普段と大差のないことをしているのに、なぜかそのひとからいつもと違う雰囲気が感じられることがある。
それは「神がかり」という言葉で形容される。

つまり、神がかった行動とは自分の外にあるなにかしらの力
(神)が、ある人の肉体を通じて具現化されたものだと言える。

'fanatic'という語は「狂信的な」という
ネガティヴな意味を持つ単語であるが、その語源は古代ギリシャにあり元来「神がかった」行動やスピーチ
を形容するために用いられていた。

一神教で多少事情が異なるイスラム教内でも同等の表現がある。例えば
ダンサーがいつもと同じ舞をしていても、何かが違う、神がかり的なものを認めた場合、人々は彼を指して
神の名「アッラー」を唱えた。この風習はイスラム世界に席巻されたスペインにも影響を及ぼしている。
「踊り」と「アッラー」。

スペインではフラメンコダンスの合間合間に「オゥレィ!」と声を発するが、
この語は「アッラー」からきたものだという。言われてみれば音が似ていることに気がつく。
かかとの少し上、足の根元部分のことをアキレス腱とよぶ。
この名前の由来はギリシャ神話にさかのぼる。

テティスは強靭な肉体を持つようにと願い、まだ赤ん坊であった自分の子供をステュクス川に浸した。そのおかげでその子供は最強の戦士へと成長した。それが映画『トロイ』のなかでブラッドピットが演じたアキレスである。

アキレスはトロイ戦争で勇猛に戦うが、母に予言された通り死の時がやってきた。パリスが放った弓がアキレスの唯一の弱点に突き刺さったのだ。その弱点というのは母テティスの不注意によるものだった。つまりテティスはアキレスをステュクス川に浸す際、わが子を掴んでいた部分は川の水に触れないことを見落としていたのだ。

こうして、その体の部分を'アキレス'という言葉を用いて表すようになり(Achilles tendon)、弱点のことをAchilles heelと表現するようになった。
日本人の中でカナダに移住した人も多く、戦時中には不当なあつかいを受けたこともあった。
Joy Kogawaさんの'OBASAN'にその内実が描かれている。

移住した人は日系カナダ人一世となるが、子どもの代は二世である。
これを英語で言うとなんというか。それは'Japanese-Canadian Nisei'で、
二世ということばがそのままNiseiとして使われる。
ちなみに一世も三世もIssei,Sanseiとなる。

さて、二世・三世と世代がくだる毎に、日系人であってもそのメンタリティーは本来のものと
離れて、より居住国(カナダ)のものに近くなる傾向がある。つまり、見た目はアジア人であっても
中身はカナダ人になるのである。

こういった人々を表す言葉がある。もちろん人種にかかわることなので非常にオフェンシヴな言葉である。
カナダ文化に馴染んだアジア人は、見た目はアジア人、中身はカナダ人ということから「バナナ」と呼ばれることがある。

なぜ「バナナ」なのか。バナナの色に注目するとその理由が分かる。バナナの皮skinは黄色で、中身はwhiteである。
これをそのまま日系人にあててみると、皮膚skinは黄色で中身(メンタリティー)はwhite(白人)となる。

では中も外も黄色い一般の日本人はどうなるのか。マンゴーにでもなるのだろうか。なかもそとも白い果物をしらないが、
そんなものがあったとしてもマンゴーの方がおいしそうではないか。