先日気仙沼まで車で行ってきました
行きは福島の、いわきに寄って帰りは山形の村山に寄って帰ってきた
これからの旅はその土地での衣食住を知り、味わい、糧にしていこうと思い、その土地の人に聞き肌で感じ、調べることをした
目指す気仙沼は宮城県の右上、すぐ先にはもう岩手県のある海沿いの町、少し前まで道路もなく陸の孤島だったらしい
元々は「計仙麻」ケセマと呼ばれていたらしく大島という所の神社には、のぼり旗にその文字が書かれていた
しかし諸説あってさっきのが違うとの話もあるが、個人的にピンとくる説はアイヌの言葉で末端を意味する「ケセ」と湾の「モイ」とこの辺りを呼んでいたらしい、また「ケセ」は大きい海「マ」は中心区域とも解釈されている
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さて何しに行ったかというと気仙沼にはマコモという植物があり、それをお茶として飲んだりお風呂にしているマコモリバーブという会社がある
マコモ茶の存在は高校生くらいから知っていたが、お茶といえどもお世辞にはおいしいとは言えなかった、なぜなら味は陶芸室の床の粉を煎じて飲んだような味なのだ、だが体にすごく良い作用があるので、何度か飲んだがそれ以上何かがある訳でもなかった
しかし山梨に越して以来再びマコモのことをよく聞くようになり、マコモ風呂の存在も知った
昨年の年末、弱っていた愛犬に飲ませると良いとの医師の勧めでうちでも購入し人間も共に飲んでいた、相変わらず土っぽいが飲めないこともない
そのマコモリバーブとタンザニアのエコビレッジ作りで出会ったアバウト工務店という自然素材で家を作ったり古民家再生や、それこそ村づくりができる面白い集団?と新しいマコモ風呂の施設「マコモ竜宮城」を作っていて、タンザニア以来その話をずっと聞いていたので思い切って車で行ったという次第
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この旅は自分のルーツを探る旅でもあった
福島はご先祖に縁があり、会津には父方のルーツがあり、いわきには母方の大叔父さんが仕事をしていた
その大叔父さんは発明家で主に東京で活動後、最終的にいわきに移住しただけで、いわきに直接縁があった訳でもないが、最近彼の伝記なる本を読み終わったばかりで、とうに大叔父さんは亡くなっているし建物だってまだあるのかもわからなかったが、どうしても一度訪ねてみたかった
前日にドイツから一時帰国していた姉を空港に送り、新品のスタッドレスタイヤに変え、東京で一晩泊まって準備万端
いわきまでは両親も一緒だ、二人は随分前に一度大叔父さんを訪ねている
二人にはカニがゴロっとご飯の上に乗っているカニピラフを食べた記憶があって、googleで調べて出てきたそれらしきお店をまずは目的地にセットした、ちなみに大叔父さんの研究所もgoogle mapには閉鎖中と表記されているもののマップには載っている、まずはピラフで腹ごなしというプラン
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大泉学園のあたりから高速に上がり三郷JCTから常磐道に入る、あとは茨城を抜け、いわきだ
日立を通り過ぎた頃、道は海がだいぶ近くなり、時折高速から見える大海原が綺麗で、もうとうに正午は過ぎているが下道に降りて、伊師浜海岸というビーチに寄り直に海を堪能することに
初めて見る東北の海、奥は深いネイビーに緑がかったピーコックブルーそして薄いブルーと色は変わり、打ち寄せ引いた水に空の色が反射し、とても綺麗な青みがかった銀色に輝いていた
風も気持ちがいい、土地を感じようと靴を脱いで浸かってみた、冷たいがアクセル踏みっぱなしの足を癒してくれた、大きいブイを拾ってそこを後にした
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昼時は過ぎてしまったが、カニピラフのメヒコというお店に着いた
メヒコは何店舗かあってここは、なんとフラミンゴ館と言って真っピンクのフラミンゴが20匹ほどいる
そのフラミンゴをガラス越しに眺めながらカニを貪るというエンターテイメントが味わえるのだ!
なかなかユニークなオーナーだ
口コミをしておくと、カニピラフは楽しく美味しい
カニが一匹分バラしてご飯に乗っている、カニは殻付きかむき身かを選べる、モチロン殻付きで頼むのが作法だろう、専用のカニフォークで突くのもいいしハサミで切ったり、かぶりつくのも良し、タンザニアぶりのカニだ楽しみ
いざカニがやってくると、皆カニをむきむき格闘、手間ひまかかるので食べているという満足度が高い、面白いのが集中していると誰も喋らなくなる
そしてライスの味付けが美味い、蟹の茹で汁を使っているらしい、病みつきなので次はライス多めかな
オプションで海藻スープとサラダがあり、スープを頼むとシンプルなスープ、少しばかり海藻と蟹の身が浮いている
見た目は素朴、味も素朴っちゃそれまでだが、このスープ!タンザニアで大した魚もない時に泳ぎがてら手に入れた海藻とカニをただ茹でただけのスープの味そっくりで、記憶が蘇りなんとも嬉しい気持ちになれた
日本でこれが味わえるなんて、ウガリも食べたくなった
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さて今日の目的、大叔父さんの研究所
母の記憶では大きめの通りからひょいっと入ってすぐだったという、google mapにはフィットネスみたいな類の建物の横にあるみたいだ
実際に行くとそこは比較的新しい住居と空き地だけだった
本当にここなのか?もう跡形もないなんて、、、残念だ
日も暮れてきたので両親を駅に送る前に近くのガソリンスタンドで給油をした
すると割と高齢な店員さんがいたので研究所のことを聞いてみた、すると
「前にその通りで看板を見た気がするなぁ」とのこと
一応チェックしたが看板ももうなかったが、ガソリンスタンドの店員さんの頭の片隅には残っていたならまあいいか、ご先祖様たちは何も目に見える直接的なことだけでコンタクトしてくる訳ではないと感じた
両親を駅に送り別れた、二人にはいつも世話になっている、彼らこそが直接的にいろいろ働きかけをしてくれるご先祖なのだ、今日もこうして送り出してくれた、とても感謝している
さてここからは一人で長時間運転
福島を上に上がり仙台でさらに右上に向かう





