James Setouchi
2024.9.7
安田浩一・安田菜津紀『外国人差別の現場』朝日新書2022年6月
1 著者
安田浩一:1964年静岡県生れ。『週刊宝石』『サンデー毎日』を経てフリーに。事件、労働問題などを中心に取材・執筆を続ける。『ネットと愛国』『ルポ外国人『隷属』労働者』『「右翼」の戦後史』『団地と移民』など。
安田菜津紀:1987年神奈川県生れ。認定NPO法人Dialogue for Peopleフォトジャーナリスト、同団体副代表。東南アジア、中東、アフリカ、日本国内で難民や貧困、災害の取材を進める。岩手県陸前高田市で被災地を記録。『写真で伝える仕事―世界の子どもたちと向き合ってー』など。
2 『外国人差別の現場』
「はじめに」では、ロシアがウクライナに軍事侵攻を開始してから、ウクライナからの「避難民」を受け入れる声が高まったが、「避難民」であって「難民」ではない。日本は「難民」に冷淡であり続けた歴史がある、あらゆる外国人の人権問題に対して、目をこらすべきだ、と安田菜津紀が書く。「おわりに」では、「差別や排外主義を絶対に許容できないのは、その先に殺戮と戦争が見えるからだ」と安田浩一が記す。
各章は、「1 絶望と死の収容施設」(浩一)、「2 人の死と向き合えない組織」(菜津紀)、「3 ウィシュマさんの故郷を訪ねて」(菜津紀)、「4 『悪意なき差別』の暴走」(対談)、「5 搾取と差別に苦しむ労働者たち」(浩一)、「6 憎悪の向こう側にある風景」(対談)という構成になっている。個々の事例を深く取り上げ、ひいては日本社会全体のあり方に問題提起をしていく。いくつか紹介すると・・
・名古屋の入管で2021年3月、スリランカ人女性サンダマリさん(33歳)が亡くなった。体調不良だったにもかかわらず適切に入院の措置などを執らなかった。収容施設での死亡事故は多く、過去15年間で少なくとも17人の外国人の死亡が報告されている(27頁)。ハウステンボスのある長崎県南風崎(はえのさき)は、戦後大陸からの引き揚げ者の到着する所であり、かつ、内地から朝鮮半島に送り返す場所だった(36頁)。旧内務省管轄下の特高警察の外事係が治安維持の観点から入管業務を行った(39頁)が、その特高の体質は戦後の入管に受け継がれた(42頁)。サンダマリさんは、スリランカのコロンボのインターナショナルスクールに勤務しているとき、日本人とふれあい、日本で英語を教えたいという夢を抱いた。親と妹たちを置いて日本へ。やがて残念な死を迎えることになる(88頁)。イギリスの入管収容所では、「(収容業務で大事なことは)ポジティヴなカルチャーを作り上げていくこと」だ、「被収容者と人間関係をつくることを重視している」と担当者が語り、人権が重視されている(25~26頁)。アメリカのバイデン政権では「不法在留外国人」と呼ばず「必要な書類を持たない」といった言葉を使う方針を示した(63頁)。韓国ソウルには在韓外国人の生活を支援するセンター、労働相談センター、他文化家族支援センターなどがある(115~116頁)。対して日本では人権を軽視し(27頁)、「不法滞在者」と呼んできた(63頁)。入管のアナウンスも日本語だ(60頁)。近年日 本でもメディアでは「非正規滞在者」に言い換える傾向が強まってはきた(221頁)。
・タイ人のウティナン君の母親は言わば人身取引で日本へ送られ、東京の繁華街で苦しい生活を強いられ、逃げ出した。非正規滞在となりながら、組織と入管の双方から逃げ回った。子どもは家で隠れて過ごした。子どもが学校に行きたいと訴え、支援団体の助けで母親も日本での滞在資格を求めた。同級生、地域の人々、先生たちもが、強制送還反対の運動をした。が、許可にならず、母親はタイに帰国、息子(日本語しか出来ない)は日本に残ることになった。ウティナン君は今も「入管」が怖い。(148~156頁)
・研修生制度はもと大企業が自社グループの人材育成のために始めたものだったが、変遷を経て、今の監理団体が受け入れて各企業に振り分けて派遣する技能実習制度に変わった。監理団体は企業を監理すべきはずだが、強制帰国などの権利侵害を主体的に行うなど問題のケースも多い。(173~175頁)
・長野県川上村はレタスの産地だが、村内人口の4人に1人が外国人実習生だ。いかにも日本的な農村風景は、外国人労働者によって辛うじて維持されている。が、そこにはひどい人権侵害があった。コロナ禍以降実習生が入国制限され、人材不足に苦しみ、働き手を奪い合う状況だ(187~190頁)。川上村の農業だけではない。日本各地で働いている実習生は約40万人。低賃金重労働で、生産業を支えている(171頁)。ある縫製工場の経営者は、アパレル会社の要求する安値で生産するためには、実習生の安価な労働力が必要だ、と訴える。それでも弱い立場にある労働者の人権を奪うことは絶対に肯定できない、と安田浩一は言う(183~186頁)。
・孤立出産で悲劇的な展開に陥る例もある。そこで必要なのは、刑事罰ではなく、社会福祉による救済のはずだ、と石黒大貴弁護士は言う(203頁)。
・送り出し機関にも問題がある。山東省の機関では、実習生の給与から管理費を徴収、渡日前には高額な保証金も払わせていた。問題点を指摘すると、「我々は福祉機関じゃない! ビジネスをやっているのだ。お前はビジネスを邪魔するためにわざわざ日本から来たのか?」と罵声で応えた。労働者よりも経営者の「喜び」を重視するのが、今の中国だ(210~212頁)。
・日弁連は、2022年4月15日、技能実習制度を廃止するよう意見書を公表。「問題事例は後を絶たない」「悪質な人権侵害の温床となっている」「制度の適正化や運用の見直しによっては解決できない」とした。(216~217頁)
・山口県宇部市の長生炭坑(海底炭坑)では戦時増産体制のもと多くの朝鮮人労働者が労働に従事させられていた。1942年2月(太平洋戦争開戦から数ヶ月後)、水没事故があり、183名の炭鉱労働者が犠牲になった。そのうち136人が朝鮮人労働者だった。(252~260頁)インフラも各種産業も、「私たち日本人が作ったんだ!」と無知なアジテーションをする人がいるが、ベトナム人実習生が作った「国産野菜」、中国人実習生が縫製した「日本制」の服、ブラジル人労働者が組み立てた「国産車」を使いながら、「外国人は日本に来るな」と訴えているようなものだ(261~262頁)。ヘイトスピーチからヘイトクライムに続く道筋が野放しにされている(274頁)。東北の大震災でも、都内の右翼団体が武装した自警団を結成して被災地に出向いている(276頁)。それを生むのはカジュアルな形での差別だ(277)。
3 コメント
2022年6月の時点での本であって、その後事情が変わっているかもしれない。また、本書では問題点を指摘しているのであって、内外には良心的な経営をしている送り出し機関、受け入れ監理団体、企業などもあるのかもしれない。が、本書はさらに、日本社会の体質に切り込んで行く。日本は従来アジア各地からの実習生に対し経済大国としての優位なまなざしで見てきたかも知れないが、今やその「日本は経済大国」という前提が崩れかかっている。日本人労働者・実習生がアジア各地でひどい目にあったらどう感じるか。同じく、アジア各地から来ている労働者・実習生をひどい目にあわせるべきではない。共に働く仲間・生活する仲間としてつきあうのは当然だと思うのだが、いかがか。せっかく日本に来ても、日本は嫌いだ、怖い、という印象を持って帰国することになるとすれば、日本のためにもならない。
実習生の安価な労働力で成り立っている産業については、どうすればよいのか。労働者として当然の労賃を支払うべきだが、そうすれば商品の単価が高くなる。経営者としては、単価を高くするか、廃業するかの二択しかないのか。流通ルートを変更して中間業者の搾取をなくすれば多少楽になるだろうか。技術革新はどうか。悪質な送り出し機関・受け入れ機関については、取り締まりが必要だろう。消費者としては、納得して高い値段のものを買うか、安い外国産の品物に買い換えるか(もっとも、今や日本は欧米や韓国から見て「安い」国になりつつあるが)。電気・水道・食料など諸物価が高騰しているので、皆が生活できるようにするための政府の舵取り(どこに予算をつぎ込むか)が大事になるだろう。
少なくとも入管の非人道的なありかたは、すぐにでも改善できそうだ。イギリスの入管には図書館や音楽、スポーツ施設もあると言う(25頁)。最近の市役所では市民に対して親切だ。病院でも病気の人を親切に扱う。入管でも預かっている人を親切に扱えばいいのだ。この本を読んで、私はそう感じた。
みなさんは、どう考えますか?
*付言:令和5年4月10日、政府有識者会議は、実習生制度を廃止し新制度に移行する中間報告のたたき台を示した。その後は?(R5.4.10 JS)