2024.10.9
埴谷雄高(はにや ゆたか)『死霊』全9章のうち、1~3章 まだ途中
1 埴谷雄高(はにや ゆたか)(1909~1997)
父の仕事の関係で台湾に生まれる。13歳で東京の目白中学2年に編入。結核になる。日大予科に入りマルクス主義に影響され演劇活動に没頭。学校は出席不良で除籍。農民闘争社に入り、さらに日本共産党(当時非合法政党)に入り、地下活動を行う。昭和7年22歳の時検挙される。獄中でカントやドストエフスキーを読む。出所後平野謙・荒正人らと同人雑誌『構想』を出す。戦時中は反ナチの書やドストエフスキー研究の書を翻訳したりした。戦後、平野謙、荒正人らと『近代文学』創刊。『死霊』を書き始める。ドストエフスキー論などの文学論、政治評論、エッセイなど多数。第一次戦後派で、かつスターリニズム批判の先駆者と言われる。(各種年譜を参照した。)
2 『死霊』1~3
全部で9章からなるうち、1~3章のみ読んだ。続きは書店で注文中。
難解と言われる小説だ。令和の若い人の多くは投げだすだろう。①まず、埴谷雄高自身が戦前の非合法の共産党の活動から転向した経験を持つ。本作にも、非合法の秘密結社めいたものが出てくる。このイメージがつかみにくいだろう。②また、哲学的・形而上学的考察が出てくる。「自己が自己である」という自同律(同一律)はそうして成り立つのか? 「俺は・・俺である」とは言えない何かがある、という考察を中心に、古代ギリシアから現代までの哲学者や思想家が出てくる。哲学や倫理学、またドストエフスキーなどに一定の知識がないと読みにくいだろう。(それらを一応学習した人なら読めるかも。)③特に冒頭の「自序」が難解だ。ここは我慢して読む。
私もまだ本当には読めていない。だが、ある程度以上面白かった。③「自序」だが、最後のあたりでジャイナ教のマハーヴィラと仏教のお釈迦様の対決が予告されている。恐らく、生きることそれ自体を問うていくのではないか。これも楽しみだ。②非合法の秘密結社からの転向については、1~3章ではまだほのめかされるだけで、明確に語られてはいないが、その過去を背負った若い学生が出てくる。饒舌で能動的なタイプの首猛夫(くびたけお)と、失語症になって精神病院に入院してる矢場徹吾だ。
彼らの友人・知人に寡黙な思索者の三輪与志と黒川建吉がある。それをとりまくもと警視総監、その妻と娘、朝鮮人の鋳掛屋(いかけや)、精神科医の岸博士、入院患者の娘とその姉など、異彩を放つキャラクターが目白推しだ。宗教、政治、形而上学などの問いが満載で、面白い人には面白いはずだ。
私はドストエフスキーの『悪霊』を思い出した。そこで暗躍する革命政党のピョートル・ヴェルホヴェンスキーと、能動的ニヒリストのニコライ・スタヴローギン。埴谷雄高がこの段階で『悪霊』を読んでいたかどうか、正確なことは知らないが、内容的には明らかに『悪霊』に挑戦している。特に首武夫(本名かどうかわからない)は、嘘をつき人の心理を操る、ヴェルホヴェンスキーやスタヴローギンのような人物であろうか? 実に不快な人物である。
非常に深刻で沈痛な場面が多いが、笑う場面もある。津田夫人の軽薄ぶりは漫画的であり、読者を笑わせようとして作者は書き込んでいるに違いない。笑わせておいて、それとは対照的な沈痛な場面に移動する。
これからどう展開するのだろうか? 思わず続きを書店に注文し行った。
集英社日本文学全集の本多秋五の解説によれば、作者・埴谷雄高は、日大予科に学び中退したころ、レーニンを読み共産党の活動にのめり込んだ。が、検挙されカントやドストエフスキーを読んだ。カントに感動した彼の転向は、ただの政治的転向ではなく、「新しい思想的開眼」であり、いわゆる政治的「転向」はその中の「微少な部分と化して」いた。
(登場人物)
首猛夫:かつて非合法活動を行い、刑務所にいた。いまは出所し、饒舌を生かして多くの人を意のままに操ろうと策謀を繰り返す。悪魔論に詳しい。ヴェルホヴェンスキーやスタヴローギンのような破壊者? あるいは?
矢場徹吾:旧制高校から突如として失踪。非合法活動に従事していたらしいが、今は失語症になり精神病院にいる。「黙狂」の状態。
青虫(カタピラー):旧制高校の教師で舎監。厳しいが学生に理解がある。
三輪与志:本作の中心的な人物。寡黙で、「自己は自己である」と言い切れない何かを抱え、深刻なテーマについて思索している。夜散歩する癖がある。「存在の革命」を志向している。
三輪高志:与志の兄。かつて首らと非合法活動(政治・社会の革命を志向)をしていた。今は病臥している。
三輪夫人:与志と高志の母。
三輪広志:与志と高志の父。政治家。すでに故人。
三輪の祖母:高志を溺愛する。
黒川建吉:旧制高校の図書館に起居していた読書家。今は奥まった狭い部屋に住み他と交わらず読書と思索にふける。蝙蝠が友人。
津田安寿子:三輪与志の婚約者。美しい女性。
津田康造:津田安寿子の父。もと警視総監。かつて首たちを取り調べた。形而上学にも詳しい。
津田夫人:津田康造の妻。軽薄で、首の口車に乗せられる。
津田老人:津田康造の父親。昔風の価値観を持ち大いに語る。
青服の男のそばにいる黒服の男:謎の人物。葬儀の場に現われ、意識の原型について弁ずる。
岸博士:精神科医。患者の作業療法に取り組む。
神様:岸博士の患者。少女。「神様」と呼ばれている。
ねんね:「神様」の姉。下町で売春している。
鋳掛屋:黒川建吉の近くに住む朝鮮人。何か秘密を知っているように見える・・
胡弓を持った若い男:鋳掛屋の近くにいる男。