インドの友人からお礼にお祈り用のお香が届いた。

 

箱を開けると広がるフローラルな香り、そしてすぐさま顔に近づけ匂いを嗅いでしまった

 

つい習慣が癖になってしまい、まんまと嗅いでしまった

 

嗅いでしまった?

 

実はインドにはお祈り用のお香は買う時に嗅いで判断してはいけないという文化があり、嗅いでしまえばもう祈りに使えないのである。

 

すでに買って送ってくれたのでノーカウントでもいいけれど、気持ち的にはゲームオーバー。

 

このところなんでも手に取れば匂いを嗅ぎ良し悪しを分けたり、そこから思い出す記憶について話し完全に無意識にクンクンしてしまうので最近は手に取ったらその距離から匂いを感じてみようと涼しい顔をしながら微妙にクンクンしている。

 

嗅覚といえば犬だ。犬から学んだことは沢山ある、糞尿といった表面的な匂いの奥にフェロモンというもう一層深い匂いを知覚し情報を得る、こんな高度な機能は凄いと思う、と同時に人間にもそれがあるんだということを忘れてはいけない、無意識的にはフェロモンも嗅ぎ出していて、初めてあった人もこの人いいひとだなーといった感覚的な判断も実は裏付けがあるのだ。そしてさらにそれを意識下に落とすことでよりいっそういい判断が下せるのだ。

 

 

さてお祈り用のお香でお祈りをしてみた、久しぶりに祈った。昔自分は家系的に教会に行きキリストに祈っていたのを思い出した。

 

インドの友達はお店のためにガネーシャ(繁盛の神)とラクシュミー(豊穣の神)に祈っているという、インドは神様がいっぱいいるので、その目的のテーマにあった神様を選べるのだ。

 

今回は、それに則って創造の神ブラフマーに祈ってみた。物作りのためにもっとエネルギーを注いでくれ〜といった内容で。

 

祈りの効果や考えについて詳しくは、また別ページにて

 

最後に、今度お香を手にした時はいきなり嗅がず、なんとなく香りを感じてみたり、そのまま火を灯してみるとまた違った視点、もしくは嗅点を持てるかもしれない。