日本では生活の中でメモを書くことが多かった

 

インスピレーションが降りて来たらすぐに書き留め、次の制作に生かすためだ

 

しかしタンザニアに来てからは、書くこともなければ書き留めておきたいほどのインスピレーションも降りてこない

 

考えられる理由はこうだ

 

1、身をもって体験し全て体で吸収するから

 

2、先々で使うかもしれないという計算はなく今だけを生きている

 

3、インスピレーションが降りてくる源と同じような空間にいるためタイムラグがなく、その場自体がインスピレーション

 

答えは全部、環境のマインドセットもあると思う

 

というのも向こうでは今後これを何かに生かそうという計らいが生まれなくて、写真もろくに撮らなかった(撮ってる人からもらったので増えました)

 

行く前には色々考えていたし、初めの頃はどんな意図を持っていたか思い出そうとすることもあったが、ただただ今を味わい、帰り際になって思い出したんだ

 

電波がないに等しいという環境もあり一切誰とも連絡を取らなかったことにしていた

 

毎日満潮や干潮をチェックするため時計は使ったが、あまり日にちの感覚もなく、ただ、「今」と「明日」という概念だけがある

 

ラマはよく言ったケショー(明日ね)

 

何か頼んでもだいたい1日1タスクでそれ以外はケショーと明日に持ち越す

 

しかしそれはある意味理に叶っていて、しかも哲学的

 

たくさんやり過ぎず余力を残す、そして余る時間は食事や家族と過ごす時間に使う

 

そして何かすぐに決められないことも一晩おけばどうにかなったりするもんだ

 

終わりなんか気にせず永遠に続きそうな日々を楽しむ

 

とてもいい学びだった

ラマと最後に撮った写真