【 歴史探索 】 八幡殿関係者-武雄心命の足跡 | 國體ワンワールド史観で考察するブログ

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ようやく念願叶って、佐賀県武雄市の武雄神社に行ってきました。

 

 

武雄神社の主祭神は武内宿禰ですが、副祭神に武雄心命がいます。

この武雄心命にご挨拶したかったのです。

武雄心命の父親が、八幡経略の陣頭指揮を執った彦太忍信命です。

こういう縁がある神社なので、行ってみたかったのです。

 

 

その他祭神に、仲哀、神功、応神がいるので、まさに「八幡奉迎」の関係者を祀った神社です。

 

 

この神社は八幡殿作りと八幡奉迎に携わった人々が祀られているようです。

ヤマトタケルがいないのは、彼が敦賀側から色々していたからだと思います。

 

この神社は、元寇の時にも名前が出てきます。

看板にも、元寇のことが書かれています。

わたしの推測では、元寇は國體黄金の移動ですから、この神社が時代を超えて顔を出すのはわかる気がします。

 

 

また、この神社の奥には、樹齢3000年と言われる楠の巨木があり、巨木としては日本6位です。

楠は、常緑広葉樹で、西日本を中心に生えます。

原産は中南や台湾など南です。

佐賀の各地に、それなりに大きい楠が多々あります。

 

 

 

楠は、原生林より里に近い里山林に生えているようです。

植生として、別の木々が生えている中で、楠が高く太く生えているとしたら、それは何か目印になりそうな気がします。

 

何より、楠こそウバイド橘の雄楠木氏の名前にまつわる樹木!

 

ところで、献灯者をの中に種子島さんがいらっしゃいました。

 

 

武雄神社と祐徳稲荷は近いですが、祐徳稲荷の境内神社に岩崎大神が祀られています。

岩崎と種子島は関係が深いなと。

特に、武雄神社は海に縁があるようなので、種子島氏の献灯があるのも理解できるように思います。

 

あと、献灯にも、社殿の屋根辺りにもありますが、この神社の紋は開いた日の丸扇子で、佐竹氏と同じです。

佐竹氏は、河内源氏、多田源氏で、元はウバイドです。

種子島氏の献灯といい、何か海洋系の秘密がありそうです。

 

佐賀は地味で田舎ですが、古代から中世では色々面白いことを探せそうです。