James Setouchi
2024.9.8
法・政治
高橋源一郎『ぼくらの民主主義なんだぜ』朝日新書2015年
1 著者 高橋源一郎1951年~。作家。明治学院大学教授。横浜国立大学経済学部中退。代表作に『さようなら、ギャングたち』『優雅で感傷的な日本野球』『日本文学盛衰史』『さよならクリストファー・ロビン』『官能小説家』『一億三千万人のための小説教室』『13日間で「名文」を書けるようになる方法』『「悪」と戦う』『恋する原発』『非常時のことば 震災の後で』『ぼくらの文章教室』『101年年目の孤独 希望の場所を求めて』『「あの戦争」から「この戦争」へ ニッポンの小説3』『動物記』など。(朝日新書の著者紹介を参考にした。)
2 内容の紹介
朝日新聞の「論壇時評」に2011年4月から2015年3月まで月1回の連載をしたものを収録。論壇時評であるので、当時の各種の雑誌・新聞等の評論・論説の類を紹介しつつ批評している。そこに筆者独自のすぐれた視点が入っている。東日本大震災直後からの連載なので、震災・原発事故の記事も多い。IS問題なども出てくる。この本を読むことで、我々は当時をリアルに想起することができる。かつ、ほんの少し前にあったことなのにもう忘れがちになっていることに気付き、反省する。現実にこの問題に直面している人がたくさんいるのに。いや、現実にこの問題は他の誰かではなく今ここにいる私たち自身の問題であるのに。この意味でも今(いつでも)読み返す意義のある本になっていると私は考える。いくつか紹介する。
(1)「みんなで上を向こう」2011.6.30では、東日本大震災から3カ月の時点で執筆している。高橋源一郎は木下武男の言葉を引用しつつ述べる。「…『企業主義的統合』は、やがて新しい『格差』を産む。正社員は中間層として、下請け労働者を管理する存在となる。木下は、東電のある社員の『ラドウェイ作業(廃棄物処理)は、被ばく量が多いので請負化してほしい』ということばに、『企業的統合』の行きつく先を見ている。」また高橋源一郎は今野春貴の言葉を紹介しつつ述べる。「原発は、様々な『被曝労働』を必要としている。その中でもっとも危険なものの一つは、定期点検中の清掃作業で、それを担当する下請け作業員は『農村や都市スラムから動員される』のだ。そして、彼らの姿は、『電力の消費地帯としての東京』からは見えないのである。」(20~21頁)
(2)「そこにはつねに、それ以上のことがある」2015.1.29では、フランスの「シャルリー・エブド」事件(ムハンマドに対する風刺漫画を掲載した「シャルリー・エブド」誌が襲撃された事件。これに対してはフランスはじめ各国で「表現の自由」を守ろうとして「ジュ・スイ・シャルリー」「アイ・アム・シャルリー」が表明された。)に触れ、高橋源一郎は、エマニエル・トッドの言葉を紹介する。トッドは言う、「私も言論の自由が民主主義の柱だと考える。だが、ムハンマドやイエスを愚弄し続ける『シャルリー・エブド』のあり方は、不信の時代では、有効ではないと思う。移民の若者がかろうじて手にしたささやかなものに唾を吐きかけるような行為だ。…」(235頁)
(3)「『怪物』は日常の中にいる」2015.2.26では、ISに二人の日本人が囚われ殺害された事件に触れる。田原牧の言葉「彼らは決して怪物ではなく、私たちの世界がはらんでいる病巣の表出ではないか」「彼らをまったくの遺物と見なす視点には、自らの社会が陥った〝狂気〟の歴史に対する無自覚が透けている」「彼らがサディストならば、ましだ。しかし、そうではない。人としての共感を唾棄し、教義の断片を無慈悲に現実に貼り付ける『コピペ』。この乾いたゲーム感覚ともいえるバーチャル性が彼らの真髄だ。この感覚は宗教より、現代社会の病的な一面に根ざす。」を消火し、高橋源一郎は言う。「だとするなら、わたしたちは、この『他者への共感』を一切排除する心性をよく知っているはずだ。『怪物』は遠くにではなく、わたしたちの近くに、いま日常的に存在している。」(242頁)
(政治学、法学)
丸山真男『日本の思想』、石田雄『平和の政治学』、高橋源一郎『ぼくらの民主主義なんだぜ』、橋場弦『民主主義の源流 古代アテネの実験』、湯浅誠『ヒーローを待っていても世界は変わらない』、小林節『白熱講義! 日本国憲法改正』、木村草太『憲法の創造力』、松元雅和『平和主義とは何か』、高橋哲哉『沖縄の米軍基地 「県外移設」を考える』、伊勢崎賢治『日本人は人を殺しに行くのか』、林信吾『反戦軍事学』、岩下明裕『北方領土・竹島・尖閣、これが解決策』、石破茂『国防』、兵頭二十八『東京と神戸に核ミサイルが落ちたとき所沢と大阪はどうなる』、中島武志・西部邁『パール判決を問い直す』、田中森一『反転 闇社会の守護神と呼ばれて』、読売新聞社会部編『ドキュメント検察官―揺れ動く「正義」』、原田國男『裁判の非情と人情』、秋山健三『裁判官はなぜ誤るのか』、志賀櫻『タックス・ヘイブン』『タックス・イーター』、大下英治『小説東大法学部』(小説)、イェーリング『権利のための闘争』、大岡昇平『事件』(小説)、川人博『東大は誰のために』、川人博(監修)『こんなふうに生きているー東大生が出会った人々』、加藤節『南原繁』、三浦瑠璃『「トランプ時代」の新世界秩序』、池上彰『世界を動かす巨人たち<政治家編>』『世界を動かす巨人たち<経済人編>』、堤未果『政府はもう嘘をつけない』『日本が売られる』などなど。