James Setouchi
2024.9.7
吉見俊哉『東京裏返し「社会学的街歩きガイド』集英社新書、2020年8月
1 吉見俊哉 1957(昭和32)年~.東京大学大学院情報学環教授。東大副学長、大学総合教育研究センター長などを歴任。社会学、都市論、メディア論、文化研究を主な専攻としつつ、日本におけるカルチュラル・スタディーズの中心的な役割を果たす。主な著書に『都市のドラマトゥルギーー東京・盛り場の社会史』『「声」の資本主義―電話・ラジオ・蓄音機の社会史』『大学とは何か』『夢の原子力』など。(新書の著者紹介などによる。)
2 目次: はじめに/モモと歩く東京―時間論としての街歩き/第一章 都電荒川線に乗って東京を旅する/第二章 秋葉原―上野―浅草間に路面電車を復活させる/第三章 動物園を開放し、公園を夜のミュージアムパークに/第四章 都市にメリハリをつけながら、古い町並みを守る/第五章 都心北部で大学街としての東京を再生させる/第六章 武蔵野台地東端で世界の多様な宗教が連帯する/第七日 未来都市東京を江戸にする/あとがき
3 コメント: NHK-TVの街歩き番組「ブラタモリ」は人気だが、地形や地層・地質に重点が行きがちだ。中沢新一の『アースダイバー』は、地形も視野に収めつつ、現代の事物の根底には古代以来の霊的スポットがあるとして迫力がある。この吉見俊哉の『東京裏返し』は、東京の東・北部を歩きつつ、武蔵野台地の東端という地形も踏まえ、江戸幕府、明治薩長維新政府、戦後の米軍および高度成長、ゼロ成長、国際化という歴史と現在が重層的に積み重なった東京を見据え、未来の東京に向けて提言していく傑作だ。吉見俊哉は頭脳明晰な社会学者であり、東京の未来に対してなるほどおもしろいと言える提言を本書でしている。一読を勧める。東京の地理に詳しい住民にはよく分かる話であろう。地方在住の人には地名がよく分からないかも知れないが、地図を片手に読むとよい。高度成長、高速化、高層化の近代とは異なる未来を作る提案の一つとして参考になる。いくつか紹介する。
・「裏返し」とは。陸を中心に東京を見るのではなく、水路(隅田川、石神井川、神田川など)から見てみる。明治薩長維新政府が作った東京ではなく、そこで踏みつけにされ忘れられた江戸の視点から見てみる。このように視点を反転させている。エンデの『モモ』のモモ同様、「高度成長期以降の開発主義の東京から、再び人間的時間を取り返す」(19頁)営みをしよう。「オソイホド ハヤイ」時代が来ている(26頁)。
・都電(路面電車)は時速13~14キロ。これだと街を見ながら移動できる。荒川線を延伸し飯田橋―早稲田―王子―三ノ輪橋―南千住を結ぼう。そうすれば各種の鉄道と接続できる。荒川線沿線には、鬼子母神(人の誕生)、巣鴨地蔵通り(老い)、雑司が谷霊園(死)、渋沢栄一邸(近代資本主義の象徴)、山谷(労働者の街)がある。さらに、南千住から南下―隅田公園―浅草―上野―秋葉原―万世橋―神保町―水道橋―飯田橋という内江戸線を作り環状線を完成させよう。(第一日)。
・秋葉原―上野―浅草間に路面電車を復活させよう。上野駅前にある昭和通りの上の首都高速一号上野線を撤去しよう。湯島・上野を地下でつないでグレーター上野駅を生みだそう。浅草・隅田公園・東京スカイツリーまでを含めた連続的な街歩き空間を作ろう。(第二日)
・天海が中心となって江戸幕府は上野寛永寺・不忍池などを文化スポットとして造営したが、明治薩長維新政府はこれを踏みにじった。不忍池を一周できるようにする。寛永寺、参道、鳥居、五重塔を含めた一体的歴史文化ゾーンとして演出する。黒門も本来の場所に戻す。(第三日)
・谷中(やなか)は今や外国人、学生、アーティスト、出版・デザイン関係の人の集う場になっている。成長の限界の果てに生まれた多くのスキマに、新しい価値や時間の流れを与えていく活動が始まっている。高層ビルを作るのではなく、老いていく古い建物を引き継ぎつつ転生させていく。(第四日)
・大学キャンパスとその周辺に、「日常の時間」から独立な「知の時間」「学問の時間」を作る。かつて東大総長・南原繁は東大本郷をオックスフォードのような学寮生活を持つエリアにしたかった。この章は吉見が東大副学長だけに詳しくて面白いが、略。(第五日)
・東京は世界的にも希有な宗教的に多様な街だ。神田明神や湯島天神、湯島聖堂、上野寛永寺、新旧キリスト教会、ニコライ堂、イスラム教のモスクが近接している。そこには「日常の時間」とは異なる「聖なる時間」が流れている。(第六日)
・隅田川、石神井川など水路に注目してみよう。渋沢栄一は水運を考えていた。蔵前には新しい試みをする若い人が出現している。東京五輪(1964年)で首都高を作り川の東京にフタをしてきたが、これからは川筋を新しい東京の貌にしていきたい。「近代という巨大で今もなお終わってはいない歴史を裏返し、その裏に潜んでいる者たちとのコミュニケーションを回復すること、これこそ私たちの街歩きが目指してきた最終的な到達点」だ。(第七日)
(その他の参考図書)三浦展『下流社会』、橋本健二『階級都市』、矢作弘『「都市縮小」の時代』、三浦展『東京は郊外から消えていく!』、増田寛也『地方消滅』、井上恭介『里海資本論』、飯田泰之他『地域再生の失敗学』