高校生のときに聞いた、愛は痛みだって言うひとがいるんだって話
親は子どもに身を削ってたくさん与えて育てるように、自分を犠牲にしても誰かを思う愛は痛いんだって言ってた
例外はあるにしても、誰かが誰かに与える愛は、痛みを伴っているんだと
その意味が、薄っぺらくしかわからなかったし、いまだにそうです
本当の意味なんてすこしもわからないし、これまでに感じてきた自分の痛みは少なくとも愛じゃない
きっと大切なひとを失いそうになったりして初めて愛を知るんだと思う
すごく痛いなって思うんだろう
まぁ、それも、わからないけど
DVされてもしがみついてる人や虐待されても庇う子どもも、どうして自分を大切にできないの?って思ってた
なんで逃げないの?さもなければ
死んじゃっても、自業自得よ?って
でも考えてみたら、きっと本人たちが1番それを知ってるはずだなぁって
いつかこのままじゃ、わたし死んじゃうかもなぁって思ってるだろうなって
危害を加えるほうからしたら、歪みすぎた感情だけど、甘んじて受けるあの人たちは痛みに耐えてるんだよね
恐怖からってことも大半の理由であるにしても、きっと心のどこかで愛してるんじゃないかと
だから痛みにも耐えうるのかもって
すこしだけ思った
そんな痛みには耐えなくていいよって
誰かが言ってあげなくちゃね
その我慢強さはけっして
自分をしあわせにはしないよって
そして、それは痛みを伴う愛に似てるけど全く違うものだと思うってことも
でも、わたしの浅い頭じゃ、まだわからないなぁ違いの説明して論破できる能力がない
でもその痛みは誰のこともしあわせになんてしないから、意味がないんだってことは確かだよね
痛いと思わない痛みが愛なのかな
苦を厭わない痛み?かな
なんか文字にすると安っぽくて
嘘くさく見える
でも痛まない心って
たぶんそれ腐ってるから
ああ言葉に直せない
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