2回目のタンザニア紀行を控え、まだ書いておかなければならない事がある

 

それは帰国して三日目に40度の熱で朦朧としている最中に見た幻だ

 

もちろん幻というのは、わかりやすく言ってるのであって自分にとっては現実なんだが、、、

 

マラリアもなぜ発症したのかを考えるとこれも腑に落ちるものだ

 

40度の熱ともなれば、寝付こうにも寝付けない、しかし永遠に布団に沈んでいたい気分だ

 

時々気付いたら少し寝落ちしている状態が続いている

 

また目が覚めた時天井を見てもちろん実家にいることはわかる、特にドームハウスとなれば一目瞭然なのだが

 

だが体感として今自分が日本にいるのかタンザニアにいるのかがわからなくなってしまった

 

変な気分だ、自分の居場所がわからないっていうのは

 

まるで寝ている間に知らない所に連れてこられたようだ

 

天井をぼ〜っと眺めた

 

天井の板を見ながら、その向こう側の夜空をイメージした

 

そして目をつぶると船に乗った漁師が見えた

 

しかしなんだか映像がハッキリしないので目を更にギュッとつぶった

 

すると海辺が見えた

 

タンザニアで訪ねた一番遠いい場所のようだ

 

まだ船も見える

 

船はタンザニアにいた頃に漁で沖に出る4、5人乗れるくらいのサイズのもので、漁師もタンザニア人だろうが知っている人ではなかった

 

彼の操縦で船は動き出した、それも空中をだ

 

空というほどでもなく低空だが宙を移動する

 

海沿いを通って訪れた場所を順々に通り過ぎて行く

 

エコビレッジに一度停泊した、そこにはまだ一週間ほど長く滞在しているメンバー達がいる

 

彼らに別れを告げ再び移動を続ける、どうやら帰っているらしい

 

目指すはダルエスサラーム、始めと最後に滞在した都市だ

 

田舎を離れ気付くと都市も抜け、ついには空港に着いた

 

ここからは自分を側から見れる視点にいた

 

事実、空港に着き手続きを済ませて搭乗口の近くで待っている時、眠気と寒気に襲われ始めていた

 

この時は起きて歩きたくもなく、水が欲しいが結局買いに行けなかったのだったが

 

この幻では、そのヘロヘロした自分をなんとかサポートして水を手に入れる事ができた

 

そして飛行機にも一緒に乗り込んだ

 

飛行機でもヘロヘロしていたが、横でサポートを続けた

 

なぜか分からないが「これをしなくては」という気持ちがあった

 

時折幻から現実に戻る事があった、目を開ければ実家の寝床だ

 

でもギュッと目をつぶると幻の世界に戻る事ができた

 

これは単なるまぶたの裏の妄想ではない

 

その証拠にこのサポートをしながらもう一度日本へ帰るプロセスを踏んでることはわかってきたが、飛行時間を飛ばす事ができなかった

 

空港で水を買いに行ったりはいいが、ただずっと席に座って飛行時間を体験し直すのはあまりにも長く、面倒臭くもあった

 

妄想なら早送り、もしくは場面を飛ばす事が出来るはずなのに、それができない

 

もしかして全部体験し直さないといけないのか?

 

「一体これは何なんだ?」

 

でもいつの間にか使命感がある、しかも夜が明けるまでに済ませないといけないような気もする

 

今冷静に考えると一晩では到底日本に着くまでの時間は十分に無い

 

しかしこの時はいけると感じていた、そして体感はまさに実際にかかった飛行時間を体感した

 

正直キツい、早送りをしたいと何度か思ったことか

 

ーーーーーーーーーーー

 

 

どれくらい時間が経ったかはわからない

 

記憶もほとんどないが、ついに成田空港に着いた

 

また、自分より前の便の人たちのPCR待ちをする場面に来た

 

明るい空港の通路を平らなエスカレータを横目にあともう少しだと、サポートしについて行こうかと思うと

 

もうついていかなくていいようだ

 

確かに事実、成田に着いた頃は正常で何も悪いところは無かった

 

そして少し離れた視点で友達の迎えに乗り、次の日山梨まで帰ってくるところを見届けた

 

 

こうして山梨まで帰り着いたわけだが、この幻が意味するところ、それは何なのか解説しよう

 

先ずはどれだけタンザニアの体験が楽しかったか

 

それは身近に話を聴いてくれた人ならわかってもらえると思うし、ブログからでも感じ取れるかもしれない

 

現に2回目のチケットも取っている

 

ただ「楽しかった」というだけでなく魂の満足感、充足感ていうものを感じた

 

英語でいうところのSatis my Soul だ

 

かのBob Marleyも曲名にしている

 

兎にも角にも良い体験で、帰るのも名残惜しかった

 

でもまたすぐに来る

 

そう確信もあったので一旦帰る事に抵抗はなかったと思っていた

 

しかし実際はタンザニアの地で、喜んでいた子供のような心が向こうに残ることを選んだのだ

 

もしくは遊んでいるうちに置いて来てしまったかだ

 

そして心の無い「空っぽの身体だけ」帰って来てしまったのだ

 

だから無防備の身体がマラリアの菌に明かされてしまった

 

(厳密に説明すると顕在意識が、その子供心で潜在意識は身体、だからこそ身体だけでも帰ってこれた)

 

しかしそれでは身体に命の危険が伴う、そして心を取り戻しにタンザニアに行き

 

もう一度帰り直したという訳だ

 

この話はまだ説明は難しいかもしれない、なんせ無意識に体験していたからだ

 

もっと簡単に説明したいところだが今はここまで