バレンタイン(笑) | じゅんちゃんのぢゃむブログ

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いろいろ・時に 作る旬Jamや料理やら バタバタ感(笑)

今まで義理チョコなんて 配ることは無かったので
うっかりしてたけど、、

助っ人に行ってる事務所は男性が多い、、
そうか、、外回りでいつも頂く方々へのお返しに
🎁ジャム考えて造ったけれど、、、

事務所、中のスタッフには 考えて無かった(笑)
OB以外は若い子ばかり。おばちゃんにもらっても
嬉しくも無いだろぅ、、でも 何も無いのも、、
❤️型のチョコに「感謝」という文字のを見つけた。
これっこれがいい。義理チョコじゃなくて
日頃の「感謝」を男子女子スタッフ全員に贈ろうと決めた(^-^)v
お返し抜きにしてもらう。


スタッフ分 11枚お店で購入して帰る時 少し恥ずかしかった(//∇//)今更ながら 私が義理チョコなんて(笑)自意識過剰、、ではなくて、、話は長くなるけれど、、


本命チョコ(?)ばりの 気合いの入ったチョコとペアのシャンパングラス🎁とか 🎸の型をしたチョコとか とにかく昔から「貰う側」だったから(笑)
何故だか中学時代から ずっと毎年 何かしらチョコを頂く大量に、、と言ってもバンドしてたからだと思う。女子校だったし。バイト先でも知らない女子に貰った(シフトが後日で行ったら届いてたり)20歳でバンドは辞めたけど それでも病院に勤めてても 
喫茶店してても こっちに住んでいようが 西船橋に
居ようが 都内に居ようが 京都に居ようが その現象は変わらなかった。その状況 学生の頃を1番知るのは先日のY(笑)奴はやはり消さなくてはならん(笑)「お前は 本当に可愛い子とか美人を泣かしてきたから( ̄∀ ̄)魔王。」と、非常に誤解を招く発言をし続けてきた。

宝塚に憧れる女性達みたいなものだとは思う 

(可愛い女子は好きだけど 私はノーマル。)
相手の方も勿論そうだったんだろうけど、、

手紙にしたためられてた気持ちは 尋常じゃないものも中にはあった、きちんと お返事もしたし。内容的に傷つけない様に悩みもした。


ガールズバンドじゃなくて、一緒に居るのは男子ばかりで、周りに彼女持ちが多かったけど
その彼女が好きになった相手がσ^_^; とか冗談キツっ💦な事もあった。どんな三角関係やねん、、ちゃうわ💦

だからずっと 実際には年齢=非リア が長かった(笑)
付き合って欲しいと言われた異性は
10歳の時に17歳の人とか(これは私が老けてて相手が実年齢を知らなかった為。勿論 カップル成立などしてない)親子程離れた相手だったりとか。極端。
一度だけ
15で高知⇄21 都内の純粋なお付き合い遠距離(ずっと電話☎️)と言うのは あった。バンドマンの人。卒業して就職して都内に研修で行った時に仕事が音楽業界の裏方世界になったから プロや有名な人達にも接する訳で、、何かヤッカミや嫉妬が酷くて、、ひいた、、。

「普通に女子としてデートしたり、想い出だったりは 無くて、、簡単に言うと"ろくな目に合ってない“の一言に尽きるけれど 本当にほんとに真面目だったから。Yが言う
「お前は男に生まれてたら魔王。不自由無い。神さまがそれをよしとしなかったから女に生まれてしまったwww」と言ってた。


あまりにも酷い目に合ったし、縁も無いしと、心配した親が祈祷師のとこに連れてってくれたけど「、、この方は、、私の様なとこに来る人じゃない、、恐らく私らみたいな祈祷師以上の事をしなければならない立場なんじゃないでしょうか、、」とか言われた事は度々で、、意味がわからないサッパリわからない と言いたくても 少々思い当たるものが小さい頃からあって、、、


そうしてるうちに20代後半に 増々父親は嫁に〜とか結婚が〜とか縁事を勿論言う訳だけど 同じ縁事でも急激にあれよあれよと言う間に神仏と縁を結んだ方が速かったという、、、。

(今は亡き あの時の祈祷師、、当たったな、、)

そこからは 世間で暮らす為に普通に働いて、自分はこんな風な人生で泣いてばかりだったけど 人の苦しみや辛さに寄り添う心からクスッと笑顔にする事をしよう と心に誓いましてこちらの方を収入にする事は一切してなくて。無償で対応してきました

そしたら うちの相方をYが仕事先で知り合ったと、連れて来ました。相方がこっちに戻って3年目だったみたいです(眠かったです。まさか父同士が先輩後輩とは夢にも思わなかったです。)出逢って半年、付き合って約2ヶ月足らずで家族になりました。
入籍後に バレンタインが来て 後にも先にも本命チョコに清水の舞台から飛び降りる様な○万円もするGODIVAを🎁したけれど 十数年GODIVAのゴの字も🎁してません(笑)相方どちらかと言うと食は質よりも量なので、、大袋に入ったチョコとか、笑えるくらい大きな板チョコとか、どでかいポッキーの方がいいみたい。(昔、女性の象徴2つの山のホワイトチョコは「こんなのはキライ、、」と笑いもしなかったので反省し翌日買い直しました💧)


そんな私が義理チョコを買ってる事が 全く慣れなくて(//∇//)恥ずかしかったと言う訳です。


家庭を持った時に当然の如く私はチョコを頂く事はなくなり(笑)やっと女性として普通な人生が送れるんだ、、と思いましたが それは一時期だけで いつの間にかまた 何故か頂く事が再開し、、相方と同数になった時があり、、勿論今では相方の方が多いですが、もれなく私の血を引き継いでしまったのか 時代が友チョコなのか Jr.が同性異性問わず
何故だか🎁チョコを頂く事が、、今年は学校事情で無いとは思いますが、、


バレンタインの記憶は 不思議な記憶では あります
亡き母が「あんたが男の子だったら苦労しないのに。何💦その量💦弟にもあげなさいよ」よく言ってました、、

最高記録63個。どんだけやねん、、、

その当時の女子の気持ちはわかりませんでした、、。

そして 実の処チョコや甘いものが大の苦手だった頃の話です。今では甘いものやお菓子が大好きな相方の影響で食べるようになりましたが。


家族でパフェやケーキセットと単品の珈琲を注文して
運ばれた後、相方の前に置かれた単品の珈琲を取り換えるのは 我が家の儀式の一つです(笑)

私が 単品の珈琲ですd( ̄  ̄)



多分、私が幼少期から体格も良く、大人に見られて 付き合ってとか、色々と近づいて来た男性達が怖くて そういう目で見られる事に嫌悪感があり女性らしくする事を封印した様な真面目さだったからだと思います。女子校ではクールに見えてたんだと思う。内心めっちゃ乙女だったのに。

告げられない恋は儚い一途な片想いでした。

振り返れば 可哀想な自分(´-`).。oO 


「恋愛はインフルの時に見る夢」

とJr.は 周りのカップルのノロケを聞いて名言を吐きました、、、リア充爆発しろっ💣と。

恋愛に興味が無い訳ではなくて、、、

Jr.は 慎重で 儚い一途です。


イ、インフルの時に見る夢って、、悪夢やん、、