#033 大人の漢字は読みにくい
小さい頃のボクはとても気の弱い子だった。
そんな気の弱いボクでも、許せない事がいくつかあった。
その中でも、大人が書く文字・漢字が気に食わなかったことを今でもよく憶えている。
小学校5年生のころのボクの話です。
最近、よくほめられることがある。
今までほとんどほめられた事がなかったというのに、5年生になってからというもの、なぜか「字がキレイ」とほめられる。
ボクとしては力んで書いているつもりもなく、当たり前のように書いた習字やノートの文字がキレイだと言われるのだ。
そう言われると、今までまったく気にしていなかった他人の書く字が気になりだした。
同級生の特に男子なんかと見比べてみると、確かに読みやすい字を書いているみたいだ。
この頃のボクはまだ、自分が乗せられやすいタイプだとは知らなかった。
「ヤンゴってキレイな字書くよね。」
女の子に言われようものなら、真に受けてはちょっといい気になっていた。
ある日、お父さんが書いた字を目にすることがあった。
ヘタクソという訳ではないけれど、漢字の“とめ”も“はね”も無視した走り書き。
前々から「大人の書く字は読みにくい」と思ってはいた。
この字だって読めないわけじゃないけれど、ボクよりも小さい子は読めないんじゃないかと疑問に思い、次第に怒りが込みあげてきた。
お父さんは仕事でいないので、“大人代表”としてお母さんに抗議する事にした。
「お母さん、これ見てよ。」
「その紙がどうしたっていうのよ。」
「お父さんのこの字、読めないよ。」
「そうかしら。確かに崩れてるけど、お父さんの字はきたない方じゃないわよ。」
「じゃあ、この漢字はなんて読むのさ」
ボクは紙に書かれた一文字を指さして、お母さんにつきつけた。
「これは『話』って漢字でしょ。」
「こんなの『ごんべん』じゃないよ。たて棒の下に口が書いてあるだけじゃん。」
「簡単に書くとそうなるもんなのよ。」
ボクにとっては聞きなれた言葉が出てきた。
大人はいつも「そういうもの」で片付ける。
結局、ボクの疑問も怒りも晴れることはなかった。
大人になった今、振り返ると、世の中には小学5年生のボクには読めない漢字がたくさんあった。
お父さんの書いた字も何となく予想はできたけれど、まだ見たことがない字だと疑う余地だってあった。
何となくわかっていながら聞いたので、お母さんには意地悪な事をしてしまった。
けれど、別に意地悪が目的だった訳じゃない。
「走り書きでは子どもが読み間違えるかもしれない」という視点が大人には欠けている事に、腹を立てていたのだ。
ただ、大人になった今ならよくわかる。
大人は子どもが読むことなど想定して書いていないのだ。
それに、わざと字のクオリティを下げてまでして、その分、スピード・効率を上げようとする。
だって大人は、時間という魔物と絶えず戦わなくてはいけないから。
今の僕の説明で、昔のボクは納得してくれるだろうか。
もし納得してくれなかったら、今の僕の字を見せようと思う。
そして最後に一言、「ゴメン」と添えておくことにしよう。
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