James Setouchi
2024.9.7
経済・社会 斎藤幸平『人新世の「資本論」』 集英社新書1035A 2020年9月
1 著者 斎藤幸平 1987~大阪市立大学大学院経済学研究科准教授。続いて東京大学教養学部准教授。フンボルト大学哲学科博士課程修了。博士(哲学)。専門は経済思想、社会思想。著書『大洪水の前に』など。(本書の著者紹介ほかから)
2 『人新世の「資本論」』
(1) 目次
はじめに/第一章 気候変動と帝国的生活様式/第二章 気候ケインズ主義の限界/第三章 資本主義システムでの脱成長を撃つ/第四章 「人新世」のマルクス/第五章 加速主義という現実逃避/第六章 欠乏の資本主義、潤沢なコミュニズム/第六章 脱成長のコミュニズムが世界を救う/第八章 気候正義という「梃子」/おわりに
(2) 内容の紹介を少し
・環境危機が深刻だ。グローバル・サウス(グローバル化によって被害を受ける領域ならびにその住人(24頁))の直面する問題は、グローバル・ノースにおける大量生産・大量消費型の帝国的生活様式による収奪による(28頁)。先進国は、コストや負荷を周辺部に押しつけてきた(32頁)。外部を使いつくした結果、危機が始まった(37頁)。これを根本的に見直すべきだ(54頁)。
・「グリーン・ニューディール」「気候ケインズ主義」や「SDGs」に期待する人もいる(61頁)が、「経済成長の罠」「生産性の罠」(70頁)にはまり、うまくいかない。例えばリチウムイオン電池のためのリチウムを採取するためにチリの地下水を大量にくみ上げ、現地の人が水不足に陥る。(83頁)脱成長という選択肢しかない(99頁)。
・今のままだと、超富裕層のみ富を持つ気候ファシズムか、専制的な気候毛沢東主義か、さもなくば野蛮状態に陥る。いずれでもない、第四の道を提示したい(113頁)。世界では資本主義批判が沸き起こっている。特に若い世代に。(123頁)日本の旧世代の脱成長論(広井良典や佐伯啓思)は、資本主義の超克を目指していない。(127頁)新世代の脱成長論は、労働を抜本的に変革し、搾取と支配の階級的対立を乗り越え、自由、平等で、公正かつ持続可能な社会を打ち立てるものだ(137頁)。
・マルクス再解釈の鍵の一つは<コモン>だ。宇沢弘文の「社会的共通資本」にやや近い(141頁)。コミュニズムは<コモン>を再建する(144頁)。従来のマルクス解釈は誤っていた。晩年のマルクスは進歩主義を捨て、生産力至上主義を捨て、共同体(ロシアのミール共同体やゲルマンのマルク協同体)の研究をし、自然と人間の関わり方について考察しようとしていた。マルクスの到達点は「脱成長コミュニズム」だった。エンゲルスもそれを理解しなかった。(第四章)
・アーロン・バスターニ(イギリス)は技術革新・経済成長を加速させることで問題が解決すると考える(207頁)が、こういう「エコ近代主義」は開き直っているだけで「現実逃避の思考」だ(210~211頁)。階級闘争の視点も消える(214頁)。(資本と対峙する社会運動の例に「気候市民議会」がある(215頁))。ジオエンジニアリング(成層圏に硫酸エアロゾルを撒いて太陽光を遮断し地球を冷却するなど)は、生態系や人々の暮らしに与える影響が未知の部分が多い(224~225頁)。技術というイデオロギーは、現代社会に蔓延する想像力の貧困の一因だ(229頁)。「閉鎖的」でなく「開放的技術」が必要だ(230頁)。
・資本主義が<コモンズ>を解体し人々を貧困にした。「コモンズの悲劇」という説もあるが、水などに価格をつければそれを「資本」として扱い、投資対象としての価値を増やそうとする思考に横滑りし、次々と問題が生じる(248頁)。気候変動がビジネスチャンスになる。「気候変動ショック・ドクトリン」だ(251頁)。「コロナショック・ドクトリン」に便乗してアメリカの超富裕層は2020年春に資産を62兆円増大させた(252頁)。潤沢さを回復するには、<コモン>を再建する(258頁)。国有化すればいいわけではない。「<市民>営化」という方法がある(259頁)。ワーカーズ・コープは、資本に取り込まれるのではなく、労働者たちが労働の現場に民主主義を持ち込み、競争を抑制し、開発、教育や配置換えの意思決定を自分たちで行う(263頁)。ワーカーズ・コープは世界中に広がっている(264頁)。
・コロナ禍も資本主義の産物だ(278頁)。気候ファシズムでも気候毛沢東主義でも野蛮状態でもない第四の道とは、脱成長コミュニズムだ(281頁)。デトロイトでは住民たちが都市農業を始めた。「コモンズの復権」が始まっている(295頁)。脱成長コミュニズムへ向けて、①使用価値経済への転換。大量生産・大量消費からの脱却、②労働時間の短縮、生活の質の向上、③画一的な分業の停止、労働の創造性の回復、④生産プロセスの民主化、経済を減速させる、⑤使用価値経済に転換し、労働集約型のエッセンシャル・ワークの重視を、という柱がある。(~314頁)
・バルセロナ市では、「フィアレス・シティ」の旗を掲げ、住民が、国家やグローバル企業に対して恐れずに行動することをめざす。アムステルダムやパリ、グルノーブルなどもそうだ(328頁)。「気候正義」にかなう経済モデルへの転換を目指す(336頁)。グローバル・サウスへのまなざしを持ち、世界77の拠点を結ぶ(337頁)。中南米では食料主権を取り戻す動きはかねてからあった(339頁)。1993年にはヴィア・カンペシーナ(「農民の道」)が始まった(339頁)。食料主権の運動は気候正義の運動と結びつき世界中の運動とリンクする(344頁)。マルクスの言葉を借りれば、グローバル・サウスにこそ革命の「梃子」がある(348頁)。従来の左派は成長の論理にとらわれ続けていた(351頁)。ソ連は官僚が国営企業を管理しようとして結果的には「国家資本主義」と呼ぶべき代物になってしまった(352頁)。意味を根本から問い直し、今「常識」とされているものを転覆していく。その時既存の枠組みを超えていく真に「政治的なもの」が顕在化する。それこそが「資本主義の超克」「民主主義の刷新」「社会の脱炭素化」という三位一体のプロジェクトだ(356頁)。
3 コメント
多くの人が推薦していたので読んでみた。有益だった。今のままでは地球環境が極めて厳しいとよく分かった。マルクスについても目からうろこだった(もっとも、そもそもよく知らなかったのだが。)ではどうすればいいかの提案もあった。皆さんはこれを読んでどう考えるだろうか。経済学は本来「どうやってもうけるか」ではなく人々を幸せにする「経世済民」の学であるはずだ。その志に貫かれた本だった。この本は古典として読み継がれそうだ。
(商学・経営学・経済学などに進む人に)川上徹也『「コト消費」の嘘』、芹澤健介『コンビニ外国人』、飯田泰之他『地域再生の失敗学』、藻谷・山田『観光立国の正体』、藻谷浩介他『里山資本主義』、井上恭介他『里海資本論』、増田寛也『地方消滅』、矢作弘『「都市縮小」の時代』、スィンハ『インドと日本は最強コンビ』、ムルアカ『中国が喰いモノにするアフリカを日本が救う』、池上彰『世界を動かす巨人たち<経済人編>』、榊原英資『中流崩壊』、大塚信一『宇沢弘文のメッセージ』、堤未果『政府はもう嘘をつけない』『日本が売られる』、富岡幸雄『税金を払わない巨大企業』、神野直彦『「分かち合い」の経済学』、暉峻淑子(てるおかいつこ)『豊かさの条件』、松原隆一郎『日本経済論』、和田秀樹『富裕層が日本をダメにした!』、今野晴貴『ブラック企業』、高橋俊介『ホワイト企業』、斎藤貴男『消費税のカラクリ』、志賀櫻『タックス・ヘイブン』、朝日新聞経済部『ルポ税金地獄』、森永卓郎『庶民は知らないアベノリスクの真実』、中野剛志『TPP亡国論』、小幡績『円高・デフレが日本を救う』、橋本健二『階級都市』、橘木俊詔『格差社会』、堀内都喜子『フィンランド 豊かさのメソッド』、アマルティア・セン『貧困の克服』、宇沢弘文『社会的共通資本』、斎藤幸平『人新世の「資本論」』などなど。