James Setouchi
2024.9.7
経済・社会
「反貧困」湯浅誠 (岩波新書)新赤版1124 740円+税 2008年4月
大勢の派遣労働者が仕事と住居を同時に失い年末年始が過ごせない、どうすればいいんだ、日比谷公園に集まったぞ、というニュースを見た人もたくさんいるだろう。そのとき多くの人のために年越し派遣村の村長としてがんばっていたのがこの著者・湯浅誠氏だ(2008年末)。
湯浅氏は、自身は東大法学部・大学院に学び(つまり、大企業に入って金もうけに励む選択肢もありえただろうが、そうではなく)、ホームレスや派遣労働者を支援する活動を行っている。(つまりは人権を確実に保障する活動を行っている。)内閣府参与を務めたこともある。
今の若者は将来安定した仕事に就(つ)ける保証がない。若者だけではなく、多くの労働者の(つまりは人びとの)生活が不安にさらされている(注1)。そこで、せっせと競争に励み自分だけが「勝ち組」に入ればよいと考えるか、「負け組」の出ない人間的な社会を構築しようと考えるか、は、「志」の違いである。湯浅氏は、少なくとも報道で見たりこの本を読んだりする限り、後者だ。私は湯浅氏を尊敬している。「神の見えざる手」など働かないし「トリクルダウン」も起こらない。私たちはそう思い知っている。
この本では、日本には三層のセーフティネットがある(あったはずだ)、とする。
1 雇用(労働)のネット
2 社会保険のネット
3 公的扶助(ふじょ)のネット
しかし、この三層のセーフティネットがほころび、「うっかり足をすべらせたら、どこにも引っかかることなく、最後まで滑(すべ)り落ちてしまう」「すべり台社会」(p.30)になったのが今の日本だ、とする。
貧困状態に至るには「五重の排除」がある、とする。(p.60-p.61)
1 教育課程からの排除(親が貧しくて子が学校に行けないまど)
2 企業福祉からの排除(非正規雇用で福利厚生がないなど)
3 家族福祉からの排除(親も貧しいので頼れないなど)
4 公的福祉からの排除(福祉の窓口に行くと追い返されるなど)
5 そして最後に、自分自身からの排除(自分は無価値だと思い込むなど)
但し、( )内は私がわかりやすく言い換えたもの。
では、どうすればいいのか。
1 「すべり台」社会に歯止めを(「市民活動」「社会領域」の復権を目指す、起点としての<もやい>)
2 つながり始めた「反貧困」(「貧困ビジネス」に抗して、互助のしくみを作る、動き出した法律家たち、ナショナル・ミニマムはどこに?)
このように湯浅氏は具体的な活動の現場からの提案をする。法的な対応が具体的にできるのは法学部で学んだ人の強みだ。
「貧困は自己責任ではない。貧困は、社会と政治に対する問いかけである。その問いを、正面から受け止め、逃げずに立ち向かう強さをもった社会を作りたい。」
(p.220)
(注1)非正規雇用が増えたのはなぜか。1995年、経団連(当時)は人件費抑制のため「新時代の『日本的経営』」で労働者を三分類した。すなわち、「長期蓄積能力活用型」「高度専門能力活用型」「雇用柔軟型」の三つである(p.23)。分かりやすく言えば、「幹部エリートの正社員」「特殊な専門家」「会社の必要に応じていつでも雇ったりくびにしたりできる労働者」の三つである。これによって非正規雇用の増加が進行した。他方正社員も過酷な労働にさらされる(p.24)。また、労働者派遣法も問題が多い。派遣労働者の賃金は会社の経理上「人件費」でなく「資材調達費」に分類される(p.155)。つまり派遣労働者は「人事課」でなく「資材調達部」で扱われている。働く人が「人間」ではなく「資材」「商品」と見なされている、ということだ。
*2009年1月頃に書いた記事をベースにしています。事情が変わっていたらごめんなさい。
湯浅誠:1969年生まれ。東大法学部・大学院に学ぶ。1995年よりホームレス支援活動を行う。反貧困ネットワーク事務局長、NPO法人自立生活サポートセンター・もやい事務局長、法政大学現代福祉学部教授ほか。著書「本当に困った人のための生活保護申請マニュアル」「貧困襲来」「貧困についてとことん考えてみた」「ヒーローを待っていても世界は変わらない」ほか。 (2009.1→2024.9改)