セントルイス・ハイの生徒会長、卯都木悠人。

 容姿端麗・成績優秀・家柄も文句なし。人心掌握術にも優れ、カリスマ性もある。まさに、人の上に立つ為に生れてきたような男。

 若干ナルシストの気があったり、家が裕福過ぎて金銭感覚が一般人とずれていたりもするが、それも愛嬌と言えるだろう。

 全生徒に、悠人に対してどう思うかとアンケートを取ったならば、(一番振り回されている恭介を除いて)殆どの人間が高評価を下すだろう。彼にはいろいろ助けてもらっている、等と。

 かくいう由奈も、転校初日から彼には助けられていた。そしてそれは、転校から数カ月経った今でも変わらない。



「今帰りか、由奈?」

 校門を出たところで、優しい声に呼び止められる。振り返れば、彼もちょうどこれから帰るところなのか、隣に黒塗りの立派な車を従えた悠人が立っていた。運転手の男性が、丁寧に会釈をしてくれた。

「悠人先輩。先輩もこれから帰るんですか?」

「ああ、まぁな。どうだ、良ければ一緒に帰らないか」

「えっ」

 悠人の言葉で、運転手が素早く動きドアを開けてくれるが、由奈は首を横に振った。

「い、いいです!ちょっと寄りたいところもあるし、歩いて帰れるのでっ」

 彼の申し出は嬉しいのだが、あの立派な車に乗ることに気が引けてしまう。申し訳なく思いながら辞退すると、悠人は「そうか」と呟いて、運転手に目配せした。すると、黒塗りの車は悠人までも残してその場を走り去っていった。

「せ…先輩?」

「さぁ、行こうか由奈」

「いいんですか?車…」

「構わないさ。俺はお前と帰りたかったんだ」

 ついでにデートもするか。そう言って優雅に微笑んだ悠人に、由奈も笑顔を返した。




 帰宅して一息ついた後の由奈の日課は、部屋で「BBS」のチェックだ。セントルイス・ハイの生徒たち専用の掲示板…様々な情報が書き込まれているそこを見るのは、由奈だけでなく殆どの生徒たちの日課だろう。

 いつものように開いた掲示板のスレッドタイトルに、よく見慣れた人物の名前があった。

―卯都木生徒会長に彼女!?―

 まるで芸能ニュースの見出しのようなタイトル。ドキドキしながら、そのタイトルをクリックする。



・卯都木生徒会長と、2年の五十嵐さんって、よく一緒にいるよね


『私の名前だ…!!』


・あ、この前一緒にお昼食べてるの見たよ

・自分も見たことある。よく見るね、確かに。

・今日も一緒に帰ってるの見た!!

・やっぱり付き合ってるのかな



『………』

 一レス一レス読むごとに、胸が高鳴っていく。


・そうなのかな…ショックだ~!

・え~でも、会長って誰にでも優しいし、一緒にいるの見たことあるのって別に五十嵐さんだけじゃなくね?

・同意!転校生だからって、会長が気を使ってくれてるだけだろ

・そうそう。今までにも、会長に優しくされて勘違いした子いるみたいだし。何もないんじゃん?

・それ希望入ってね?


「…………」

 ウインドゥを閉じる。

 ほんの数秒ほど前まで、あんなに高鳴っていた心臓が一気に大人しくなっていた。体の芯まで冷たくなったような、そんな気さえした。

 悠人は、いろいろ構ってくれる。定期的に気遣ってくれるようなメールをくれるし、昼食を一緒に取ったり、今日のように一緒に登下校したり。

 「困ったことがあったら、いつでも相談してくれ」そう何度も言ってくれて、とても優しくしてくれる。

 これだけしてもらえば、自分は彼の「特別」だと思っても仕方ないのではないだろうか。けれど、確かに。悠人に、ハッキリと好意を示す言葉をもらったわけではないのだ。

「勘違い、なのかな…私の…」

 携帯を開けば、悠人からの何気ないメールが届いていた。

「悠人先輩。…私たちって、付き合ってる…んですか?」

 何度もそう打とうとして、何度もやめた。返事が返ってくるのが、怖かった。





「いってきま~す…」

 結局、あのまま眠れなかった。眠ったのかもしれないが、夢の中でもずっとあの書き込みが気になって仕方なくて、全然休んだ気がしなかった。

 フラフラと歩いていると、黒塗りの車が横をすり抜けていく。少し手前で停車すると、中から悠人が降りてきた。

「先輩…」

 車が走り去ると、悠人は由奈を見て微笑んだ。

「おはよう、由奈」

「お、おはようございます…」

 いつもと変わらない笑顔。悠人はBBSを見ていないのだろうか?

「?どうした、元気がないようだが…具合でも悪いのか?」

「い、いいえ!大丈夫ですよっ」

「そうか?それならばいいが…。辛かったらすぐに言うんだぞ」

「はい…ありがとうございます」

 相変わらず優しい。

『悠人先輩。こんなに気遣ってくれるのは、「私」だからですか、それとも…セントルイス・ハイの生徒、だからですか…?』

 言葉は何度も出かかって、喉の奥で飲みこまれた。

 そんな、悶々とした気分のまま並んで歩いていると、後ろから呼びかける元気な声が聞こえてきた。

「おぉ~い、五十嵐~っ」

「?」

 振り返ると、自転車に乗った隆志が手を振りながらこちらへ向かってきていた。

「隆志くん」

「よっす、五十嵐!あ、会長もいたんスか。おはようございますっ」

「ああ、おはよう」

「なぁ五十嵐、昨日も会長と一緒に学校来てたよな?お前と会長ってさ、やっぱ付き合ってんのか?」

「!!」

 突然突きつけられた、知りたくて仕方なかった疑問に思わず固まる由奈。無知とは恐ろしいものだ。

「な、隆志くん何言って…!!」

「そうだが、それがどうかしたか?」

「へっ?」

 たしなめようとする由奈の言葉を遮るように、悠人が言葉を返した。その、あまりにも自然に発せられた肯定の言葉に、由奈の口から間抜けな声が漏れる。

 彼を見れば、不思議そうに首を傾げられた。

「ん?なんだ、その顔は。違ったのか?」

「やっぱそうなのか~!くっそぉ~いいな、俺も彼女欲しいぜ!…っと、しまった俺朝錬あるんだった!じゃあなっ!!」

 隆志は一人騒ぐと、また慌ただしく走り去って行く。

 由奈は、何も言えずただ悠人を見上げる。

「由奈、何か言ってくれないか。まさか俺の勘違いだった、とかではないよな?」

 苦笑を浮かべる悠人。けれどその瞳に不安の色はない。

「…先輩、ずるいです。わかってるくせに…」

「…そうだな」

 彼の手が伸びてきて、そっと頭を撫でてくる。その温かな手のぬくもりに思わず目を閉じる。

「改めて言おう、由奈。俺と付き合ってくれるか」








悠人×由奈でした~。

いろいろ難産でした。

悠人って好きだけど、結構単品だと大してキャラ濃くない気が(笑)



「んもぉぉっ清春くんってばっ!!」
 広い広い聖帝学園校舎内に響く、悠里の怒号。
 彼女が高等部に赴任し、清春のクラス担任及び補習担当を引き受けて数ヶ月。時間を問わず響き渡るその声は、もはや学園名物だ。
 今日も今日とて清春のしかけたイタズラに引っかかった悠里は、渡り廊下にて、真壁財閥特製トリモチの餌食となっていた。
「…何をしている?担任」
「あっ翼くん!」
 ジタバタしている悠里へ、通りがかった翼が呆れたような声をかける。
「また清春のtrapに引っかかったのか。懲りない奴だな…永田!」

「はい、翼様」

 ため息交じりに翼が指を鳴らすと同時に、彼の秘書が音もなく現れる。恭しく差し出されたその手にあるものは、どこの家庭にもある中性洗剤だ。翼はそれを受け取ると、悠里を拘束するトリモチへと注いだ。途端、彼女をがんじがらめに縛り付けていたそれは一気に水分を失いボロボロと崩れ落ちていった。

 真壁財閥特製トリモチは、家庭用中性洗剤によって中和される、地球に優しいトリモチなのだ。

「立てるか?」

「あ…ありがとう、翼くん」

 差し出された手を取って立ち上がる悠里。しかし彼女を見る翼の目は少々冷たいものだ。

「まったく…これで、俺に助けられるのは何度目だ?担任」

「………3回目、かな」

「ちなみに草薙様、七瀬様、風門寺様、斑目様、トゲー様にもそれぞれ助けていただいておりますね」

 翼の背後で、永田がまったく有り難くない注釈を付けてくれる。

 ますます呆れた視線を送ってくる翼に、さすがの悠里も居心地の悪さを感じた。

「俺たちに勉強しろ勉強しろと言うのなら、貴様も学習して、清春trapに引っ掛からないようにするんだな」

「そうね、気をつけるわ…ありがとう」

「わかればいい。…永田、担任にアレを」

「はい」

 ひとつ返事をして、永田が懐より何かを差し出す。それは手のひらサイズの洗剤ボトルだった。

「今後、お一人の時でも脱出できるように持ち歩かれた方が良いかと存じます」

「あ、ありがとうございます…」

「行くぞ、永田」

 悠里がそれを受け取ったことに満足したのか、翼はやっと笑顔を浮かべてその場を去っていく。その背中を見送っていると、廊下の陰に小さな人影があることに気付いた。

「清春くん!」

 近寄ってみれば、そこに立っていたのは先程からずっと探していた仙道清春その人だった。

「やっと見つけたわよ!さぁ、今日こそちゃんと補習を…」

「さっき、カベと何話してたんだよ」

 なぜか不満そうな表情を浮かべている彼は、唇を尖らせながらそう尋ねてくる。

「何って、あなたのイタズラから助けてもらってただけよ。でもおあいにくさま!今洗剤ももらったからね、これからはそう簡単にトリモチには引っ掛かってあげないわよ!!」

 ボトルをちらつかせながら得意げに話す悠里。ますます、清春の眉間にしわが寄った。

「…そうかよ。安心しな、もうあのイタズラはつかわねーよ」

 吐き捨てるように言って背を向ける清春。

「…清春くん。なにか拗ねてる?」

「!!」

 はじかれたように振り返った清春の顔は、真っ赤に染まっている。鋭い視線で睨みつけてくるけれど、頬が真っ赤であるせいか迫力はイマイチだ。

「清春くん?」

「バッッッカじゃねーの!?俺様が何を拗ねてるってんだぁ?んなワケねーじゃん!!」

 一気にまくしたてて、走るようにその場を後にする清春。取り残された悠里は、何がなんだかわからず首を傾げるばかりだった。







★お題に合わせようとして合わせきれませんでした。

…ちょーっとばかり出来に満足できないのですが(汗)

投稿数を稼ぎたいのでアップ(笑)

清春って、B6の中で一番子供だと思う。良い意味でも、悪い意味でも。



 犬塚がなぜ、教師の道を選んだか。そしてなぜ今、養護教諭を務めているか。実は聞くも涙、語るも涙な裏話があったのだ…と言ったら、一体何人の人間が信じるだろうか。

 どうせ女子高生に囲まれて仕事したいとか、あわよくば手に入れたいとか、そんな不純な動機なんだろう。

 きっと殆どの人がそう言って白い目を向けてくるに違いない。

 それに対して100パーセントの否定を返せるかと問われれば答えに窮してしまうが、決してそれだけが理由ではない。第一、そんな不純な動機だけでこなせるほど教職というものは楽ではないのだ。この並大抵の労力ではない仕事を選んだのには、それはそれは高尚な理由が確かにあったのだ。今はもう、欠片も覚えていないけれど。



 そんな(自称)勤勉養護教諭も、授業中は比較的暇だったりする。ベッドで休んでいる生徒もいないし、差し迫った書類仕事もない。おまけに、今日はとてもいい天気だ。

 校庭では、どこかのクラスの男子生徒がサッカーをしている。遠目からでも目立つ赤髪と、それに食らい付いてボールを奪おうとしているアゴヒゲ…恭介と奏矢がいるということは、2年生か。

『張り切るのは結構だが、頼むから怪我すんなよ~』

 男の怪我の手当てなんて冗談じゃないからな。

 やっぱり教師らしからぬことを考えながら試合を眺めていると、突然保健室の扉が開かれた。

「せ…先生…」

 そこに立っているのは、体操着の由奈だった。彼女は確か恭介たちと同じクラスだった。女子は体育館で授業をしていたのだろう。

「どうした?五十嵐」

 ふと視線を落とすと、彼女の左膝がすりむけていて血も流れている。相当思い切り転んだのか、見るからに痛そうだ。

「ちょっとドジして転んじゃって…」

「それは大変だな。よし、手当てしてやるからそっちのベッドに…」

「けっこうです」

 ぴしゃりと犬塚の提案を却下して、由奈は自分で手当てを始める。犬塚も仕方なく、彼女の好きなようにさせて再び校庭へと視線を向けた。

「えっと…コレ、かな」

「…」

「…っ…痛…っ」

「…」

「………っ」

「…あぁもう、何やってんだお前はっ」

「へっ!?」

 我慢がならなくなって、座る由奈の前に膝をつく犬塚。その剣幕と勢いに、由奈の目は完全に丸くなっていた。

 犬塚の手が、彼女の左足首を掴むと、由奈の体が強張った。何かを耐えるように歪められるその顔に、犬塚は大きなため息を吐く

「…やっぱりな。お前、足首捻ってんじゃねぇか」

「………」

「擦り傷だけならともかく、コレも自分一人で手当てするつもりだったのかよ?ぶきっちょが」

「…うぅ」

 自力で手当てした膝小僧は歪な形に切られたガーゼが、これまた歪にちぎられたテープで留められている。おまけに留め方が緩くて、既に傷口がガーゼの隙間から顔を覗かせていた。

 あまりにへたくそな手当てにもう一度ため息を吐きながら、犬塚はまず捻った足首の固定を始める。腫れた様

子はないから、軽い捻挫だろう。熱をもっている患部に湿布を貼り、丁寧に包帯を巻いていく。

 その間中、由奈の体は強張りっ放しだった。痛みに耐えているというよりは、恐らく。

『…俺に怯えてんのかね』

 普段の言動が言動だけに、女生徒が自分と一対一で保健室にいるというのは大変な恐怖が伴うのだろう。

『別に、今まで一度だってマジで手を出したことなんてないんだけどな』

 まぁ、自業自得か。

 そう思って諦めようとも思うけれど。やはりこうやって、あからさまな態度で見せられるとさすがに傷つく。これでもガラスハートなのだ。

「お前な…自力で手当てもできないくせにそんな警戒するくらいなら一人じゃなくて誰かに付き添ってもらえば良かっただろ。馬鹿か」

 思わず言葉に刺が混じってしまうのも仕方ない。

「…だって」

 由奈が唇を尖らせる。

「だって…先生と、二人で会いたかったから…」

「え」

 間抜けな声が漏れる。今、こいつは何て言った?

 反射的に顔を上げて見れば、由奈は耳まで赤くしてそっぽを向いている。その反応は、今の言葉が空耳ではないということを示していた。

 遠くでチャイムが鳴っている。俄かに廊下が騒がしくなってくる。けれど、保健室の中はまだ、時が止まっているかのように静寂に包まれていた。外の喧騒が、まるで異世界の出来事のようだ。

「いが…」

「由奈ぁぁぁぁっ!!」

 犬塚が名前を呼ぼうとした瞬間。ドタドタドタと騒々しい二つの足音と叫び声と共に、保健室の扉が乱暴に開け放たれた。

「!?」

 見ればそこには汗だくで息を切らしている恭介と奏矢の姿が。

「由奈、無事か!?」

「由奈!何もされてないよな?大丈夫だよな!?」

 ズカズカと入ってきた二人は、心底心配そうに由奈の元へ寄る。その真剣な表情に犬塚はもちろん、当の由奈自身も目を丸くした。

「恭介くんも奏矢くんも…どうしたの?」

「申谷から聞いたんだ。お前が授業中に怪我して、一人で保健室に行ったって」

「だから俺たち、心配ですぐに来たんだ!」

「そうなんだ?ありがとう。でも大丈夫だよ、怪我って言ってもそんな大事じゃないし…もう手当てもすんだもん」

「本当に大丈夫か?…その」

 チラリ、と恭介の視線が犬塚に向けられる。

「何も、されてないか?」

「?うん、手当てしてもらっただけ」

「おいおい、お前らなぁ…」

 本日三度目の大きなため息とともに、犬塚はやっと口を挟んだ。

「お前ら、俺を何だと思ってんだ。俺だってなぁ、妄想と現実の区別くらいつくんだよ。こんな真昼間から生徒相手に手なんか出すか」

「いーや、あんたならやりかねないな!」

「んだとこのガキ!!」

「由奈、行こうぜ。申谷も心配してたし」

「あ…うん…」

 半ば強引に、由奈を連れていく二人の騎士。保健室を出る直前に振り返った由奈は申し訳なさそうに頭を下げて、失礼しますと言葉を残していった。

 途端に、静寂が戻る室内。

「ったく…騒がしい奴らだな」

 


 恭介と奏矢、二人が由奈のことを想っていて牽制し合っているのは気付いていた。というか、恐らく彼らを知る全員が気付いているだろう。噂では、由奈がどちらの手を取るかというトトカルチョまで始まっているというくらいだ。

 その渦中にある由奈が、先ほど呟いた言葉。

『先生と二人で会いたかったから』

 その言葉の真意はどこにあるのだろう?

 もし、額面通りの言葉だったとしたら。

「…どうしたもんか…」

 素直に喜んでいいのか。手を伸ばしてしまっていいのか。

「あいつらにライバル視されるってのは…かなり厄介そうだけどな…」

 とりあえず、自身の内に否定の感情が無いことに気付いて、知らず苦笑を零す犬塚だった。







 

 ★犬塚先生って、なんだかんだで良識的なんだと思います。だって先に酉水先生の方が生徒と付き合っちゃうくらいだしね!(笑)

恭介と奏矢を、台詞で書き分けられません…(泣)難しい。

このお題なら、Vitaminシリーズで書いた方が自然なのかもしれないけど、あえてこっち。しかも、非攻略対象!!

王道を外すことが快感です(笑)