行くぜ、東北。~④三陸町越喜来 | あこのアトリエ

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8月の旅の備忘録~④
行くぜ、東北。

8/25晴天!
今日は三陸鉄道南リアス線に乗ります!

三陸鉄道は南リアス線と北リアス線にわかれています。
三陸鉄道の線路は、岩手県の沿岸部を走行。そのため、津波による被害は甚大でした。
地域に根ざした路線で、平成26年に全線が復旧!現在は復興のシンボルになっています。

大船渡から盛駅までひと駅を歩くと、驚くことに津波被害を受けた当時のままの建物がちらほら。
こういうものを見ると、「やっぱり震災はテレビの中の話じゃない。陸続きのところで実際に起きたことなんだ」「今もまだ、向き合って戦っている人がたくさんいるんだ」と気付かされます。
震災遺構を残すことに賛否両論あるけど、実際見ると必要なものだと思いました。言葉や写真では伝わらないものが伝わってくるから。
安全で維持費があまりかからないことが条件になるけど…
 

盛で三陸鉄道に乗車します。目指すは三陸駅!
大船渡市三陸町越喜来(オキライ)と呼ばれる地区になります。

私は北里大学看護学部を卒業しています。震災前はここ越喜来にも北里大学のキャンパスがありました。
海洋生命学部。

実は、海洋生命学部の一つ下の女の子が1人、今も行方不明…
私は震災から数ヵ月たって、新聞で知りました。
キャンパス間の交流は少ないけど、このことを大学からは説明されませんでした。
海洋生命学部は、現在は神奈川県にキャンパスを移しています。研究所は越喜来に残して、漁業などの復興に尽力しています。

彼女と知り合いだったわけではないし、この土地に縁もなかったけど、彼らが過ごし、そして去らなければならなかった土地を見てみたい、何かできるのなら手伝いたい。そんな思いで2011年8月に、当時の学生の有志でこの越喜来を訪れました。

でも震災から半年近くたっていたから、できたのは復興イベントのお手伝いくらい。

そのとき初めて見た、被災地。
全てを海に持っていかれてしまった地。あちこちに瓦礫の山。でも瓦礫と言っても、それは茶碗や屋根や箪笥…人々の生活そのもの。
そして生い茂る雑草と青空。私が思い出したのは、もののけ姫の最後のシーン。デイダラボッチに全てを持っていかれたタタラ場が、緑に包まれる。この土地は死んでない。まだ何度でもやり直せる。
そんなことを、当時の私は感じました。

その越喜来に、もう一度いってみよう。

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