『少子化時代のこの時代、昨年より2万人増えた』しかも“歩どまり”がいい、『うちに入ってくる学生が予想よりはるかに多く、<入学者数をどう調整していいのか>と各学部、うれしい悲鳴をあげていた』などと、ある意味では『ノー天気』なことを書いておられる。

 

(『あの不祥事の際、7万人台まで志願者が下がった頃、<日大の自滅>とかさんざん書いたマスコミやネットが、こういう時は全く無視しているのが本当に腹に立つ』などと、週刊文春のエッセーで書いている。

 

これはこれで、『気持ちはわからないでもない』が、少なくとも『日大の理事長になって、目指していたことからすれば、随分、低い水準で満足されているようにも見える。』

 

 

まあ、これが『かつがれた軽い神輿の悲哀』なのだろう。

 

私が、気になるのは、この『軽い神輿の悲哀』というのは、もしかしたら、あの『高市サン』にも共通するものがあるのではなかろうか?

 

ということである。

 

 

『高市サン』も、『女性初の総理大臣』になることで、何やらを大きく変えて見せるという『大志?』を抱いたこともあったようだが、今となっては、(トランプ大統領もほめそやす)前代未聞の『奇襲戦法』の『解散・総選挙』によって、記録的な『大勝利』を自民党は収めてしまったが、その結果、『高市サンとは政治的考え方、態度』の相当、異なった『高市チルドレン』とでもいうべき、『名前も選挙民、一般の国民にさえ、なかなか覚えてもらえそうもない』ような『大量のプラスチックごみ』のような与党の議員たちが、国会にはあふれかえっている。

 

彼らは、いつまたあるかもしれぬ『次の総選挙』で『落選してしまうかもしれないという不安・危機感』を抱えたまま、今後の『高市サンの支持率が、恐らく、徐々に落ちていく局面』を耐えていかねばならず、これは、『今回の投票時点』での、『高市幻想・高市バブル』が嘘みたいに高かったからこそ、そこから『落下していく不安』もその分、強いものになるのだろう。

 

何となく、日大理事長の『林真理子サン』のたどってきた道と、重なる部分があるようで、『林真理子』=『高市早苗』などと言っては、必ず異論が沸き起こることであろうが、興味深い話である。

 

何しろ、『林真理子サン』のほうが、『もし自分が失敗したら、それを小説の素材にしてしまえば良い』という、『作家らしい=<何でも書きますわよ>という開き直り精神』があるので、『潔い』『わかりやすい』『格好良い』というイメージに縛られてしまっているかのように見える『高市早苗サン』よりも、『自由度が高い』のかもしれない、という気がしている。

 

3月19日(日本時間20日)に行われたという日米首脳会談。

 

ホワイトハウスで行われたらしいが、私は最初、フロリダのトランプの邸か、あるいはニューヨークのトランプタワーあたりでやっているのかと思っていた。

 

ところが、場所は、ワシントンDCのホワイトハウスで、高市サンは、大統領専用迎賓館の『ブレアハウス』というところらしい。

 

見るからに、神経が細そうで、日本国内にいても、しょっちゅう寝不足で、顔がむくんでいるような高市サンに対しては、『やたらに、病で倒られても、困るが…』とついつい及び腰になってしまう。

 

『女性首相をいじめている』と思われたくないので、何だか、『優しめの批判』しかできにくいのだが、本当のところ、かなり『頭にきている』というのが、正直な気持ちだ。

(01)やせとゴリラの組み合わせ

 

ビジュアル的に見ると、(トランプ大統領の好みでは決してなさそうな)痩せて、(強風の前では)折れてしまいそうな『表情づくり』と『痛々しいような<笑み>』が特徴の高市首相と、その後ろを歩く(キングコングみたいな)トランプ爺さんのご一行の姿は、何やら、ブラックユーモアの極致のような、気味の悪さをただよわせている。

 

ここは(ごまをすって)『美女と野獣』とでも言うべきところなのだろうけど、どうしても『美女』には見えない。

せいぜいが、『魔女と野獣』といったところか…。

 

ついつい笑ってしまうのは、この二人(それと、あとは、『お追従集団』でしかない、トランプの子分たち、高市サンの引き連れた日本の代表団の方々。

(そして、晩餐会には、ソフトバンクグループの孫正義さんとか、グーグルのピチャイCEO、ゴルフの松山英樹選手なども出席したというが、出席者の名簿みたいなのは、あまり公けにされていない。

これ自体、利権を表しているので、トップシークレットなのかも。なお、晩餐会で演奏されるすべての曲をトランプが選曲したというから、『ホスト』としてのこだわりは、強いのだろう。)

 

こういう方たちを呼んだ晩餐会において、高市サンは、『トランプの3人目の妻=メラニア=との間で2006年3月に生まれた、バロン・トランプ』(三男らしいが、隠し子などもいる可能性もあるので、よくわからない)君の20歳の誕生日が、翌日だ!

 

ということで、『ハッピー・バースデー』のお祝いの音頭をとり、『お二人の間の子供であることは間違いがない』『イケメンに育った』とか、『背がすごく高い』などと持ち上げていた。

 

どういうわけか、ここで、会場で笑いが起こったようだったが、もしかしたら、アメリカでは、『バロン君の父親は、本当は誰なのか?』といった、スキャンダルめいた『社交界のうわさ』などもあるのかもしれない。

(高市サンが、そういった話の機微というか、『ブラックユーモア』的な効果まで、計算に入れて、『トーク』を行ったのかは、わからない。

(そんなに、英語にしたって、『ナチュラルな話し方』をしているようにも見えないので、『笑いが起こった』のは、偶然的な要素によるものかもしれない。)

 

ともかく、この日(日本時間で20日~21日)の高市サンの『ハイテンションぶり』と、『舞い上がったままの様子』(同時に、緊張しまくっていたのは、明らか)は、『この人、大丈夫なのか』『会談や晩餐会の途中で、倒れたりしないのだろうか』と心配させるほどだった。

 

特に、『一連の日程』がいちおう終わった時点で、『記者会見』ということで、主に、『日本の記者』を相手に『短い会見』を行っていたが、そのときの、『短い演説(トランプ大統領との間の合意事項などを説明)』は、まさに『ヘロヘロの状態』でしゃべっているという感じで、『半ば眠っている人』の話し方のようで、覇気もなく、聞いていて、こちらが、『なんだか、気の毒になってしまい、罪悪感を感じさせられる』ようなしゃべり方であった。

 

ところが、こういう会見(特に、昼間の頭での『やりとり』が終了した時点での会見。だから、高市サンの会見よりは、だいぶ前だった)のなかで、トランプ大統領の口から飛び出したのが、あのイランへの軍事作戦について、何故、事前に同盟国に知らせなかったのかという『記者団』からの質問に対して、『なぜ真珠湾攻撃のことを教えてくれなかったのか』だって、それは『イランに対して、奇襲を仕掛けたいと考えていたため、誰にも話さなかったんだ』

 

『奇襲について日本ほどよく知っている国はあるだろうか』

などと、『真珠湾攻撃』について、まるで、『正しい作戦』であると受け止めて、それと同じようなことを米国がやったまでだといって、『笑い飛ばす』(実際、米側の閣僚の間から、『笑い声が上がっていた』ようだ)という、『トランプの常識外れの発言』である。

 

こんな非常識なことを言ったのは、こうした質問を『記者団』から行ったのは、実は、日本人記者であった(テレビ朝日の政治部官邸キャップ・千々岩森生(ちじいわ・もりお)記者であったと、本人が認め、『テレビ朝日』の番組内で、証言している)。

 

 

ご本人は、アメリカとイランの交渉が、『仲介者であったカタール』などの証言によると、『イランの核兵器開発疑惑』について、既に、『イランが、査察などを受け入れて、合意に達する寸前』という状況にあったにもかかわらず、『なぜ、アメリカが敢えて、そうした状況であることを無視して、いわば奇襲でのトップの斬首作戦に踏み切ったのか』その点に関して、どうしても質したいとの気持ちが高まって、『とっさに、英語で質問した』ということであったらしい。

 

しかし、トランプは、どう見ても、『中国人か韓国・朝鮮人か日本人』のような顔をした男が、いきなり、『自分にたてつく質問』をしたことに対して、瞬間的に頭にきて、相手を最も叩きのめす表現を口にする、という日ごろの『対応の仕方』が、飛び出してしまったということなのだろう。

(どういう相手であっても、常にトランプは、最も馬鹿にして、全否定するような差別的な攻撃の仕方をするという『流儀』をもっている。)

 

そのため、『普通のアメリカ人』であれば、『発想しない=発想できない=』ような、『真珠湾攻撃は、正しい=奇襲作戦=であり、自分は、その真珠湾攻撃に見習って、奇襲攻撃をした』、その結果『華々しい戦果を挙げることが出来た』『敵のトップクラスを一挙に、一網打尽的に殺しつくすことが出来た』『必要あれば、今後も、何度でも、トップクラスの斬首作戦を繰り返す、奇襲作戦も繰り返す』といった発言をしてしまったのである。

 

しかし、これは、言うまでもなく、通常の『アメリカでの歴史のとらえ方、教え方』とは全く異なっている。

 

02(真珠湾攻撃)

彼らは、アメリカは、『真珠湾』において、『事前通告なしの奇襲攻撃』という『汚い攻撃』を受けたから、『大きな打撃を受けた』、そしてその後、『リメンバー・パールハーバー』という言葉を合言葉にして、『大日本帝国』に対して『反撃を行い、ついには、対ドイツ、対ソ連を目的として開発に成功した原水爆兵器を、なかなか降伏しようとしない日本に対して投下して、多くのアメリカ兵の命を救いながら、対日戦勝利を実現した』というのが、アメリカのこれまでの『公式ストーリー』である。

 

ところが、もともと『ドイツからの移民の孫として、1946年、ニューヨークで生まれた』という経歴をもつトランプ大統領は、父フレデリックが、1905年にニューヨークで生まれたのにもかかわらず、両親は第一次大戦後、ドイツ系であることを隠して『スエーデン系』だと嘘をついていたという。

 

これは、フレデリックがKKK(クー・クラックス・クラン)に所属して活動していたという疑惑があったり、黒人嫌いで黒人に対して差別的な言動を繰り返していたと自分が家主だった時の居住者(後にシンガーソングライターとして著名になったようだ)からも糾弾されているように、『札付き』の差別者であったらしい。

 

この父親は、どういうわけか、特に、トランプを毛嫌いして、その兄のフレデリック・フレッド・ジュニア(1938~1981年)がお気に入りだったらしい。

03(兄フレッド・ジュニア)

 

ところが、兄フレッド・ジュニアは、父の溺愛が逆に『負担』でもあり、1981年にアルコール中毒の合併症により、42歳で亡くなっている。

(その後、父のフレデリックは、その1年後に、失意のうちに亡くなっている。なお、トランプの生涯を描いた映画『アプレンティス・ドナルド・トランプの創り方』-2024年のアメリカ映画ーによると、トランプは、父と兄との愛憎のはざまで、兄がアル中になって、破滅的な状態になって以降、父親を<お前のせいで、俺は、こんな怪物に育ってしまったんだ>と言わんばかりの勢いで、いじめぬき、復讐をとげていたということになっている。

 

(04)映画のシーンから

 

映画のために、より『劇的』『モンスター的』に描かれている可能性はあるが、トランプの『限りない、自己承認欲求』『自分に従わない者を、徹底的に叩くという戦法』には、たしかに、『さもありなん』と思わせるところがある。

 

いずれにしても、トランプ大統領には、『これは、ドイツ系の移民の持っている妄想』ではなかろうか?と思わせるような、歪みがたえず見え隠れしている。

 

この『真珠湾攻撃』は『奇襲作戦』だからこそ、『正しい戦法であった』という『トランプの本音?』は、何やら『気味がわるい』。

 

そもそも、彼が、『米軍による日本の占領統治』とか、『昭和天皇の役割』、あるいは、いわゆる『押し付け憲法』について、どう考えているのか、その辺は、興味深い。

(あるいは、今後、トランプ大統領は、『日本がもっと強力にステップアップ』しての作戦展開の実現を要求するあまりに、『現行憲法の改正=改悪』も要求してくるようになる可能性もありそうだ。

もしかしたら、既に、そういったことも、さしの『対談』では言っているかもしれない。)

 

そのような形で、『できない理由』を『一つ一つ、片づけていくように』といった、アメリカからの要求に対して、高市サンがどのように対応していくのか。

 

自民党の勢力が実際は『肥大化』してしまって、いろんな意見の議員を大量に抱え込みながら、全体としては、『塊』として行動することにより、『高市政権の絶対的優位』を維持し続けたい、とする現在の状況が、今後、どうなっていくか?

 

興味深い。どちらにしても、『戦後憲法』による制約を『口実』としながら、『戦後日本の<平和>』が長く守られてきた(実態としては、かなりの『戦力を保持している<軍隊>』であるにもかかわらず…)。

 

(05)三島由紀夫

 

この『長く続きすぎた』(三島由紀夫による『蹶起』=自決=からもすでに、55年以上が経過している)『改定されることのない憲法』の『現実の政治』との大きな矛盾は、果たして、高市政権が『手を付けようとする』のかどうなのか?

 

そこは、高市サン自身にとっても、【非常に悩ましい?!】ところなのかもしれない。

 

高市総理、早々と、アメリカのトランプ大統領の執務室のある、特別なスペースに呼び出されて、出掛けて行ったが、彼女はいま、どんな口調というか、文体というか、発声の仕方でトランプ大統領と語り合っているのだろうか?

 

彼女は、前から気になっているが、ひどく芝居っけたっぷりで、おまけに(このところ、『支持率』が激しく低下傾向にあることにも象徴されるように)私には、『情緒不安定な政治家』に見えてしまって仕方がない。

 

彼女は、基本的に、本当に『得意分野』『永年にわたって築きあげてきた、フィールド』のようなものが、『ない』ように私には見えてしまって仕方がないのだ。

 

そのため、『声色をかえてみたり、関西弁をまぜてみたり、不気味な笑みを浮かべてみたり』、とにかくありとあらゆるテクニックを駆使して、『世間の注目』を自分に集めようと、苦心しているみたいだ。

(01)高市さんの百面相

 

だが、そのどの『仕草』も本当の意味で、『自信』とか『信念』、『永年の持論』に裏付けられたもののようには、見えない。

 

彼女には、とかく、『何らかのイベント』の直前にまで、『セリフの仕込み』のために、必死をこいている、という印象が付きまとう。

 

彼女は、『女性初の総理』であることで、世間から注目されていること、『信じられないような支持率』を獲得してきたことがわかっているのだろう。

 

そして、それが『そのうち、バブルがはじめて、急速に低下していかざるを得ない』、そのことも理解しているのだと思う。

(02)高市バブルのはじく予感

 

たしかに、いよいよこれからが、『何が出来るのかが、問われる』そうした状況になった途端に、『イラン』や『イスラエル』その他『アラブ諸国』をめぐる、錯綜した『戦争』が勃発し、おまけに、トランプ大統領自身、(イスラエルのネタ二ヤフ首相に、半分、騙されて『斬首作戦』のような事態に突っ込んでいった?ような背景もあるようで)こんなに『混乱』と『戦争』『カオスの拡大』になると予想していなかったのかもしれない。

 

(03)中東での戦争の拡大

 

今や、秋の『中間選挙』を前に、『大変な状況』になってしまったと頭をかかえているようにすら見える。

 

そういう『混乱した状態』にあり、『とにかく、何らかの成果を引き出して、アメリカ国民に対して、誇示したい』そういう不安定な状態の、トランプ大統領にいち早く面会をすることになったのは、ある意味で、『損な役回り』になったものだと思う。

 

本来なら、『野党の反対』『国内での世論の反発』を理由にして、『トランプ詣で』は出来るだけ『先に延ばしたほうが良かった』のかもしれない。

 

しかし、ともかく、彼女は、先の衆院選で大勝し過ぎたもので、『先んじて』トランプに呼び出されることになってしまった。

 

トランプは、余裕があるときは、『優しいフリ』をして、『大国の大統領らしく』ふるまうこともできるかもしれないが、今や、『混乱しきった、高齢の独裁的な政治家』に過ぎず、しかも、『こんな困った状態』になったのは、彼の『イエスを言うしか能のない』部下たちが、『グレイト』で『スマート』な『政策提言』をしてこなかったせいだと、彼の『イエスマン』たちに、不満を募らせていることだろう。

(04)トランプの混乱

 

一体、どんな無理難題を、高市サンが押し付けられてくるものなのか、彼女は、うまく『難局を乗り切る』だけの知恵が果たしてあるのかどうか、ヒヤヒヤである。

 

この間、高市サンと参政党の神谷代表が、予算委員会で質疑をしているのを聞いていると、なぜ、高市サンが(それなりに)人気があるのか、何となくわかるような気がした。

(05)高市サン

(06)神谷代表

 

この時、高市サンは、神谷代表と、非常にケミストリーというらしいが、『波長があった』ような、妙に親し気なやりとりをしていた。

 

それは、神谷代表も、『自分は、それほど頭が良くなかったから、東京で成功するのではなく、田舎で公務員という<普通の選択>を余儀なくされた人間だ』という風なことを言っていた。

 

それで、田舎で公務員をやり、いろんなあれこれに首を突っ込み、また、特に抜きんでた知識、学歴、能力がなくともできる仕事、ということで、『学校の教師』の仕事も経験した(よく覚えていないが、『中学校か何かで教えていたようだ』)

 

子供たちは、純真で、『面白い教師』『熱意のある教師』に飢えていたので、自分が工夫して、いろいろなことを教えてやると、『目を輝かして聞いていた』のだという。

 

あれだけ、今でも、『トーク』を得意としている政治家なので、『子供たち』を引き付けるのは、『朝飯前』だったのかもしれない。

 

というよりも、そういった場で、『神谷青年』は知らず知らずのうちに、『聴衆の心をつかむトークの力』『面白い話の間合いのとりかた』『どのようにして、みんなの心をつかんでいくのかという、寅(とら)さんの講釈の手法』などを訓練し、身に着けていったのだろう。

 

実際、こうした『昔話』『苦労話?』を高市サンを相手に、しているときは、なぜか、『二人とも楽しそうな話し方』をしていた。

(彼らは、こういう話をあえてすることで、自分たちは、『エリート公務員、官僚』として上級官庁から、地方の県庁所在地の部長職、とか税務署長職などへ『天下ってきて、偉そうにふるまい』その後、そのような経歴をもとにして、『落下傘の候補』として、『県庁所在地の国会議員候補の座』に収まるような連中とは、『人種』が違うし、『人生の経験の差』も異なるのだと、言いたいようだった。)

 

それは、『立憲民主党』や『国民民主党』などの『エリート臭』『リベラル臭』の漂う人々とも違うのだと、言いたいみたいだった。

 

ここでは、『神谷代表』も『高市サン』もあえて、『やんちゃ』であまり『ガリベン』みたいに勉強をしなかった(本当かどうか知らないが)、『若き日』の『元暴走族』であったり、『若き日から、変わった女と思われても構わないので、ともかく、上を目指す』『暴走族みたいな女性(ジジイに取り入るのもうまいという評判)』だった、という二人の『個性』が響き合っているようにも聞こえた。

 

それから、何より、『自分たちは、カネもないし、地盤もない』だから、『這い上がるために、何でも利用した』そういう努力を誇示して、今回、多数の票を投じてくれた『ひいき筋の若者や、中高年の人たち(意外と、中高年も、高市や参政党を支持していたらしい)』に『アピール』を狙っているのは、あきらかだった。

 

私は、こういうテクニックを、彼らが、予算委員会での質疑で披露しあっているのを、先日、見ていた。

(いかにも、『うまいなあ』と私は感じた。

こういう『芝居じみた演技』が彼らの、真骨頂であろう。

そして、『彼らを応援したい』という気持ちを、起こさせられる要因でもあるのだろう。

 

それに対して、いわゆる野党、特に、『日本国憲法』の精神をもとにして、高市政権に非難をあびせる『議員たちの質問』というのは、どちらかというと、『上から目線』であって、『いかにも、偉そうな感じ、我々こそ正しいのだという感じ』こそ漂っているが、よくよく聞いていると、あまり『切実さ』は感じられない。

 

また、そういう『質問の仕方。詰問、糾弾の仕方』に対して、国民も『うんざりしていて』『またか』という雰囲気が漂っているのも、あまり感じ取ることが出来ないでいるようだ。

 

だから、彼らは、自分たちが演説しているときは、自分たちに正義があると、思い込んでいるが、実のところ、『世論調査』をやってみても、『支持率』は『高市政権』とくらべると、10倍とかそれ以上の差があって、したがって、『高市政権の支持率』がどれだけ下がったとしても、『そうした野党』の支持率というのは、『ほとんど上がらない』という構造が、『なぜ、そうなっているのか』、全く理解できていないようである。

 

話を今回の、対トランプの外交交渉にもどしていくと、高市サンがトランプを相手に、『苦戦』しても、『トランプ批判』『アメリカとの同盟の見直し』みたいな議論、感情がどの程度、沸き起こるのか、あまり期待できないような気がしてしまう。

 

おそらく、国民は、高市サンに偉く同情してしまい、自分が『高市政権』とともに、アメリカの『攻勢』から何とかして、『少しでも被害を少なく』交渉を終えられないかと、言う気持ちで、この会談を見守ってしまうのではなかろうか?

(本当は、そうではないことを望みたいのだが…。)

 

どれだけ、『宿題』とか、『果たすべき約束』を押し付けられて(形としては、日本が『自主的に選択した』という形にされて…)しまうのか、懸念ばかり高まる。

 

 

 

 

 

私が、何となく昔から好きなテレビ番組に『アド街ック天国』というのがある。

テレビ東京系で放送されている番組で、長く、愛川欣也さんが『あなたの街の宣伝部長』と称して司会を行ってきた。

 

愛川さんが2015年に亡くなった(その直前に番組からは勇退)もので、その後は、(イノッチこと)井ノ原快彦さん(私は、NHKの『あさいち』の司会者として、それ以前よりも身近に感じるようになった)が2代目の『宣伝部長』として番組を仕切っている。

 

この番組で、(私が住んでいる)『たまプラーザ』(横浜市青葉区・東急田園都市線の駅名でもある)を取り上げるというので、俄然、興味を抱いた。

 

そして、親類縁者(というほどでもないが…)、もとい関係者に知らせようと思ったのだが、娘(次女)夫婦が住んでいるのは仙台(ここでは、『アド街ック天国』の放送など、通常はないらしい)であり、また、孫娘たち(高校生と大学生)が住んでいるのは、名古屋市内(こちらも、『アド街ック天国』の放送などされていないという)であるが、こちらも、この番組、知らなそうである。

 

ともあれ、放送時点で、こちらで見ておいて、仮に面白そう、というか向こうも興味を抱きそうな内容であれば、後で知らせれば(おそらく、ネットでの視聴手段もあるだろうし)良いと思って、けっこう、『楽しみ』にして、放送当日にのぞんだ。

 

ちなみに、私がカミさんと一緒に住んでいる、この『たまプラーザ団地』というのも、前から『たまプラ』ブランドに対して、妙にプライドが高く、さっそく、団地の『管理組合ニュース』などにも、『近々、わがたまプラーザがとりあげられます』『楽しみにしてください』などといった調子で、一カ月以上前から、『告知』が出ていた。

 

どうやら、団地の管理事務所のスタッフなども、率先して団地の歴史とか、現状、団地の自慢?している良さなどを取材陣に話し、また、取材先の紹介など、いろいろ便宜を図っているようなことを感じさせるような、張り切った告知ぶりだった。

 

ところが、いざ、この番組が2月21日(土曜)(すでに、一カ月以上前の話になってしまう)に放送されたのを見て驚いた。

 

たしかに、『たまプラーザ』駅が(出来た当初は、当時の付近の地名であった『元石川』ではなく)『たまプラーザ』という珍奇な駅名になったのは、当時の東急電鉄社長の『鶴の一声』であったという話は面白かった。

(だいたい、そんなものであろうという話は、前から聞いていたが…。)

 

そして、駅が開通した当時の写真(まあ、昔ながらの『オンボロ』駅である。今でも、東京の品川や大田区周辺にもこんな『簡素な駅』はまだまだ残っているが…)ばかりか、駅直結の巨大(というほどでもないが)ショッピングセンターが、2010年に開業したのに合わせて、『駅舎』を(おそらく、フランス・パリのどこかでもよく似たものを見かけた記憶があるから、そのデザインを真似したのではなかろうか…)を『空港』みたいなデザインで、おまけに天井も高く、開放感のあふれるものに、刷新したころから、『たまプラーザ』というのの、東急にとっての『ブランド価値の最大限化』をはかっているな、という気がしていた。

 

(01)空港風の駅舎

 

(02)以前の駅

この(一見豪華な)『空港風』の駅舎が、『たまプラ住民』にとっては、『自慢のタネ』(もう一つの『自慢のタネ』は、『金妻』=『金曜日の妻たち』という不倫ドラマの『舞台』になったことであるらしい)なのだ。

 

(03)金曜日の妻たち

それで、『金妻』というのは、TBS系で放送されていたという

1983年~85年は、当時、私自身は、『沖電気』という企業相手に、『集団解雇撤回闘争』を戦っていた真っ最中だったので、こんなものを見る余裕はなかった。

 

それに考えてみると、この『不倫ドラマ』というのは、かなり薄っぺらで、『バブルの時代』の軽佻浮薄さを反映したものだったような気もする。

私自身は、『軽佻浮薄なドラマ』は決して、嫌いというわけでもないが…。

(また、このドラマ、よく使われる、TBSの緑山スタジオが割合、近くにあるもので、『たまプラーザ団地』での出来事という設定にしたものらしいが)実際は、『すすき野団地』など近辺のもっと撮影がしやすい団地で、創っていたらしい。

 

どちらにしても、『屋内』とか『スタジオ内』での撮影などがかなりあって、『たまプラーザ団地』というのは、当時、空撮などをすると『格好よく見えた』、『たまプラーザ』というのはおしゃれな感じがした、程度の要因で、『たまプラーザ団地が舞台のドラマ』ということになったらしい。

 

それで、この後、実際に、『アド街ック天国』で放送された番組内容を紹介しながら、論評していきたいが、ざくっというと、この番組、何らかのコネをつけた取材先を、『極端に持ち上げた』内容ばかりであった。

 

だから、『我が町の宣伝部長』というよりも、『取材先の忖度だけで成立している番組』になっているらしい、ことがわかる。

おまけに、番組作りに、ほとんど手間、時間、情報収集などに力を割かないで、『超特急で仕上げているらしい番組』ということが、今更ながら、判明した。

 

その辺の検証を含めて、続編で、『番組を見て』の感想などを記したい。

 

昨日(3月16日)、今日(3月17日)と時々、国会中継を見ている。

もっとも、『大相撲中継』を見たり、国会中継がつまらないとウタタ寝したりしているので、そんなに真面目に見ているわけでもない。

 

明らかに、高市サンは、答弁の仕方(というか態度)がこのところ変わってきたようだ。

 

 

自民党が馬鹿勝ちしたので、自信満々かというとそうでもない。

何となく、びくびく(というかオドオド?というか)とした感じで、何かに怯えているようである。

 

恐らく、それは、『電撃的な解散-総選挙』で自民が勝つには勝ったものの、『反高市』という地金の人たちも含めて、与党の数があまりにも多くなってしまったことにとまどっているのだろう。

 

 

『反高市』が地金というのは、何も、『石破さん』に近い人たちという意味には限らない。

『麻生さん』にしたって、『小泉進次郎君』にしたって、ただ、『高市という神輿』をみんなでかついているふりをしているだけかもしれない。

 

それは、(高市サンが一番頼りにしているのかもしれない)『片山さつき財務大臣』にしても、最後の最後まで高市サンと付き合う(守り切る?)かどうかといえば、『かなり疑問』な気がする。

(01)片山さつき

 

そして、高市サンが最近元気がないというのは、恐らく『トランプ大統領のやりたい放題によって拡大しつつある、国際的なカオス』のなかで、今のような自民党や与党の状況では、『何か、うまくいかないことが、トランプとの会談その他』で日本に押し付けられる(日本がイエスと言わざるを得ない)ような状況になったら、日本国民は『すべて、自分(高市早苗)のせいにするのだろうな』、そんな気がしているせいではなかろうか?

 

結局、『馬鹿みたいに支持率が高かった』そんな『ブーム』がいつまでも続くはずはない、とご本人も思い、『ブームがはじじけたら、一体、どうなってしまうのだろう』と、実際は、かなり『びくびく』しているそんな気がしてならない。

 

 

また、ここで言っておきたいことは、現在、高市サンが国際的にもトランプ大統領と、イタリアのメローニ首相(これも女性。しかし、高市サンと比較すると、『女マフィア』みたいな、凄腕の政治家のようだ)を含めて、他国のしたたかな政治家たちとの間で、板挟み的な状態になっているように見えること。

(02)トランプ大統領

 

そうしたなかで、高市サンはせいぜい『内弁慶』でなおかつ、『強そうな口ぶりだけ学んだ』といった程度の、まだまだ政治家としては、『未熟な人』のように見えて仕方がないということである。

(03)メローニ首相

 

最近の答弁ぶりで言うと、例えば、共産党の議員の質問、その他『立憲民主党』とか、『中道改革連合』、『社民党』(ほとんど出番はないが…)、『共産党』など『落ち目?』の政党に対しては、『ケンもほろろ』というか、極めて、ぞんざいな答弁しかしていない。

 

いかにも、『答弁するのも、面倒くさい』という感じで、『私が答弁して、手間をかけてやるのを有難く思え』といわんばかりの態度である。

 

ただし、『公明党』などに対しては、かなり気を使った答弁の仕方をしている。

いかにも、『公明党は、今後、取り込んでいく対象』『本当は嫌いだけど、大事にしたふりをして、野党の分断をはからなければ…』という計算がミエミエである。

 

こんな調子だから、ときどき、『中道改革連合』が抜けた『立憲民主党』の数少ない、小選挙区当選議員として、(今や、『中道改革連合』の2代目の代表というつらい役を務めざるを得なくなった)小川淳也さん(衆議院の『香川1区』から奇跡的に当選。ただし、『当選』してよかったかどうかは、評価のわかれるところだろう)が、国会(予算委員会を含めて)で質問しているのを、見かける。

(04)小川淳也さん

 

しかし、小川さんは、ドキュメンタリー映画『なぜ君は総理大臣になれないのか』(故・大島渚監督の次男?である、大島新=あらた=監督の作品。ただし、大島渚の息子らしくて、かなり、『癖のある作品』。小川さんも、この『映画』シリーズがヒットしたことにより、ある意味では、『運命を変えられた』可能性がある)に出演したことにより、『自民党内の安倍元首相の勢力』などに、『怨念の対象である敵』との認定を受けてしまった可能性がある。

 

彼の質問の仕方は、どちらかというと、石破茂前首相とも似ているところがあり、いささか、『昭和の弁士』の演説のようで、私などは、『なかなか面白い』と感じるような語り口調である。

 

しかし、今や、『中道改革連合』の二代目代表に祭り上げられてしまった(まあ、本人が引き受けたのではあるが)ので、『立場上』また『その実質勢力の少なさ』から言って、なかなかつらい立場にあるようだ。

(こういう相手に対しては、高市サンは、さっぱり『遠慮』はしない。つめたく、『アンタ、敗残兵の勢力の代表に過ぎないでしょ』といった感じで、いささか『居丈高』、『偉そう』にふるまう。

 

ところが、今日、テレビ中継を見ていて、面白かったのは、『参政党代表』の神谷宗幣さんに対しては、極めて親し気に答弁をし、お互いに『エール』を送り合っているので、びっくりしたものである。

(まるで、『お友達同士』といった雰囲気まで感じられた。)

(05)参政党・神谷代表

 

そこで、なぜ、そうなるのかなど、次回では見ていきたい。

また、いわゆる『リベラル』の人たちが、『高市サンの失脚』とか『失政』とかに、期待を抱いているとしたら、『そう簡単には、いかないぞ』と感じるので、その辺も書いておきたい気がしている。

(続く)

 

 

 

 

 

本日(3月15日)は、大相撲春場所(於:大阪府立体育会館)の8日目だが、昨日(3月14日)までの結果をもとに書いていく。

 

相撲については、テレビ観戦が中心で、(例によって)技術的なことは、ほとんどわからない。

(自分自身が、もともと運動音痴のせいもあるのだろう。)

 

ただ感じるのは、今場所における『大の里』『安青錦』(裏のスター?としての)『元照ノ富士(伊勢ケ浜親方)』の扱いの矛盾というか、『興行(もうけ)最大限重視』『外国人使い捨て政策(ないし体質)』の醜悪さみたいなものである。

 

それぞれ、全く別の話で、全部まとめて語るのは乱暴だと思う人ももちろん、いるだろう。

(だが、ここは、私の『主観』というか、一方的な『偏見』『妄想?』をもとに書いてゆきたい。)

 

一番、最近の話で言うと、昨日の取り組みが終わった時点で大関・安青錦(ウクライナ出身)は小結・熱海富士に(熱戦の末)上手投げで破れ、3勝4敗となった。

(01)安青錦の画像

 

 

今場所での『綱取り』の夢は、あえなく潰えたといえそうだ。

 

つい、この間まで、安青錦について、『神がかり?』というか『西洋から、大和魂を体現した力士が、突如、やってきた』といった『タイムマシン』と『場所転換?』の合わせ技のような、『神話が現代によみがえった』かのような扱いをしていたのだが、やはり、そうは『問屋が卸さない』ということのようだ。

(なお、こういう扱いは、『相撲協会』とNHKなど、『相撲業界関係者』が意識、無意識に『結託』して形成される。

よく、『オールドメディア』とか『ニューメディア』的な対立が云々されるが、こうした『テーマ・問題』については『オールド』も『ニュー』も関係ない。)

 

安青錦については、『外国人(特に白人)力士らしくない』『腰の体勢が低い』『下から攻め続けるのが良い』、ついでにいうと、『余分なことをしゃべらず、昔からの日本人力士のように、<一日一番>を繰り返すのが良い』などと言われてきたものだ。

 

しかし、今場所のように、連続して敗北し、しかも、安青錦の弱点を認識した各力士たちが、その弱点に向けて集中的に攻撃をしてきていることがわかると、『インタビューに一切応じない』という彼の姿勢は、単に、『逃げの姿勢』に過ぎなかったのか(それも、ある意味で、わかるが…)ということが露呈されてくる。

 

本人がどれだけ自覚していたのか、わからないが、ここでボロというか弱点が露呈して、変に『綱獲り』などできなかったのは、むしろ、『良かったのではないのか』という気さえする。

 

ちなみに、つい先日まで、『強い、強い』と評判だった横綱・大の里は、(ご承知のかたも多いかと思うが)今場所は、初日から『4連敗』で休場に追い込まれた。

(02)大の里画像

 

何やら、『相撲の取り方』を忘れてしまったかのような、『心技体』が全くバラバラの『自滅相撲』ばかりだった。

 

これでは、今後、休場明けで出てきても、(きちんと『立て直し』が出来ていなければ)昔の稀勢の里(現在は、年寄・二所ノ関ということで、田子の浦部屋付きの親方という身分らしい)みたいに、『混迷したまま』での引退に追い込まれてしまうのではなかろうかという気がする。

 

稀勢の里は、もともと他人を指導できるだけの力量や経験を積んでいないのではないかと感じる。

(03)稀勢の里画像

(これも、『稀勢の里』嫌いの書く偏見と受け止めてください。)

 

それに対して、面白いのは、ついこの間まで、『究極の悪役』というレッテルでも張り付けられて、『相撲界から永久追放』の汚名すら覚悟をしないとならないのではないかと案じられた元『照ノ富士』で、現在の伊勢ケ濱親方(杉野森・正山という日本名を持っている、34歳)に対する世間の見方である。

 

弟子の幕内・伯の富士(はくのふじ)に対する暴行事件が報じられた際は、『血迷ったか』とか、下手をすると、昔の琴光喜(愛子さまが、ファンだったとつたえられていた人気力士)みたいに、『永久抹消』さかのぼって、『すべての経歴抹消』『相撲界から永久追放』という扱いにされかねない、風のスキャンダラスな報道の仕方だった。

 

しかし、考えてみると、そもそも、ことさらのように『白鵬』と『照ノ富士』の対立をあおり、『モンゴル勢』を根絶したいというような、『外国人追放』の風潮をも感じてしまう。

 

その後、報道されていることを見ると、伯の富士ももともと酒癖が悪くて、誰か知らないが、有力支援者(たにまちという存在?)の連れの女性に対して、嫌がらせをしたりしていたという報道もある。

 

また、照ノ富士が注意をしてもやめずに、執拗に繰り返していたともいう。

なおかつ、照ノ富士は、『部屋のビルの改築』などがうまく進行せず、『資金繰り問題』などで心労が重なる状態だったともういう。

 

そうしたなかであれば、『ある程度』の暴力(多くの親方にとって、そういう場合の『手だしによる指導』というのは、『理性的なストップが困難』な状態にあるのではなかろうか?

 

そうであれば、『裁判』ではないが、状況は、極めて慎重かつ冷静、中立的に判断されるべきであって、いやしくも、これに乗じて、『自らの勢力争い』に利用しようなどという卑しい策動は、控えるべきではなかろうか?

 

しかし、『相撲協会』ならびに、その関連業界である、『メディア』とか『記者たち』『ネット関係者たち』の動向を見ている限りでは、そこには、『右』とか『左』とか関係なしに、『利害関係者』の大きな渦のようなものがあって、それらが、実に『不透明な動き』『大きな振幅でもって、右往左往している』という感が否めない。

 

そうした感覚を常に受けているので、私は、『照ノ富士』に対して同情的である。

そして、日ごろは、『玉鷲を筆頭とするモンゴル力士たちの奮闘』によって、場所の盛り上げに尽力をしてもらい、いわば『お世話になっている』のに、機会あらば『モンゴル勢は全員、母国に戻れ』とか、『もうモンゴルはいらない』などと勝手なことを、平気でうそぶく、『日本』と『日本人』の身勝手さに、愕然とする思いがする。

(これは、『日本』も『日本人』も平気で嘘をつく、『ちゃぶ台返し』をする、『ゴールポストを一方的に移動させる』という『日本人らしさ』を自ら覆す暴挙にほかならないという気がしてならない。)

 

そうしたなかでは、熱海富士などの動きが、『素直なもの』のように見える。

彼は、『照ノ富士』の指導に応えて、愚直に相撲を取り続け、ようやく、『旭富士』や『照ノ富士』の指摘した悪癖を修正して、『強い相撲』がとれるようになってきた(らしい)。

 

さて、今場所は誰が優勝するのだろうか?

また、他の業界の人たちは、誰が誰を応援しているのか、そうしたことを知ると、なかなか面白いところもある。

 

例えば、阪神タイガースの岡田彰布オーナー付顧問がNHKの7日目のゲスト解説者として登場し(その一部しか見ていないが)、なかなか興味深い解説をしていたようだった。

 

一昨日(12日)、近所のノジマ(神奈川中心の家電・PC等のチェーン店)で、液晶テレビを購入した。

 

これは、13日に『日本アカデミー賞』の授賞式があり、それが地上波(日本テレビ系)でも中継放送されることを知っていたので、あわてて?買ったものだ。

(最近、歳のせいか、こういう突発的な行動=しくじりに結び付くことが多い=が多くなってきているので、カミさんもあきれているし、むしろ、自分自身でも、『厄介な年ごろになってきたものだ』『果たして、どんな終活を迎えることになるものやら』といささか、不安=居直りの気分に襲われる今日このごろである。)

 

今回も、やはり『しくじり』をたくさん含んでいる。

まず、第一に、ギリギリになって購入したもので、自分の部屋の大きさも、いつの間にか忘れていて、24インチという大きすぎるテレビを買ってしまったこと。

 

これまで持っていたものは、せいぜい16インチのタイプなので、明らかに大きい。

(もともとは、前のものより小さいものを買うつもりだった。)

 

それから、もともと機械というか、メカ、機器(ソフト込みのもの含めて)に弱いところがあるのだが、それが、高齢と共に、『早期認知症』みたいなものがミックスしてきて、ときどき、どうしようもないところがある。

 

今回のケースで言えば、何とか気合?と、ユーチューブなどの動画を見て、この新テレビ(ハイセンスのA4Rシリーズの24Vという液晶型テレビ)を一応、翌日の夜9時からの『日本アカデミー賞授賞式』を視聴するのに、間に合うように出来た、と思った。

 

ただし、これまたどういうわけか、日本テレビの『日本アカデミー賞!!No1映画&俳優を発表 世界が称賛200億円超国宝は何冠とるのか?』『吉沢亮&横浜&渡辺謙』『高畑&寺島は着物姿で』『北川景子vs長澤vs倍賞vs広瀬すずvs松たか子』『松村北斗快挙W受賞へ』『鬼滅コナン…名作対決』『8番出口歩く男も笑顔』(これは、『読売新聞』朝刊のテレビ欄からそのまま写したもの、日本テレビと読売新聞の関係から、かなり力を入れた応援ぶりである)という、煽りに煽りまくっている『テレビ欄』の紹介記事からもわかるように、『興行熱』が冷め切らない状態である。

 

本当は、この『国宝』という映画は、『朝日新聞』に連載した作家吉田修一の新聞小説『国宝』が原作で、単行本化されたときも、『朝日新聞出版』『朝日文庫』から出されたのだというが、映画『国宝』製作委員会は、アニマプレックスとMIRIAGON STUDIOを幹事とし、アミューズ、東宝、ローソン、CREDEUSで構成されているのだという。

 

それで、いかにも『商売下手な朝日新聞』らしくて、『朝日と国宝って、何にか関係あるの?』ということになってしまったのだという。

 

『朝日新聞』は、むしろ、映画『宝島』のほうにもからんでいて、『宝島』のほうを推しているという空気も社内にはあった?というような話を聞いたこともある。

(あるいは、別の映画だったのかもしれない。)

 

ただし、『宝島』のほうも、『沖縄現地』の熱気とか感情を伝えきるような映画にはなっていなかった(そのなかで、『沖縄を返せ』というような『祖国復帰運動のころのデモのシーン』みたいなのも出てくるが、どうも、『きちんと描けていない』『見たこともないような、無気力なデモのシーンだ』と感じたものだった。なぜか、妙にすれ違いを感じさせる映画だった)。

 

というわけで(どういう訳?)で、13日の『日本アカデミー賞授賞式』は、映画国宝が、10冠を獲得するという、『国宝の嵐』のような状態になっていた。

獲ったのは『最優秀作品賞』『最優秀監督賞(李相日)』『最優秀脚本賞(奥寺佐渡子)』『最優秀主演男優賞(吉沢亮)』などであり、いわゆるスタッフの職人タイプの人?が受賞する、各賞はかなりの高率で獲っているが、『花形の賞』はそうでもない。

 

これは、不思議な現象でもあるような気がするが、しかし、『日本アカデミー賞授賞式』としてはこのほうが、面白かった。

 

特に面白いと感じたのは、『最優秀助演男優賞』を獲った佐藤二朗の反応である。

彼は、『過去において、日本映画をあまり見ていない時期があった』『それは、知っている俳優たちがどんどん賞を獲って、嫉妬を感じる時期があったからだ』『それで外国映画ばかり見ていた』しかし映画『あんのこと』で初めて『優秀主演男優賞』を受賞した、前回の授賞式で『日本映画を作り上げている人たちの熱意と、みんなで日本映画を盛り上げていこうという空気』を感じた。

 

それで、『自分は、なんてケツの穴の小さい男だったか』と反省し、それからは、『日本映画を熱心に見るようになった』と語った。

さらに、『号泣』と共にこれを語り、しかも、共演の俳優・山田裕貴が(このひとは、もともとかなり変な人だが…)佐藤二朗の受賞を知って、佐藤以上に、『興奮・号泣』しているのが、妙に印象的だった。

 

私も、最近の日本映画は、(もちろん、作品によってはどうしようもないのも、たくさん作られているが…)監督とか、俳優(特に女性が輝いているのが多い)などで、『びっくりさせられる』ようなパワーのあふれた作品が結構、出てきているなという印象を持っていた。

 

こういうのは、『お互いに共鳴し合うようになること』が案外とあるようで、こんにちは、『日本映画が元気な時代』なのかもしれないとも思っている。

 

ただし、映画館に行くと、年配の人が多く(特に一般の映画館では、女性の姿が多いようだ)、『若い人が少ないな』と思っていたのだが、どうやら、『国宝』のヒットなどがきっかけになって、『若い男子』など(高校生等も)がグループで行くという光景も見かけるようになってきた。

 

これまで、『若い人たち』は『映画館で映画を見る』などはしないものだろうか?とも思ってきたが、そうでもないようである。

 

こうしたことで、『映画が変わる』『映画館が変わる』きっかけになれば面白いな、という気もしている。

この辺は、例によって、『期待過剰』というか『思い込み』で書いているような気もするが、最近、『国立映画アーカイブ』とか、私が良く出かけるような映画館でも、そういう傾向もみられるような気もしている。

 

 

この話、既にどこかの記事の枕か何かで書いたかもしれないが…。

 

いわゆる団地に住んでいる我が家で、今月(3月)から購読紙を変更した。

 

これまでは、読売新聞と東京新聞の両方をとっていたのを、読売だけにしたのである。

(01)『読売新聞』

 

なぜ、そうしたのか?

新聞料金が高いというのが、一つの理由。

もう一つが、玄関の新聞受けに、新聞の厚さ(ボリューム)がありすぎて、なかなか取り出しにくいこと。

 

何よりも、新聞を二紙をもとっているところがほかにないようで、どうも目立って仕方がなく、居心地が悪いというのが、もっと大きな理由である。

 

それに、これは新聞のボリューム(分厚さ)が大きすぎる別の理由(原因)だが、毎日のようにチラシが大量に挟み込まれている。

(二紙とっていると、同じチラシが大量にある。つまり、毎日、毎日、朝はチラシの整理に追われるという、馬鹿げた作業がルーチンになってしまっていた。)

しかも、同じ新聞販売店?からどちらもとっているにも、かかわらずである。

 

(02)大量のチラシ類

 

さらに、この膨大なチラシ(新聞自体も、今年に入ってから、『高市の突発選挙』などもあり、やたらとページが多かった。しかも、読売新聞のほうがひどいが、紙面の半分近くは、広告または、広告まがいの記事ばかりである)は、『紙ゴミ』になってしまい、=『資源回収』で出そうとはしているが、とんでもなく量が多い=は、毎月毎月、『ゴミ出し作業』あるいは『資源回収に出す作業』へとつながっている。

 

といった次第なので、とりあえず、『東京新聞』の購読をやめることにした。

(03)東京新聞

 

ところが、早速、『読売』だけにしたら、トランプ大統領のイランに対する『大作戦』が開始された。

(04)イラン大量爆撃

 

『読売』は、『高市寄り』であり、政府に都合の良い記事が基調である。さらに、『新聞発行部数世界一?』にこだわっていて、やたらに、『スポーツ』『芸能』等の記事のボリュームを増やして、ある種、『コントロール不能』な状態に陥りつつある。

 

さすがに、トランプ大統領の作戦に同調的な記事ばかり、増えてきたら、(一部には、『反高市』『サヨク新聞』呼ばわりされている、まあ、偏っている?事は間違いないが…。しかし、新聞とはそもそも、何らかの『偏り?』があるのが、当たり前の話だろう。)、『東京新聞』の記事がなつかしくなってしまった。

 

それで、このところ、毎日のようにコンビニで、『東京新聞』も購入している。

(実をいうと、『日経新聞』なども購入することが多い。日本経済、世界経済がどうなっていくのか、さっぱりわからないので…。

 

『日経新聞』は、『私の履歴書』など、文化面なども結構、面白い。経済についても、実際は、多様な側面があることが、紙面を通してもわかる。

『日経新聞』はもともと、『株式欄』の新聞であり、『投資』で金儲けがしたいという人向きの新聞であることは間違いないが、傘下に入れた、『フィナンシャル・タイムズ』関連の記事、紙面が、多様な情報を載せているので、そんなに馬鹿にしたものでもない。)

 

ということで、今月から、自宅での定期購読は、『読売新聞』だけにしたものの、家の中の『古新聞』『紙ゴミ』は相変わらず多い。(チラシは、おかげさまで、少なくなったが…。)

 

そればかりでなく、『紙ゴミ』を減らしたいということもあり、幾つかの新聞は、今盛んに、『ネット購読』をすれば、『特別割引』などということをやっている。

 

これは、ある種の『二重価格』というか『三重価格』というか、『いくつもの価格相場』というものが、実際にはできていて、『新聞記事』というものの、『市場価格』はどんどん下がっているということなのだろうけど…。

そのせいでもないだろうけど、最近の新聞というのは、『記事の訂正おわび』だらけである。

 

どうやら、記者もただ『記者クラブ』経由で流されてきた情報を『記事化』しているだけのようである。

どもその内容を理解しないまま、あるいは誤解したまま、記事にしているようで、記者の入力した原稿に間違いが非常に多い。

 

いちおう、デスクという存在(ある種の上司?)がそれをチェックすることになっているようだが、こちらも、『やる気』も、『能力』も失われつつあるようで、『見逃し』『見落とし』が信じられないほど多い。

(その結果、日々の新聞の『おわび・訂正』はやたらに多くなっている。目立たないように散らばせて、『おわび・訂正』を載せているので、これまた気が付きにくいようになっている。)

 

 

まあ、そういった事情はいろいろあろうが、私としては、『情報は欲しい』『紙ゴミやチラシのゴミはもういらない』『団地内でこれ以上、目立つのは避けたい』(前に団地の管理組合の理事を順番でやっていた時に、勝手な発言をいくつも行って、ある種の顰蹙をかってしまったこともあるので…。もっとも、それを機に、皆さん、『団地の建物や設備の劣化の状況』について、公然と指摘をするようになってきたので、それは『いい傾向ではないか』とひそかに思っているが……)

ということで、こんなことになっている。

 

それにしても、今は、『スマホで情報を入手する』『新聞を読むのはダサい』という風潮なので、(周りのことを気にせざるを得ない、『日本』の風習、文化の状況下では)新聞の購読者は、ドラスティックに減少しつつあるようだ。

 

恐らく、『最近の傾向数値』だけでいえば、全世帯の20%あるいは10%台またはそれ以下、しか新聞を購読(定期購読含む)しないという時代がさしせまっているのではなかろうか?

 

本来は、『本』など、(紙でなくともいい人もいるかもしれないが、紙に慣れ親しんできた世代としては、『紙の本』はなくしたくないものである)こういう時代だからこそ、もっと読まれるべきなのだろうけど(別に、『社会科学』とか『人文科学』が大事というわけでなく、私は、最近、『文学の価値』を再評価しつつあるが…。)

 

人間が皆、トランプ大統領閣下?のように、本質的に『馬鹿』な人間ばかりになってしまったら、それこそ、『人類』というものの、役割は不要ということになってしまうのだろうけど…(AIが支配する社会が、そのうち、登場するかもしれない)。

 

例によって、風呂敷を広げ過ぎたら、話がどんどん肥大化してしまった。

(新聞の購読状況についての話でした。)

 

 

 

毎日毎日、嫌になるようなニュースばかり飛び込んでくる。

筆頭は、トランプ大統領閣下の『乱心ぶり』である。

 

もともと、『視野が狭く』『コンプレックスだらけ』のしようもない人物らしいとはわかっていたが、それにしても『程がある』のかと思いきや、正真正銘の『狂人ぶり』である。

 

『中間選挙が近い』ので、よけい、焦りまくっているというのが、もっぱらの評判である(なお、私は、前の投稿記事で、『中間選挙は来年』と勘違いしていたが、今年の11月3日にあるとのこと。失礼しました)。

 

『相互関税』で『タックスマン』の成功ぶりを顕示しようとしたが、連邦最高裁では『敗訴』するし、ロクなことはない。

(01)連邦最高裁の敗訴

(私は、トランプというのは、関税とか国際経済の仕組みがわかっていないだけでなく、『半導体』とか『レアアース』などについても、あまりわかっていないような気がしている。)

 

それで頭にきて、今度は、ベネズエラに引き続き、イランに対して、イスラエルとともに、『爆撃を集中させ』、なんとイランの最高指導部の大半を、『ぶっ殺してしまった』。

(02)イラン指導部を皆殺し?

 

これでは、(べネスエラのように)『後継の支配層』を決めることもできず、イランは、今後、どのようになるのかはわからない状況のようだ。

 

 

戦後の日本のことを考えても、当時のアメリカは、『昭和天皇』や『吉田内閣』等を利用して、日本への支配(間接支配、しかし実際は、占領期間中は、『GHQの指示』がこまごまとした部分にまで及んでいたという)を通じて、日本を『目下の同盟相手』にまで育てていった。

(03)マッカーサー

 

これは、『昭和天皇』の『政治的利用』が大きな効果を発揮していたのであり、もし、早々と昭和天皇を処刑してしまっていたら、日本や日本人も、『ギブミーチョコレート』『アメリカ人大好き』にはならなかったことだろう。

(いくら、日本人が、『調子が良い』『長いものに巻かれろ』主義だとはいえ、それでは、『戦争で亡くなった人たちが浮かばれない』という思いがあったはずだ…。)

 

にも、かかわらず、今回、トランプ大統領閣下がなされたことは、大国イランの最高指導部をほとんど全員、皆殺しにしてしまうという暴挙だけである。

 

これでは、イランで残された指導階層の面々にしても、『面子まるつぶれ』であり、『こぶしを降ろす』大義というものが、生じようがない。

(下手をすると、アメリカに情報を流した『裏切者の一味』とうたがわれるのが、せきのやまである。)

 

(04)

こんなことが出来るのも、トランプというのは、(もともと、戦略的に物事を考えるのは苦手、つまり、『馬鹿に近い人物』なのだろうが)どんどん老化してきて、しかも、『何でもいうことを聞く部下たち』ばかり、自分の周りに置いているので、結局、『何もわからないリア王?』みたいな状態になってしまっているようだ。

(私自身、後期高齢者になっているので、『年老いた人間、特にジジイの場合、いかにやばい状態になりうるか』は自分の実感と反省を含めて、ある程度は、シミジミわかっている気がしている。)

 

アメリカというのは、もともと、『相手の情報を盗んだり、敵にスパイを送り込んだりして、敵の指導部を皆殺し』にするような作戦は、得意なのであろう。

だが、『皆殺し』にしてしまってどうするのだ。

 

これでは、日本ならば『国会議事堂』とか『総理官邸その他』に集中爆撃するようなもので、国会議員も(衆議院、参議院とか与野党を問わず)『皆殺し』にできるだろう。

だが、『皆殺し』にしてしまったら、『戦争(ではないのだろうけど)の終結』を調印しまうことの出来る『相手』も存在しえない。

 

このままだと、アメリカは、地上にも姿を見せ続けねばならず、『トランプが以前、米国の国民に約束していたこと』と真逆の状態になりかねない。

(トランプは、もしかしたら、誰かに『騙された』のではなかろうか?)

 

トランプが怒り狂うはずである。

また、こんなことをやられては、『高市サン』も自分がやると言っていたことが、ほとんどすべて、『ご破算』になりかねない。

(高市サンが、ものすごく、困った顔をしているのも、ある意味で、『当然』であろう。

しかし、どういうわけか、『高市サン』は空前の議席を国民からプレゼントされてしまったし、不思議なことに、『支持率は全く下がらないという信じられない状態』にある。)

 

高市サンは、一体、どうしたらいいのだろう。

相当、困り切っているのではなかろうか?

 

高市サンには、(ある意味で)同情もするが、彼女は今後、『憲法改正を実現する』といった『大きな夢』でも掲げなければ、どこかで、『失速する』のは、免れないだろう。

こうした状況のなかで、『高市ドリーム』を継続するためには、『憲法改正の実現の目途をつける』そんなことくらいしか、『レイムダック現象』をまぬかれる方策はなさそうな気がする。

 

しかし、こういう状況下で、何やら『表面的に』『憲法改正』をやってみたとしても、それは、『歴史的なレガシー』を残ためのアリバイ的なものにすぎず、『憲法改正』されたとしても、『日本経済と社会のやばい状況』を脱することはできず、『その後、厳しい現実』が、日本と『大勢翼賛会』的な巨大与党と(それを支持したはずの)日本国民に待ち受けているのではなかろうかという気がして、どうも気分が良くない。

(そもそも、日本国憲法は、『解釈改憲』ばかりをいろんな部分で繰り返しているもので、わけのわからない『法体系』になってしまっているという気がする。)

 

正直言って、『憲法改正』は遅すぎたのであろう。

自民党などは、要するに、『憲法前文』が気に入らないのであろうが、あそこに書かれている内容は、トウの昔に『実質的に無効化してしまっている』事柄だらけである。

(だから、そこだけどう変えてみても、それで直ちに、『日本が素晴らしくなる』はずがない。)

 

この間、電車のなかで、『お役所からの天下りか出向組の人』らしき、おっさんが、『アルコールの勢い』を借りて、『高市サンは、雰囲気が以前とは、すっかり変わってしまった』『何か重大な病気にかかっていて、本当は、先が短いのではなかろうか?』と面白半分?に言っているのが、耳に入ってきた。

 

まあ、そういう風に受け止めている人も、一定数はいるのだろうという気もする。

(私も、高市サンの最近の『表情や雰囲気』はただごとではない、という気がしている。)

 

『狂人らしきトランプ』も、『イエーイ』だけではすまなくなってしまった高市サンも、今後どうするのか…。

無責任で、無知な『一般人』としては、ただ『野次馬気分』で事態を『注視する』ことしかできないのだが…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

トランプ大統領は、これまで、『やりたい放題』の(下手をすれば)『天衣無縫』『天真爛漫』などと(肯定的に)受け止められかねない、ふるまいで『世の中』を騒がせてきた。

 

しかし、ひょっとすると、今後、『あの時が、ターニングポイントだったんだね』『たしかに、得意の絶頂だった』と振り返られることになるかもしれない、『アメリカ連邦最高裁』による、『IEEPA(国際緊急経済権限法)』に基づく、『相互関税、中国やカナダ、メキシコへの追加関税』について、『大統領に発動権限はなく、違法』とする『判決』を下したのだという。

(01)読売新聞など

 

しかも、連邦最高裁の判事9人中、6人が『判決』を支持し、3人が反対するという結果だった。

 

連邦最高裁の判事は、9人中6人は、『トランプ大統領が任命した保守派』とされていたが、今回は、そうした『保守派の判事』も3人が『判決支持』に回っている。

そして、リベラル派とされていた判事3人と合わせて、6対3という多数派を形成して、『判決』を成立させた。

 

早速、トランプ大統領は、『保守派』の判事、特に1期目に自身が指名した『ニール・ゴーサッチ』氏と『エイミー・バレット』氏について、『彼らの判断はひどかった』と『裏切者』呼ばわりしている。

 

他方、『判決に反対した3人』については、『大きな誇りだ』と賛辞を贈ったという。

いかにも、『トランプらしい、わかりやすい反応』であるが、彼は、自身の『関税によるディール手法』が否定されたことに、動揺が隠せないようである。

 

しかし、他方では、このような『判決』が出される可能性がこれまでの裁判の進行からわかっていたのであろう。(そもそも、予定されていた『判決』がなかなか下されず、『延期表明』も何度かされていたように、記憶する。)

 

トランプ大統領は、今度は、『IEEPA(国際緊急権限法)』ではなく、『通商法第122条』や『通商法第301条』に基づいて、『新たな関税』を発動するとしている。

 

しかし、こうした『新しい関税』(特に『通商法第301条』がそうらしい)を発動するには、『不公正な取引慣行』の存在、また、それによって『被害が生じていることの調査結果』などの『事実の収集・証明』が求められるようであり、簡単に、『右から左へ』と出来るものでもないらしい。

 

しかも、『通商法第122条』による関税の発動は、『議会の承認がない場合、最長150日間のみ適用』といろいろ『不都合』『不便な点』もあるようだ。

 

トランプ大統領は、『追い込まれれば、決して<敗北>を認めることなく、悪あがきを続ける』というのが、『信条』であり『行動様式』であるらしいが、しかし、それにしても、『次から次へと、新たな関税を発動すれば、関税額の計算等、面倒な事務手続きに終われる』ことは間違いないだろう。

 

それに、『場合によっては、払い過ぎた関税の返還』を外国取引の業者に求められることもあるだろうし、何よりも、『みっともない』し、『トランプを支持していた人々』の間では、『やっぱり駄目だったのか』という『敗戦モード』『厭戦モード』も広がりかねない。

(これは、来年の『中間選挙』を前に控えて、『トランプ陣営』としては、最も避けたい状況であろう。)

 

トランプのことだから、こういう風に追い込まれると、『イラン』とか『パレスチナ』の関係で、『戦争状態』を意図的に激化させて、『愛国主義』『アメリカファースト』の熱狂を醸成することをたくらむだろうが、それがうまくいくかどうかわからないし、かえって、『トランプは、新たな戦争は起こさない』と言ったではないか、と『公約違反』に対する反発を呼び起こす危険性もある。

 

また、『トランプの経済政策(関税が全てを解決するという妄想的な政策)』に対する反発や、あるいは『エプスタイン文書』を巡って、『トランプは、まっとうな宗教心を持った政治家ではない』『果たして彼は、<福音派><エヴァジェリスト>なのか』といった疑問が呈されているのも事実のようだ。

 

『エプスタイン文書の処理』を間違えば、それこそ、多くの『キリスト教徒』から、彼は、『まるで悪魔の使徒』にように見られて、『総反発されてしまう可能性』もなしとは言えない。

 

たしかに、トランプ大統領は、難しい岐路に立たされていると言えよう。

これまでは、彼に従ってきた『閣僚』たちが今後とも、『絶対服従』を貫くのか、それとも、『違った動きをし始める人たち』が出てくるのかどうか、これも注目ポイントであろう。

 

なお、こうした問題は、ほかならぬ(来月には、トランプ大統領との会見を予定している)『高市首相』にとっても、『他人事』ではないだろう。

 

ある程度、『独自の判断を示す』ような動きを見せるのか、それとも、『トランプのペット、チアガール』みたいな動きのまま、変わらないのか、そこは、『あまりにも人気が高く、支持率が下がるきっかけが見えない』という現状だからこそ、『かえって、判断が難しい』ようにも思える。

 

しかし、『高すぎる支持率』は、『何をきっかけにして、ピークを打つのか』、『逆に、高市サンは、自分の高すぎる支持率が、<不安の要因>になり始めているのではなかろうか』、そんな気も(最近では)し始めている。