楽しいことが多い高校生活の中で、定期的にやってくる試練の時。そう、定期試験だ。赤点を取れば地獄の補習も待っている。補習になってしまえば放課後はもちろん、臨海学校等の楽しい行事への参加までも潰れてしまうわけで。たった一度しかない貴重な17歳の青春において、そんな切ない状況は絶対に避けない。けれど、現実問題としてあまり成績がよろしくない由奈は、最後の悪あがきとして。
「う~~ん」
彼氏である恭介の部屋にあがりこんで勉強を教えてもらうことにした。こういうとき、優秀な人物が彼氏だと得である。
「どうだ、進んでっか?」
キッチンからコーヒーとお手製ケーキを運んできてくれた恭介は、由奈の問題集を見て「ゲッ」と眉をひそめた。
「おい…お前全然進んでねぇじゃねーか。どんだけ時間かかってんだよ」
「だって難しいんだもん…。数学って苦手」
「そうかぁ?酉水先生の授業はわかりやすいと思うけどな」
「先生がイイのと理解できるのとは別問題だよぅ…」
「ちっ…しょうがねぇな」
軽く舌打ちをして、恭介は由奈の隣に腰を下ろす。軽く方が触れるくらいの距離に体温を感じて、由奈の胸が高鳴った。
『…わ、近い』
そのことに気付いていないのか気にならないだけなのか、恭介の方は平然としたもので。シャーペンを取ると問題の説明を始めた。
「…で、ここでこの公式が…」
酉水先生の説明も(わかる者からすれば)わかりやすいものだったが、恭介はそれを更に噛み砕いて丁寧に説明をしてくれている。
全然わからないと言った由奈のためにこうして説明してくれているのだ、ちゃんと聞かなくては。理解しなくては。そう思うのに。
『ド…ドキドキしちゃって、全然頭に入らないよっ』
余り考えずに押しかけてきてしまったが、密室に二人きり。こんなに近くに寄り添って。そのシチュエーションを自覚してしまい、なんだか急に恥ずかしくなってきてしまった。当の恭介の方はその辺りを全く気にしていないようだから、身の危険は(残念ながら?)なさそうではあるが。
「…んで、x=8ってなるわけだ。わかったか?」
「へっ!?えっと、その…」
「……」
「…わかんなかった」
テヘ、とわざと明るく言ってごまかそうとしたが。そんなものが通用する相手のはずがなく。一瞬にして恭介の眉間に深々と皺が刻まれた。
「―帰る」
「あーん、待って待って!私が悪かったわゴメンてば見捨てないでっ!!」
スクッと腰を上げる恭介の服の裾を掴んで必死で呼び止める由奈。(ここが恭介くんの家なんだし、帰るもなにもないでしょ!…などとツッコミは入れない。それくらいの空気は読めるのだ)
「っとにやる気あんのかよお前は」
「あるよ!私だって夏休み、恭介くんと遊びたいもん。補習嫌だもん。頑張るから教えて。お願い!」
「―――――はぁ」
深いため息。けれど、恭介は再度腰を下ろしてくれた。基本的に見捨てない男なのだ、彼は。
「もう次は無いからな」
「うん!」
それから約2時間。外が暗くなてきて照明が必要になるまで、(由奈にしては珍しく)勉強に没頭していた。
「―今日はもうここまでだな」
「うん。ありがとう、恭介くん。だいぶわかったような気がするよ」
「べ、別に感謝されるようなことじゃねぇよ」
「うん、ありがと」
「お…おぅ」
送っていかなくていいのかと問う恭介に大丈夫と返して、由奈は帰り支度を整える。暗くなってきたとは言えまだ早い時間だし、何より勝手に押しかけて勉強を教えてもらった上に家まで送ってもらうなんて申し訳なさすぎる。さすがの由奈もそこまで図々しくないのだ。
「今日はありがとね。…あ、そうだ。恭介くん、ひとつお願い事してもいい?」
「あ?なんだよ」
「あのね…今度のテスト、無事クリアできたらご褒美欲しいな、なんて…」
「ごほうびぃ?」
「そう!ホラ、私って単純だから…目の前にエサがぶら下がってたら、もっと頑張れるような気がするんだ」
おねがい!と両手を合わせて祈るように見つめると、恭介はわずかに苦笑を浮かべる。
「エサって…自分で言うのかよ」
「おねがい。甘い甘~いご褒美が欲しいんだ。ね?」
「…まぁ、それでお前が頑張れるってんなら…」
「ホント!?やった~!ありがとう恭介くん!大好きっ!!」
「んなっ…」
そんなこんなで試験の日を迎え。運命の結果発表の日がやってきた。
「恭介くんっ」
放課後、教室で名前を呼ぶその声は心なしか弾んでいる。それに応える恭介もどこか嬉しそうだ。
「よぉ、由奈。どうだった結果は…なんて聞くまでもねぇか?」
「えへへ、見事クリアだよっいつもよりずっと上がってて、酉水先生にも誉められちゃった」
「頑張ったじゃねぇか。…それじゃ…ご褒美…やんなきゃな」
「えっ、もうくれるの!?」
「お、おう。…じゃ、目ェ…瞑れよ」
「?うん」
恥ずかしそうに頬を掻いている恭介に首を傾げつつ、大人しく目を瞑る由奈。
「――――!」
一瞬、唇に何か柔らかいものが触れた。驚いて目を開けば、髪の色に負けないくらい赤い顔をした恭介の姿が。
「い…今の…」
「こ、これでいーんだろ。その…甘いご褒美…って奴…」
やっぱりキスだったんだ。その実感に、由奈の頬も一気に熱を帯びていく。
「えっと…私、は…恭介くんの作ったスイーツが欲しいって…意味のつもりで…」
「えっ」
由奈の言葉にすっとんきょうな声を上げた恭介は、ますます顔を赤らめた。その反応に、こちらも更に恥ずかしくなってくる。
「え…えっと、その…。わ、悪い!お、俺勝手に勘違いして、こんな…」
「ううん、いいよ。ビックリしたけど…私だって嬉しかったし…」
「由奈…」
自然と、互いに近くなる顔。どちらからともなく唇が触れあい、二度目のご褒美が与えられた。
「――あいつら、教室で何をしているんだ…」
「恭介の奴め、意外と手ェ早いな」
「ご褒美=キスって発想…。御子柴クンって、意外とムッツリ?」
「不潔だわっ!ヨヨヨヨ…」
「澪くん、ハンカチ邪魔!見えないじゃん」
★由奈が変な方向にキャラが立ってしまった(笑)
ラストの5人、どれが誰かわかっていただけるでしょうか…。台詞で書き分けが難しいな、ストラバは。