「鶴は千年 亀万年」ということわざがありますよね。

なぜ亀は鶴よりも長生きなのか、わかりますか?

それはね、食べ物をいただく時に鶴はツルっと飲み込んでしまいますが

亀は、よく噛んで食べるからだそうです。

これって、単なるダジャレともいえないのですよ。

よく噛んで食べると、まず消化吸収がよくなりまして、胃腸に与える負担が減ります。

また、よく噛んで食べることにより、すぐに満腹感を感じて小食になります。

この小食になることが長寿命に大事なことで、昨年見ましたNHKのドキュメンタリーで

標準食と標準の70%に少なくした食事をそれぞれ別の猿に与えると、

70%しか与えなかった猿は、毛並みがよくて若々しく、標準食のさるは、ところどころ

毛が抜けていかにも老猿という結果になったという番組がありました。

老化を抑制する遺伝子(サーチュイン遺伝子)を働かせるには、食を減らすことだと

いうことです。

数年前の新聞でも見たことがありますが、回虫に対して食事を制限すると寿命がのびたという

実験結果(たぶん京都大学での実験)が報道されていました。

さきの猿の実験(アメリカ)と同じです。

回虫の実験結果の理由として、食餌を制限すると、飢餓に耐えるように細胞が活性化したためで

あるということが記されていたように思います。

要するに、よく噛むことにより、小食になり、サーチュイン遺伝子が活性化し老化を防止する

というメカニズムなのですね。

世界で最も長寿な国である日本人の寿命をさらに伸ばすために 

明日から、よく噛むことをやってみませんか。













今日ある会合で先生、先輩の方々とお昼をご一緒させていただいているときに

「無財の七施」ということばを知りました。

それは、仏教でいう3つの布施行 すなわち

(1)財施(ざいせ)  自分の持っているお金や食べ物などを施す

(2)法施(ほうせ)  仏様の尊い教えを説く

(3)無畏施(むいせ) 人が何かに恐れおびえているときにそれを取り除いてやる

という3つの 布施の行があるといわれています.

でも,これらの3つのお布施がなくても、だれでもいつでも容易にできることがあるという。

それが次の七施です。



1 眼 施 がんせ     慈しみに満ちた優しいまなざしで接すること

2 和顔施 わげんせ    おだやかな表情やほほえみで接すること

3 愛語施 あいごせ    優しい言葉、思いやりのある言葉をかけること

4 身 施 しんせ     みずからのからだを使って、奉仕すること

5 心 施 しんせ     人のために心をくばること。共に喜び、悲しみ、痛みや
              苦しみを自らのものとして感じ取れる心持ち。

6 牀座施 しょうざせ   自分の席や場所、地位をゆずること。
              たとえば自分が疲れていても電車の中で喜んで席を譲る行為。

7 房舎施 ぼうしゃせ   人に休める場所を提供すること。
              自分が濡れながらも、相手に雨がかからないように傘を差し掛ける
              思いやりの行為とか

なぜ、この「無財の七施」にひっかかったかといいますと、いま勉強している「コーチング」
に必要な、コーチとしての心持ちと同じことであると思ったからです。

コーチングは、アメリカから来たコミュニケーションスキルです。

6の牀座施と7の房舎施までのことはしませんが、1~5は、コーチングに大変重要で必要なことだと
改めて感じた次第です。

現代の世の中では、だんだん薄れてしまっているような気がしますが、まだまだ日本人にはこのような
心持をもった人たちがたくさんいると信じて、このよき日本人の特性を永遠に維持していかなければ
と思っています。
いままで「感謝」することの重要性をたくさんの偉い人や成功した人が

言ったり、書いたりしていたのを見てきた。


私が印象に残っているのは、石川洋さんの「自戒」という詩です。

「つらいことが多いのは、感謝をしないからだ。

 苦しいことが多いのは 自分に甘えがあるからだ

 悲しいことが多いのは 自分のことしか分らないからだ

 心配する事が多いのは 今をけんめいに生きていないからだ

 行きづまりが多いのは 自分が裸になれないからだ」

不謹慎なはなしですが たまに居酒屋などのトイレに貼ってあったりします。



でも「感謝する」って、頭では理解しても、心から納得できていませんでした。

なぜ「感謝する」ことが、そんなに重要なことなのか。 ・・・ と



そのことをずっと考えていたわけではありませんが、先日ふっと謎が解ける

ように理解し納得するような気持ちになれました。それは、

自分の身体、服、食べ物、持ち物何をとっても、自分で作ったものはないことに

気付きました。

食べ物は、よく言われることですが、農家の方が一生懸命つくてくれたおかげで

ありがたくいただけるのですよ。というわけですね。

服は、女性の場合自分で作ることは可能ですが、生地、針、糸などは当然自分で

作れませんよね。



この時、考えていたことは、自分の身体です。


自分の身体と言いながら、目も鼻も口も皮膚も指も髪も・・・・・・・・

どれも一から自分でこしらえたものはない。

目は目で、目の格好をしてあるべきところにできている。

自分が意図して製作したわけでもないのに。


そのようなことを考えていると、自然に感謝の気持ちが湧き上がってきます。

ああ、なにか知らないが、何者かの力によって生かされているということが、

本当に実感し、生かしていただいているという気持ちになる。

そして 何者かに対する感謝の気持ちが自然に湧き上がってくる。


そうすると次に、生きかされている自分を粗末にすることなく、

自分に与えられた能力を最大限発揮できるように考え実行し

自分以外のもの(自分を作っていただいたすべてのもの)に、

何らかのお役に立てるように働くことに、生きていることの意義を見出す。



そして、自分以外の人々の命を生かすことにつながる。


それが「絆」といわれるものと私はそう思います。