昨日(14日)、午後6時から、安倍首相の『記者会見』があるというので、それに合わせて映画(『フクシマ・フィフティ』という変な映画)を見に行き、時刻の前からテレビの前に座っていた(録画も同時にセットしてある)。
実は、2週間前の『記者会見』の時は、あとで『録画』を見たのだが、その時は酒が入っていたのか、途中で寝てしまい、どうもそのあとは(安倍首相に対する嫌悪感が先に立ってしまい)見る気が起こらない。
『これではいけない』ということで、今回は、準備万端で見ていた。
(同時に、『イヤなこと』ばかり我慢して続けているのも良くない、ということで、その前の『大相撲中継』のときから、酒とおつまみセットを用意して、適当に飲み食いしながら見ていた。
ちなみに、『大相撲』の無観客試合というのも、『めったに見ることのできない』であろう『不思議な光景』であって、これはこれで面白いところもある。
ただし、あまりこれをずっと見続ける気分には、なかなかなれない。)
今回の特徴は、こういう画面に表れている気がする。


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いずれも、NHKの午後7時のニュース(だったと思う)が字幕を入れてくれたあとの画面を使っている。
最初の画面の『わが国だけの孤独な戦いではない』というのは『安倍晋三だけの孤独な戦いではない』という裏の意味が透けて見えている。
『自分の孤独な戦い』(その背景には、これまで積み重ねられてきた、彼の『嘘まみれ』の『砂上の楼閣』のようなさまざまな政策が崩壊しかかっているという事情がある)に何とかして、国民を巻き込んでいきたいという『思い』。
また、『皆さんの活気あふれる笑顔を取り戻すため一気呵成(いっきかせい)にこれまでにない発想で』などとゴタクを並べるのであれば、そういう『政策』がまとまった時に、『国民への呼びかけ』を兼ねた『記者会見』を行なえば良いのに、どうせ、そのような『すごい政策』などまとめられそうもないので、こんな『ないものねだり』の願望を自分自身で語って、『時間稼ぎ』をしようとしている。
それこそ、今回の『記者会見』が安倍首相の『不安』を和らげるための、学芸会風の『記者会見ごっこ』に過ぎないという『裏事情』を露呈させている。
そして、『一斉休校』とか『イベントの自粛呼び掛け』など自分自身が引き起こしたパニックが各方面で評判が悪く、逆にその結果、『経済活動』『生活活動』のクラッシュが各方面で起きていることから、今頃、『健康管理やストレス解消のためにも 安全な環境のもと屋外に出て運動の機会を』とか、『卒業式は安全面の工夫を行って実施してもらいたい』などとしらじらしい『希望』を語っている。
自らの発言が(既に)引き起こしている『不都合な結果』に対しては、『責任をとりたくない』というこすっからしい計算の結果として、今頃、こんなことを言っているのだろう。
今回の『記者会見』については、『産経新聞』と『毎日新聞』が本日(15日)付の償還にこのような『まとめ』を載せている。
『産経』のまとめについては、『不都合なこと』を省略していないか注意する必要があるが、今回の『記者会見』は、先の『緊急事態宣言』を可能とする『新型インフルエンザ等対策特別措置法』の『改正』を受けてのものである。
この『改正』に際しては、多くの野党が実質的に『協力』してしまい、ほとんどまともな法案審議も経ないうちに成立してしまった。
今回の『法改正』は、『どうしても法改正が必要だ』という政府与党の強弁によって余儀なくされたものである。
だが、本当のところは、安倍首相が先の『一斉休校の要請』など、法律を超えたことを次々とやってしまたために、それが『違法状態』でないことを、後から担保するために余儀なくされた『法改正』だったと思う。
また、政府与党は、あれだけ『緊急事態宣言』が必要だと言った割には、『今後、いつ出すか分からない』と妙に慎重になっている。
それは、今『緊急事態宣言』をすれば、それは『東京オリ・パラ』の『延期・中止』論議に直結してしまうと言う危機感を感じ始めたからだろう。
(もともと、安倍首相の言っていることは、『新型コロナ』のピークを後ろにずらすと言いながら、『東京オリ・パラ』は予定通りやるのだと言うように、『矛盾だらけ』のものであった。
普通に考えれば、『新型コロナ』のピークを後ろにずらそうとすれば、『東京オリ・パラ』を直撃するだけのはずである。)
と同時に、(この2年以内の間に)『緊急事態宣言』が(ほとんど)いつでも好きな時期にできる、また(どのような措置を盛り込むかも)ほとんど自由にできてしまう、というこの『武器』をうまく『乱用?』すれば、相当なことが出来てしまう、ということの自覚を高めたことの表れと見ることもできる。
つまり、これで、安倍首相は『好き勝手に解散する権利』と『好き勝手に緊急事態宣言を出す』という2つの権利を手中にしてしまった。同時に、メディアに対する支配力は、NHKを最大限利用しながら、この間、強めているから、安倍首相は、一方で『国民の気持ちが自分から離れていること』と、他方で『何でもできる権利をますます強めていること』、この2つが同時進行していることに対して、複雑な感情を抱いているであろうことは間違いがない。
昨日の『記者会見』はまさに、この安倍首相の陥っている『ジレンマ』を象徴するような会見だったと思う。
安倍首相は、妙に『低姿勢』であった。
あるいは、『低姿勢のふり』をしていたと言っても良い。
また、<日本の記者会見は、台本通りに進めているショーに過ぎない>という海外メディアや、ネット上の安倍首相を批判する人々の反発の高まりを意識して、今回は、前回以上に『いちおう、聞いてやる』記者の質問の数を増やして見せた。
ただし、『幹事社』以外の質問に対しては、安倍首相は読むべき原稿が用意されておらず、ちょっと、質問されただけで、(必要以上に)動揺してしまうような『心理状態』に陥っているために、その部分に差し掛かったとたん、(それこそ)間髪を入れずに、NHKの放送は中断し、『後はネットで見てください』ということになってしまった。
もちろん、これは日本では、本当の意味での『ネットの普及』はまだまだなされておらず、高齢者を中心に、『ネット上の質疑は即座に見ることは出来ない』という国民の現状を熟知しての、措置である。
私も、(多少)あわてながら、ネットにアクセスしてみたが、いくつかの質問に安倍首相が対応していること、同時に、原稿がなくなってしまった途端に、安倍首相がおろおろし始める、その落差の大きさを確認することが出来た。
今回は、特にフリーランスの記者たちが、『新型コロナウイルス騒動』で仕事がなくなったりして、生活危機が浮上していることもあって、『質問意欲』がいつになく高かったように感じる。
だが、それでも、安倍首相は、せいぜい10何分か『ネット上の質疑』に付き合った挙句、そのあとは、『打ち切り』にして逃げてしまったようである。
安倍首相が、『演説がうまい』とか、『外交力がある』とか、『経済に強い』、あるいは『国家観がある政治家である』など、さまざまな『幻想』がまき散らされているが、たぶん、素顔の安倍晋三という人は、あの『金正恩』という人に限りなく、近いような存在なのだろう。
周りが、最大限おぜん立てをしてくれている。
そして、自分自身は、必ずしも『政治家などになりたくはない』という気持ちもあったのに、『運命のいたずら』もあって、二度も『総理大臣の椅子』についてしまった。
さらに、『特殊な生い立ち』の人なので、心を許せる『友人』などあまりいない(まあ、大体、普通の人間でもそんなに『友人などいるものではない』が、安倍首相は、『自分だけいない』とひがんでいるのかもしれない)。
だからこそ、加計孝太郎など、いかにも『悪党づら』(本当はどんな人間なのか、わかりはしない)の悪友などの面倒を見る、あるいは『付き合いを切ることが出来ない』という点では、ピカイチのようである。
安倍首相の『神話』など、ごく一部の『ネトウヨ』と呼ばれる人たちのほかには、ほとんど魔法が溶けてしまっているのだから、安倍首相には、さっさと『引退』、そしてその後の『普通の人』としての生活を模索したほうが、お互いのために良いだろうと申し上げておきたい。
それとも、プーチンや習近平のように、いつ『暗殺』されたとしても文句を言えない(あるいは、言わない)というだけの覚悟があるというのなら、別なのだが…。
どうも、安倍首相はそのような人のようにはどうにも見えない。