ちなみにKYTというのは「危険予知トレーニング」のこと。

空気の読めない天然ども、ということではない。


元々どこかの企業、生産現場で取り入れられていたものだそうで、その後お上がこれ良いなと取り上げたらしいです。
詳しくはネットでどうぞ。

枕が長いな。

技能実習生の日本語教育に携わっていた頃、この言葉を知りました。
用意されたイラストを見て、この状況にどんな危険が潜んでいるか、そんなことを考える。

「○○の周りには危険が一杯!」という感じ。
なるほどねぇ。と思いつつ結構気にして勉強した物です。

で、入院中にまた、この貼り紙を観ました。
その手作りの掲示物には、「車椅子の周りには危険が一杯!」とあった。
ここでも「なるほどねぇ」とあれこれ考える。
入院中は時間があります。

車椅子を使っていた時期、そして杖で自立が許可された時期、それぞれに危険がいっぱいだと、その危険を具体的に考える。

病棟の廊下を杖をつきつつ自主練中、どんな危険があるのだ?

曲がるときに、歩いてくる人がいる。何か物が置いてある。
トイレや病室から、飛び出す物がある。人がいる。
車椅子やベッドを後ろ向きで介助しながら、出てくる医療関係者もいる。
等々、経験のある人でも、取り立てて注意をせずに行動することはあります。ありました。

そんなことを事前に考えておく。
コーナーを曲がるときには、こんな注意を! 
確認無しの飛び出しもあるぞ! 
廊下の真ん中で話し込む人たちが突然動くかもしれないぞ!

退院後の今でも、常に考えながら生きてます、という一席。

昨日は、歯医者の予約があったので、出かけた。
最近予約があるみたいな動かせない予定がない限り、出かけることが少なくなりました。

リハビリのつもりで、週に何度かバスや電車に乗りたい。
そんなことも思わなくなりました。
近くのスーパーやコンビニ、郵便局などには歩いて行ってます。
取り立てて、たいした用事もありません。

今日は野菜を買ってこよう。
チャージしてこよう。
ヨーグルトが無いな。
そんな程度の理由をつけて歩きに出る。

たいした用もないから、駅近くに行くこともなく、それにつれて、外食の回数も減った。
たまにお蕎麦やおうどんが食べたいなぁ、などとも思いますが、まぁ、思うだけのことが多い。

バスの料金が上がったということも理由の一つか。
往復すると、500円ほど。
そんなお金を払って、することでもなし。

ある物出来ることで工夫すればよいか。
そんなふうに思うのは、一つ一つの動作を注意して確認してそのことだけを考えなければならなくなったからかな。

生活が内向き内巻きになっている。
そんな毎日だからでしょうかね。

何をするにも他人様の3倍ほどもかかりそう。
でも時間は過ぎる。もう夕刻だななどと日々は過ぎます。

我が小庭の写真を一枚。

 

手前のナツツバキとその向こうのソシンロウバイ。

夏椿と素心蝋梅

 

葉が繁り始めて、みどりが少しずつ濃くなっている、という一席。

木曜日。
夜来の雨は今も続いてます。
天気予報は、昼頃から晴れで洗濯日和で厚手の物も乾きます! って言っている。

今日は一般ゴミの日で、8時半までに出しましょう、ということになっているが出さない。
雨の日には、あまり外出したくない。
どうしてもということでなければ、家にいます。

杖を使いゴミの袋を持ち、傘を差して……。というのが少し不安。

アラ還おじさんの一人暮らしだから、たいしてゴミも出ない。
少しでも家にゴミを置きたくない。さっさと捨ててしまいたいのですけど、まぁ、まとめてゴミ袋が一杯になってからでも良いな。と思うようになっている。

昨日久し振りに小説を買ってきた。
ちょと待ってBooK Offで、とも思ったが、思った以上にJR東日本のポイントがたまっていたからね。

帰宅して、久し振りに紅茶なんか入れたりしてその本を開くと、活字が小さい。その上色が薄い。
メガネを外して目を近づければ、読めるのだけれどもね。

わたくしは、リトルトゥースだし、25万部超えのヒットだし、アメフト好きだから、ウキウキとページを開いたのだが、ちょと立ち止まり、綴じたまま。
おひさまの陽射したっぷりの下で、読みましょ、という一席。