※今回は鶏を絞める話なので繊細な方は読むのをお控えください

 

 

さて今日も歩き漁

 

結構歩いて遠くのスポットにラマに連れてってもらった

 

3回ほどいって1匹だった

 

なので昨日と同じように小魚を捕って来たが、ラマがかわいそうと思ったのか誰かから魚を分けてもらって来てくれたので急に食卓が豪華になった アサンテ(ありがとう)ラマ

 

歩き漁に行くときに通った海岸沿いにロッジがあって、そこは今年完成したようだが10年間も作り続けているたらしい(長い!)

 

別に大きい建造物はなく、宿泊用の2階建の小屋が10棟くらいとバーがあるだけだ

 

バーはちょうど始めたらしく気分転換に皆で訪ねた

 

そこには、またラマという人がいて後2人ラマがいるらしい(多い!)

 

バーのラマは珍しく英語が話せて、少し周りの話をしてくれたタンガという少し栄えた街の出身らしい、彼との交流がこれからもあると思っていたが今回はこの時だけだった

 

彼もドレッドヘアーにしたいけど仕事上できないと言っていた、タンザニアでもそんなことあるんかい

 

実は鶏を卵を自給するために飼っていたが、一向に産まない上に(人間の勝手なエゴなのは承知だが)ちゃんと囲いのある所に入れてるわけでもなく20匹手に入れて12、13匹はどこかに逃げてしまったし、キッチンは荒らすわ木の上からフンをしたり、お腹が減ったなど理由がてんこ盛りになりついに食べることになった

 

 

※ここから先は繊細な方は読むのをお控えください

 

 

 

 

 

なかなか捕まえられないので1匹はラマに別のところから買って来てもらった

 

うーん前逃げていった奴に似ていると皆思った(笑)

 

そしてさらに捕まえようと皆で必死になった、人間食べるためにはこうなる

 

みんなの殺気を感じとった鶏は逃げる

 

追いかけても飛ぶし藪に入って逃げ切られる

 

これだけ人間がいても鳥1匹捕まえられないんだ、と痛感した

 

しかし最終的に追い詰め低い枝にとまったところを1番死角から素早く、殺気も消して(つもり)足を掴んだ!

 

「捕まえたぞー」この達成感たまらない!野生の感覚だ

 

 

しかし以前からベジタリアンの話を聞く中でお肉を頂くなら一度は自分の手でさばき、その時もし嫌だと思う感覚があれば、食べなくなってもいいと思っていた

 

それが敬意ってもんだ

 

これをしなくて食べる権利があるのか?と問うこともあった

 

いざ捌く時が来た

 

脚を縛り首をマチェットで落とす

 

少しためらったが経験はしておきたかった

 

いざやると一度では落とせず何回かかかった

 

すまないと思った

 

話に聞いていた通り、頭がなくともしばらく動く

 

バタバタとはばたき足に暖かい血が飛んだ

 

命を頂いたんだ

 

ずっと開きっぱなしだった鶏の目は地面の上で閉じていて、安らかな表情だ

 

お前に命を預けるぜと語りかけてきた

 

その瞬間の自分の感覚は、とても落ち着いていて心は静寂だった

 

ただただ命を頂く事に敬意を払い、そして感謝していた

 

本当の頂きますということはこれだ

 

さてまだ体温が残ってるうちに羽をむしる

 

捌く方法も教えてもらった、ささみが何処にあるのか、どの内臓が食べれて何が食べれないか、砂肝には見慣れた海岸沿いの質の砂が入っていて、食堂にはウガリがまだ詰まっていた

 

結論から言うと鳥はこれからも食べていける

 

捌き方も分かったし、命の大切さもわかった

 

そしてそれに耐えうる肯定的な心持ちもある

 

今年のWishリストに二個目のチェックがついた

 

一つ目はアフリカ上陸

 

二つ目は鳥を絞めて捌くこと

 

生活の知恵がまた増えた

 

今夜はケンタッキーを再現してみせると腕とスパイスをふるうエコビレッジビルダー

 

ケンタッキーの味は知らないけど、確かに美味しかった

 

それは味付けなのか、それとも自分の手で捌くという行為が生んだものか

 

後者が大きい

 

これを踏まえるとケンタッキーは安すぎる