◇本抄は、弘安元年(1278年)閏10月、日蓮大聖人が身延の地で、佐渡の千日尼にあてて認められたお手紙です。
千日尼と、夫の阿仏房は、大聖人が佐渡に流罪された際に弟子となり、わが身の危険を顧みることなく大聖人をお護りした、佐渡の門下の中心的存在です。
大聖人が赦免され身延に入られた後も、阿仏房は高齢にもかかわらず、何度も御供養を携えて、佐渡から身延へ、遠路はるばる大聖人のもとを訪ねています。
本抄はそのうちの一通です。
大聖人は初めに、千日尼からの御供養に深く感謝を表され、土の餅を供養してアショーカ大王と生まれた徳勝童子(とくしょうどうじ)などの故事を引いて、供養の功徳の大きさを教えられています。
そして、法華経は三世十方の諸仏の師匠であり、その法華経を供養する人は、あらゆる仏に供養したのと同じ、計り知れない功徳を受けることを明かされます。
また、法華経は一切経に勝る師子王の経典であるがゆえに、法華経を受持する女人は、何ものをも恐れる必要なく、いかなる宿命をも妙法の力で功徳へと転換していけると、宿命転換の信心を示されます。
さらに、佐渡から身延の地まで夫を送り出した千日尼の真心は、天の月が『四万由旬(よんまんゆじゅん)』を超えて地の池に姿を映すように、雷門の鼓の音が『千万里』を超えて聞こえてくるように、どんなに距離を隔てようと、即座に大聖人のもとに届いていると仰せになります。この譬えから、本抄は『雷門鼓御書』とも呼ばれています。
そして、仏に成る道も同じであり、私たち師弟は、それぞれに隔てられ、たとえ、苦悩に満ちた穢土に住んでいても、心は成仏の世界である霊山(霊山浄土(りょうぜんじょうど))に住んでいると、師弟不二の心の大切さを教えられています。