James Setouchi
2024.9.8
法・政治
池上彰『世界を動かす巨人たち<政治家編>』集英社新書2016年4月
1 著者 池上彰1950年~ 長野県生まれ。ジャーナリスト、名城大学教授、東京工業大学特命教授。73年慶應義塾大学卒業後、NHK入局。94年から11年間「週刊こどもニュース」のお父さん役として活躍。2005年よりフリーに。著書『伝える力』『そうだったのか!現代史』『知らないと恥をかく世界の大問題』『おとなの教養』『世界を動かす巨人たち<経済人編>』ほか多数。(集英社新書の著者紹介などから)
2 構成 はじめに
第1章 東西対立を再燃させる男 ウラジミール・プーチン:ロシア。1952~
第2章 第二の「鉄の女」 アンゲラ・メルケル:ドイツ。1954~
第3章 アメリカ初の女性大統領をめざす ヒラリー・クリントン:アメリカ。1947~
第4章 第二の「毛沢東」か 習近平:中国。1953~
第5章 独裁者化するレジェップ・タイイップ・エルドアン:トルコ。1954~
第6章 イランの「最高指導者」 アリー・ハメネイ:イラン。1939~
権力に魅入られた実力者たち あとがきに代えて
3 コメント
「この人選は、私の独断です。…重要人物なので取り上げたとお考えください。」と本のカバーに明記してある。だが、紙数の制限を考えれば、さすがは池上氏で、悪くない人選だ。アメリカ、ロシア、中国、ヨーロッパからドイツ、と選ぶのは誰でもするだろうが、他の二人も面白い。トルコはイスラム圏とヨーロッパとのはざまにあり、近隣にシリアとISがあり(あった)、ロシアとの緊張関係もあり、親日的でもあるので、トルコに注目すれば世界情勢の難しいところがよく見える。逆にトルコにこそ、異なる文化や宗教を持った人が共に生きる知恵を学びうる、と主張する人もいた。イランはシーア派で、スンニー派ではない点でイスラム教の解説もできる。アメリカとは対立し石油も豊富、中近東では安定的な国の一つとして存在感を放っている。アメリカについては、トランプとヒラリー・クリントンの大統領選でトランプが勝って大統領になる2017年1月より前に出た本なので、トランプではなくヒラリー・クリントンを扱っている。トランプについては「経済人編」で扱っている。
世界や歴史を動かすのは指導者個人の力だけではない。ある種の必然性、有名無名の多くの人々の力の集積、不慮の自然災害、情報の行き違いと誤解などなど、世界や歴史を動かす要因は多々あるに違いない。最近の若い人に「ヒーロー願望」があるそうなのでくぎを刺しておきたい。が、その指導者個人の思想や好みや力量が大事な場面で世界や歴史を変えてしまうこともある。この本は世界史および現代の世界情勢の中での、指導者個人の横顔をわかりやすく解説している。
生まれた年代別に並べ直すと、ハメネイ師(宗教指導者なので「師」をつける)は1939年生まれ。ヒラリー・クリントンが1947年生まれ。プーチンが1952年生まれ。習近平が1953年生まれ。エルドアンとメルケルが1954年生まれ。(なおトランプは1946年生まれ、安倍首相は1954年生まれ(エルドアンやメルケルと同じ)。文在寅は1953年生まれ。金正恩は諸説あるが1984年生まれではないかと言われていてここに書いたメンバーの中で最も若い。
少し紹介する。詳しくは買って読まれたし。
プーチンは、レニングラード(現在のサンクトペテルブルク)に生まれた。そう、『罪と罰』の舞台となった、あのペテルブルクである。この町は第二次大戦でドイツに包囲され市民が多数死亡した。プーチンの兄の一人も亡くなった。戦後も惨状が色濃く残っていた。幼いプーチンはそこで育った(18頁)。KGB(ソ連の秘密警察)に入り東ドイツ(ドレスデン)に行ったが、1989年ベルリンの壁が崩壊。東ドイツの崩壊にプーチンは直面した(25頁)。ソ連崩壊の混乱の中でプーチンはFSB(KGBの後身)の長官になりエリツィン大統領を支え、やがてその後継者となる(29~33頁)。大統領となったプーチンは、「強い」ロシアを目指し政敵を排除し長期安定政権を築く。チェチェン独立運動を弾圧しクリミア半島を併合し北方領土では「ヒキワケ」を口にした。(50~54頁)。プーチンは現代版ピョートル大帝に?(55頁)私(JS)は気が付いた。プーチンが生まれたのはあのペテルブルクの町だ。ペテルブルクはピョートル大帝が作ったのだ。ピョートルは皇帝に即位し、ロシアを周辺国家ではなく大帝国として世界に見せつけた。
メルケルはハンブルク生まれだが父親の転勤で東ドイツに住み社会主義体制下で成長(ゆえにロシア語ができる)、物理学を専攻したリケジョ(62~63頁)。ベルリンの壁崩壊で政治に関心を持ち民主化運動に乗り出す(65頁)。コール政権で実力を示し2000年CDU(ドイツキリスト教民主同盟)の党首に(67頁)。2005年の選挙で首相に(51歳は歴代最年少)(68頁)。イスラエルを訪問しユダヤ人に謝罪、福島原発事故(2011年)を見て原子力に見切りをつけた(69~77頁)。シリア難民を積極的に受け入れる政策を取った(80頁)。
習近平は太子党。中国共産党幹部には共産主義青年団と太子党という二つの派閥があると言われるが、そのうち太子党。親が政治エリートで、その子供である。但し、習近平の父親・習仲勲は、トップクラスの実力政治家だったが、文化大革命の時に失脚、習近平も1969年に十代で陝西省延安に「下放」され過酷な生活を強いられた(130~138頁)。1977年文化大革命終結宣言、習近平は共産党中央軍事委員会(人民解放軍を指揮する組織)の要人の秘書となる(139頁)。さらに福建省や浙江省などで地方勤務を長く続ける(144頁)。胡錦濤・李克強に対抗するため江沢民が習近平を引き上げた(145~146頁)。2009年来日し天皇陛下と会見、2012年胡錦濤と温家宝の引退で中央委員会総書記ほかになり、2013年国家主席に(146~148頁)。実力者の周永康を追い落とした(155~159頁)ほか、軍の不正を摘発(160~161頁)、さらには李克強の仕事をも奪う(163~164頁)。権力を集中してきた。中国の大学では「七不講」と言って、大学で教えてはいけないテーマがある。「人類の普遍的価値、報道の自由、公民社会、公民の権利、党の歴史的錯誤、特権資産階級、司法の独立」の七つである(166頁)。
他の三人については略。
(政治学、法学)
丸山真男『日本の思想』、石田雄『平和の政治学』、高橋源一郎『ぼくらの民主主義なんだぜ』、橋場弦『民主主義の源流 古代アテネの実験』、湯浅誠『ヒーローを待っていても世界は変わらない』、小林節『白熱講義! 日本国憲法改正』、木村草太『憲法の創造力』、松元雅和『平和主義とは何か』、高橋哲哉『沖縄の米軍基地 「県外移設」を考える』、伊勢崎賢治『日本人は人を殺しに行くのか』、林信吾『反戦軍事学』、岩下明裕『北方領土・竹島・尖閣、これが解決策』、石破茂『国防』、兵頭二十八『東京と神戸に核ミサイルが落ちたとき所沢と大阪はどうなる』、中島武志・西部邁『パール判決を問い直す』、田中森一『反転 闇社会の守護神と呼ばれて』、読売新聞社会部編『ドキュメント検察官―揺れ動く「正義」』、秋山健三『裁判官はなぜ誤るのか』、志賀櫻『タックス・ヘイブン』『タックス・イーター』、大下英治『小説東大法学部』(小説)、イェーリング『権利のための闘争』、大岡昇平『事件』(小説)、川人博『東大は誰のために』、川人博(監修)『こんなふうに生きているー東大生が出会った人々』、加藤節『南原繁』、三浦瑠璃『「トランプ時代」の新世界秩序』、原田國男『裁判の非情と人情』、池上彰『世界を動かす巨人たち<政治家編>』などなど。
(経済学・経営学)
榊原英資『中流崩壊』、大塚信一『宇沢弘文のメッセージ』、宇沢弘文『社会的共通資本』、堤未果『政府はもう嘘をつけない』、富岡幸雄『税金を払わない巨大企業』、神野直彦『「分かち合い」の経済学』、暉峻淑子(てるおかいつこ)『豊かさの条件』、松原隆一郎『日本経済論』、和田秀樹『富裕層が日本をダメにした!』、今野晴貴『ブラック企業』、高橋俊介『ホワイト企業』、斎藤貴男『消費税のカラクリ』、志賀櫻『タックス・ヘイブン』、朝日新聞経済部『ルポ税金地獄』、森永卓郎『庶民は知らないアベノリスクの真実』、中野剛志『TPP亡国論』、小幡績『円高・デフレが日本を救う』、橋本健二『階級都市』、橘木俊詔『格差社会』、藻谷浩介他『里山資本主義』、井上恭介他『里海資本論』、飯田泰之他『地域再生の失敗学』、増田博也『地方消滅』、矢作弘『「都市縮小」の時代』、堀内都喜子『フィンランド 豊かさのメソッド』、アマルティア・セン『貧困の克服』、宇沢弘文『社会的共通資本』、ムルアカ『中国が喰いモノにするアフリカを日本が救う』、スィンハ『インドと日本は最強コンビ』、池上彰『世界を動かす巨人たち<経済人編>』、川上徹也『「コト消費」の嘘』、渋沢栄一『論語と算盤』、斎藤幸平『人新世の「資本論」』などなど。