#020 いかれるヤンゴ | おもいでのヤンゴ

#020 いかれるヤンゴ

おもいでのヤンゴ

小学5年生の頃のボクの話です。


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ホンちゃんはいつもボクにつきまとう。
何を言っても真面目に返すボクをいじって楽しいのだろう。
ボクがいよいよ本気で怒りだすと、「あーごめんなさい」と言って逃げ出し、安全圏まで離れたところで「うそだよバーカめ」とおちょくる。その一連が常套句だった。

ボクはホンちゃんが苦手だった。
だってホンちゃんは、ボクが気にしていることや答えに困ることをいつもつっついてくるんだもの。
「なんでヤンゴねぐせ立てて学校にきてるの」
という日もあれば、
「あれ、ヤンゴ昨日も同じ服着てなかったっけ」とも。
正直、半分くらいは当たっているのだけれど、服にしたってお母さんが決めることなんだから仕方ない。
それでなくても、いつもあらを探しては“なんで”という大義をこじつけては聞きせまってくる、その姿勢がいやなのだ。

今日の休み時間も、ホンちゃんはボクにつきまとってきた。
ホンちゃんはニヤニヤしながら
「ヤンゴ、持てる」
なんて言いながら、習字で使う文鎮をつき出してきた。
「あっ、それボクの」
ホンちゃんが持っていた文鎮には、きれいとは言えないボクの文字で、ボクの名前が書いてあった。
「でさ、持てるの」
別に答えることで何か問題が起きるような気がしなかったので、「うん」と言ってホンちゃんの手にあるボクの文鎮に手を伸ばした。その時、

「みんなー、ヤンゴが自分のことモテるって言ってるよ」
ホンちゃんはでクラス中に向かって、どでかい声で言い放った。

「違う、違う。そういう意味で言ったんじゃない」
ボクは必死に弁解した。
でも、最初からそのつもりのホンちゃんがとりあうはずもなく、走るスピーカーはボクに背を向けて逃げ出した。
「みなさん聞いてください。ヤンゴはね」
「ホンちゃん、やめてよ。ねぇ」
ボクは必死に追いかけた。当然、顔は真っ赤っかで、次第に目に水気を帯びてくるのを感じた。
「やめてよ。ねえ、やめてってばホンちゃん」

ホンちゃんはボクをいじるのに満足したのか、ボクに追いかけられたまま掃除用具ロッカーに向かい、その中に持っていた文鎮を投げ捨てた。
そして、「ごめんなさーい」と言い捨ててまた逃げ出した。

ボクはホンちゃんが飽きてくれたことに安心して、あがった息を落ちつけるように、掃除用具ロッカーからゆっくりと文鎮を取り上げた。
しかしその時、誰かに背中を押されて、中腰のボクはロッカーの内側の壁に頭をぶつけた。
ボクをロッカーに押し込めようとしているのだろう、ぐいぐいおしりを押してくる。
そしていつもの決め台詞が聞こえた。
「うそだよバーカめ」

ホンちゃんは、ボクが頭をぶつけたことなど気付いてなかったのだろう。
しかしボの中では、
「ボクは頭をぶつけて痛いのに、こんなに痛がってるのにまだ止めないなんて」
と、ふつふつと怒りがこみ上げていた。
そして、ボクは生まれて初めて家族以外に激怒した。

ボクは後ろ足で、全力でホンちゃんをけっ飛ばした。
ホンちゃんが痛がっていたかは覚えていない。
たぶん痛がっていても怒りは収まらなかったとは思う。
逃げようとするホンちゃんを全力で追いかけて捕まえ、そのまま床に押し倒してやった。
馬乗りになる、まさにその格好だった。

ボクは両手でホンちゃんの胸ぐらをつかんで、言ってやった。
「あやまれよ」
ボクはそうとう怒っていた。でも、そんなときでさえ気を抜けば、いつもの弱気が出てきそうになる。
「あやまれよ」
ホンちゃんはこんなに怒るなんて思わなかった、といった風で、泣きそうな顔をしていた。
「あやまれよ」
ボクは自分の声の大きさにびっくりしていた。びっくりしすぎて、目がうるんできた。
「あやまれ…よ」


普段怒らない人が怒ると怖いなんていうけれど、僕はまさにそのタイプだと思う。
ホンちゃんが何でボクにつきまとって、ボクが困ることばかり言ってきたのか。
大真面目な人間が大真面目に失敗する姿は“お笑い”の基本だと思う。
そう考えると、ボクっておもしろい子だったんだな。

結局ボクは泣いていた。
「あ…やまれ…よ」
「ご…めん ごめんなさい」
結局ホンちゃんも泣いていた。