James Setouchi

2024.9.8

法・政治

 

 長嶺超輝『裁判官の爆笑お言葉集』幻冬舎新書2007年 (法学)

 

1 長嶺超輝:1975年長崎県生れ。九大法学部卒。司法試験を目指し七回不合格で懲りる。ライター業の合間を縫って裁判傍聴に通う日々。(本書の著者略歴から)

 

2 『裁判官の爆笑お言葉集』

  ロングセラー。「裁判官は建前としては『法の声のみを語るべき』とされている」が、本書は「ふだんはあまり耳にする機会がない裁判官の発言を集め」た。(9頁)そこから、「『法という道具を使って、人が人を裁く』とは」「民主主義国家における裁判とは」「将来もし自分が裁判員になったら」などに思いをはせてほしい、と著者は言う。(10頁)

 

 裁判で裁判官の語る言葉には、補充質問、判決理由、付言、所感、傍論、説諭(訓戒)などがある(10~12頁)。

 

例1:2000年、東京地裁のI裁判長はオウム事件のI被告に対し、「宗教に逃げ込むことなく、謝罪の日々を送るようにして下さい」と「説諭」した。教祖による心理的な人格誘導(マインド・コントロール)を勘案し、死刑ではなく無期懲役にした。(16~17頁)

 

例2:2006年、大阪高裁のS裁判長「飲酒運転は、昨今、非常にやかましく取り上げられており、厳しく責任を問われる。時節柄というか、そう簡単には済まされない。」と「理由」で述べた。が、これは、「憲法で定められた『司法権の独立』に触れかねない、微妙で重たい問題をはら」む、「『時節柄』という名の『マスコミ論調』に影響されて」はいけない、と著者の長嶺氏は疑問を提出する。(54~55頁)

 

例3:2006年、東京地裁のS裁判長は、もと経団連会長のS氏の遺産相続における16億円の遺産隠しに際し、懲役1年8ヶ月、罰金1億6000万円の実刑判決を言い渡し、「少ない額でも、きちんと納税している人をバカにした行為だ」と「説諭」した。(72~73頁)

 

例4:2006年、京都地裁のH裁判官は、「本件で裁かれているのは被告人だけでなく、介護保険や生活保護行政の在り方も問われている。・・どう対応すべきだったかを、行政の関係者は考えなおす余地がある。」と「付言」した。困窮の挙げ句認知症の母との母子心中を決行して母親のみ死亡、被告が生き残った事件。(126~127頁)「付言」は世の中への提言など(11頁)。

 

例5:2000年、神戸地裁のT裁判長は、尼崎の大気汚染に関して、国ほかを相手取った裁判で、住民側全面勝訴とし、「11年余りという長期の裁判となって、亡くなられた原告もいる。ようやく判決を言い渡せました。一日も早く健康被害をもたらすような大気汚染がなくなることを願って、言い渡しを終わります。」と「付言」した。

 

→『爆笑・・』という書名だが、すべて真剣な裁判の中で出てきている言葉で、「爆笑」どころではない。深刻な現実の中で真摯に裁判が行われていることがよくわかる。裁判だけでは解決できない諸問題もある。それでも何とかできることをやっていく。法学部の方だけでなく皆さんで読まれるといい。

 

 法曹関係の基礎知識も書いてある。

(1)「裁判官」は職業名、「判事」は地位・役職名。「判事補」は裁判官になって10年に満たない人。5年以上のキャリアのある判事補のうち最高裁が認めた者は「特例判事補」として単独審理が出来る。(84頁)

(2)合議法廷では中央にベテランの裁判長、裁判長から見て左陪席には裁判官になって5年以内の判事補、右陪席には中堅裁判官が座り大局的な視点から事件を見渡す。(96頁)

(3)権力者の顔色を見るのではなく、むしろ彼らの間違いを法に基づいて糾すのが裁判官。司法権の独立という。(138頁)

(4)弁護士は刑事裁判では「弁護人」、民事では「代理人」、家裁の少年審判では「付添人」。(188頁)

(5)マスコミ用語と法律用語は少し違う。マスコミ用語「容疑者」「書類送検・身柄送検」「起訴事実」は法律用語では「被疑者」「検察官送致」「公訴事実」。(214頁)

(6)「司法試験の長期受験者」(司法試験に落ち続けている人たち)が存在する。1998年当時全受験者2万3592人中15年以上チャレンジを続けている人は2707人(113頁)。これはロースクール制度(2004年~)以前の話。2020年からは各大学に法曹コースを新設(伊藤塾のサイトによる)。R5.7.9

 

(政治学、法学)

丸山真男『日本の思想』、石田雄『平和の政治学』、高橋源一郎『ぼくらの民主主義なんだぜ』、橋場弦『民主主義の源流 古代アテネの実験』、湯浅誠『ヒーローを待っていても世界は変わらない』、小林節『白熱講義! 日本国憲法改正』、木村草太『憲法の創造力』、松元雅和『平和主義とは何か』、高橋哲哉『沖縄の米軍基地 「県外移設」を考える』、伊勢崎賢治『日本人は人を殺しに行くのか』、林信吾『反戦軍事学』、岩下明裕『北方領土・竹島・尖閣、これが解決策』、石破茂『国防』、兵頭二十八『東京と神戸に核ミサイルが落ちたとき所沢と大阪はどうなる』、中島武志・西部邁『パール判決を問い直す』、田中森一『反転 闇社会の守護神と呼ばれて』、読売新聞社会部編『ドキュメント検察官―揺れ動く「正義」』、原田國男『裁判の非情と人情』、秋山健三『裁判官はなぜ誤るのか』、志賀櫻『タックス・ヘイブン』、イェーリング『権利のための闘争』、大岡昇平『事件』(小説)、川人博『東大は誰のために』、池上彰『世界を動かす巨人たち<政治家編>』『世界を動かす巨人たち<経済人編>』、堤未果『政府はもう嘘をつけない』『日本が売られる』などなど。