毎週末の練習日は、指導者さんが、バックネット裏にドッカと座り、怒鳴り声をあげている。

その脇で、保護者さんがせっせとコーヒーを淹れている。

試合になると、指導者さんはベンチにドッカと座り、そこからまた怒号や罵声を飛ばしていて、試合後は、長〜い長〜い「ミーティング」と称した個人攻撃、そして、罰走。

そんなチームのホームページには、「人間性を育てる」などが書かれていて、体験に来た親子にはとても優しく接する。

試合に出る選手は完全に固定されていて、保護者の中にも完全にピラミッドが形成されてる。

そういうチームが、確実に、今も存在してる。



▼ 市場原理で淘汰されるしかない


選手もその保護者さんも、自分のチームながら、そんな野球に、もううんざりしてる。

でも、そのチームで野球をやってる。

移籍をするとしばらく試合に出られないみたいなルールがあったり、入団時にかなりのお金を払ってチーム揃いのグッズを買ったりしていて、そんなに簡単にチームを離れられない。

そういう状況があるみたい。

入団前の体験では、指導者さんたちはとても親切で、優しくて、グランドに怒号や罵声は響かず、保護者の当番も、できる時にやっていただければ良いですから、とあたたかい言葉をかけられる。


ところが一転、入団すると…


って感じ。


ただ、こういうチームが無くならないのもまた、事実。

それはなぜか?

厳しくなければ野球じゃない。

辛いことを乗り越えなければ上手くならない。

艱難辛苦に耐えてこそ喜びも倍増する。

泥だらけになって、へとへとになって、立てなくなるまでやるのが練習だ!

などという意識の大人がいるからです。

こういう大人、確実に存在します。


だから、昭和野球の学童チームはなくなりません。


こういう大人は、言っても理解してくれません。

もうやめましょう、と言っても聞き入れてくれません。

説明しても、言い聞かせても、納得も理解もしてくれません。


ニーズがなくなるしかないんです。


倫理とか人道的に訴えても無くなりません。


必要とされなくなれば、必然的に消えてしまいます。


逆に言うと、ニーズがある限り、なくならない。

困ったもんです。



以上でーす。