James Setouchi

2024.9.8

国際政治・医療

 

詫摩佳代『人類と病』2020年4月 中公新書  

                                     

1 著者:詫摩佳代 1981年生まれ。東大法学部卒、総文研(国際社会科学)博士課程に学ぶ。現在東京都立大教授(法学政治学研究科)。著書『国際政治のなかの国際保健事業』など。(新書の著者紹介から)

 

2 目次:はしがき/序章 感染症との闘いーペストとコレラ/第1章 二度の世界大戦と感染症/第2章 感染症の「根絶」―天然痘、ポリオ、そしてマラリア/第3章 新たな脅威と国際協力の変容―エイズから新型コロナウィルスまで/第4章 生活習慣病対策の難しさー自由と健康のせめぎ合い/第5章 「健康への権利」をめぐる闘いーアクセスと注目の格差/あとがき

 

3 内容から少し

 新型コロナウィルスが世界に猛威を振るっている最中の2020年4月に出た本。ただし新型コロナウィルスについては少し

の言及はあるが多くのページは割いていない。2015年に企画が始まった本だと「あとがき」にある。また著者は国際政治学の専門家であり、医学の専門家ではない。本書にはコロナウィルスや薬についての化学や生物学の知識を用いた説明はない。

 

 病に対し国境を越えて協力し合いながら対応してきた歴史と、同時に国際機関や各国政府や企業や民間組織などの多様なアクターがせめぎ合ってきた歴史とを概観し、現代に提言している。世界史の復習にもなる。

 

 ペストはタタール人がヨーロッパに持ち込み、14世紀には人口の3分の1が犠牲になったという(2~3頁)。コレラはベンガルの風土病だったが19世紀に世界を覆った(10頁)。当初は瘴気(しょうき)説と感染説とがあったが、コッホのコレラ菌の発見で感染説が証明された(16頁)。クリミア戦争ではコレラが猛威を振るいヨーロッパ南東部の全域がコレラに冒された(20頁)。その中で、国際的に合意を形成して対応しようとする動き(17頁)や赤十字社の活動(22頁)が始まった。

 

 第1次大戦では兵士は不衛生な塹壕(ざんごう)で過ごすので、赤痢(せきり)、発疹チフスコレラ塹壕熱麻疹(はしか)などに苦しんだ(27頁)。マラリアはアフリカからバルカン半島に広がり、大戦中の英仏の軍が麻痺するほどだった(28~30頁)。スペイン風邪は1918~23年の間に世界で7500万人の死者を出したとも(31頁)。チフスは戦争、貧困、飢餓など社会的悪条件下で流行することが多い(35頁)。ポーランドで大流行し、国際連盟の感染症委員会が対応を始めた(37頁)。革命後のロシアも回帰熱チフスコレラペスト天然痘赤痢マラリアが流行していた(39頁)。国際連盟の感染症委員会がこれにも対応した(40頁)。こうして国際保健協力は発展していった(40頁)。医学も進歩し、梅毒にはサルバルサン、ブドウ球菌感染症などにはペニシリン、マラリアにはキニーネとクロロキンなどが開発された。これらの中にはその後弊害もあるので販売中止になっているものもある(47~51頁)。

 

 第2次大戦後はWHOが設立された(58頁)。天然痘は古代エジプトにもあったが、ジェンナーがワクチンを開発した(68~70頁)。WHOが努力し、冷戦下のアメリカとソ連が協調し根絶事業を推進した(75頁)。ポリオについても不活化ワクチンとは別に生ワクチンをアメリカとソ連が協力して開発した(80~84頁)。根絶できない理由の一つは、治安悪化や紛争のためワクチン接種のできない地域があることだ(89頁)。マラリアについては、クロロキンとDDT散布を推進したが、クロロキンには耐性菌が出現、DDTも人体に有害だった。巨額の資金を投じ一定の成果はあったが、評価は分かれている。マラリアは媒介者が存在するので、ワクチン等だけでは根絶できない。(91~105頁)

 

 エイズマラリア結核については、航空券連帯税を財源に充てる事業が実施されている(123頁)。2002年~2003年の中国発のサーズで800人が亡くなったが、WHOを中心に国際協力して8ヶ月で終息宣言が出た(128~130頁)。2014年のアフリカのエボラ出血熱は長期間流行した。WHOの対応は遅かったが、アメリカ(オバマ大統領)が素早く対応した(136~137頁)。国連安保理の支持も得ていた。国際保健規則と違い安保理決議は加盟国に拘束力を有する(138頁)。国際化時代の感染症の特徴は(1)瞬く間に世界に拡大、経済・産業・安全保障などに多面的にインパクトを与える(2)政治指導者による政治的な関与が増える(3)関係国の協力を深める契機となる(141~142頁)。

 

 生活習慣病対策については、たばこや糖分の規制と企業の利益や個人の自由との関係が問題となる。(147~187頁)

 

 必須医薬品へのアクセスを阻むものは(1)国家が役割を果たしていない(2)医薬品の流通や価格が市場メカニズムに依拠している(3)知的財産権保護の枠組み、である(193~202頁)。膨大な資金はエイズマラリアには注がれても、トラコーマ狂犬病デング熱などは顧みられにくい。ハンセン病も一部の途上国にはいまだに見られる。これらで年間53万人が死亡している。僻地の貧しい農村が多く、経済的停滞と熱帯病は相関している(207~211頁)。       R2.5

 

(医学・薬学・看護)

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